皐月編 - May

第1話

B SIDE


 バンドカウンセリングから数日後、洋ちゃんがギター候補を見つけてきた。1年のアンサンブルの授業に聴講という名のスパイをしに行ってきた結果、この子が良いんじゃ無いかと見つけたらしい。その後、実際にその子を囲んでみんなで話をしたのが、本人はプロを目指していると言ってはいるけれど心ここにあらずっていう感じの人でどうしたものかと私達はほとほと困ってしまっていた。最初は「今日は予定がある」と断られ、その後もとりあえずスタジオで音を出そうと誘ってはみたのだが、のらりくらりと「忙しい」などど返されて未だに一緒に入れていない。仕方が無いので私たちは3人で練習を続けている。


 そうこうしているうちに、ゴールデンウイークがやってきた。

 洋ちゃんが中古楽器サイトでプリアンプを見つけてくれて、そのお店がアメリカ村にあるということで3人で試奏しに行くことにした。本当なら新品を買いたかったのだが、やはり随分前に生産は終わっていて中古を探すしかなかったのだ。

 楽器屋に入ってアコースティックギターのコーナーで店員さんを呼び、わざわざ持ってきたエレアコで早速音を出してみる。確かに音が変わるというか音が纏まる。私が演奏しながら洋ちゃんがつまみを合わしてくれるとしっくりくる音になった。電源アダプターもついて6600円の完動品だ。店員さんが言うには、これはハウリング対策に特化したプリアンプで音作りも簡単だし最初の一台として買うにはとても良いと思うとのことだった。それに単三電池でも動くらしい。迷わず即買いをした。危惧していた重さはプリアンプ自体すごく軽くてギターケースに入れても問題無く持ち歩けた。さらに洋ちゃんが私が既に持っているシールドケーブルと同じのを探してくれて、もう一本3m3600円を買った。合計で一万円を超える出費だが、良い買い物をしたという実感があった。

 テンションが上がったまま、洋ちゃんの案内でアメリカ村や堀江でウインドウショッピングをした。さすが「自分の庭みたいなもん」って言うだけに色んな店を知っている。しばらくお店を見て回ると、大きな通りから少し入ったところで洋ちゃんがいきなり立ち止まった。

「次行くん、俺の彼女が働いてる店なんやけど。みんなを紹介したくてなぁ。いいかな?」

「おおお!紹介して!」

 さらにテンションが上がった。


 お店に入る。落ち着いた雰囲気の難しい横文字の名前のお店で、私が読めたのはsilhouetteシルエットだけだった。お姉さんっぽい服が充実しているようだ。

「こんちは。お邪魔します!」

「おお!洋ちゃん、お久しぶりやねえ。音楽の学校に入ったって聞いたけど、そっちはお友達?それに女の子ひき連れてここに来るとはいい度胸やなぁ。楓ちゃーん!洋ちゃん来たよ~!」

「もう、勘弁してくださいよ。」と洋ちゃんがつぶやく。

「お、来たんや。そっちが例のバンドの子?初めまして、東間とうま かえでです。みんなは楓ちゃんって呼びます。よろしくね!」

 洋ちゃんの彼女さんは、大人なお姉さんって雰囲気の人だった。

「初めまして。古賀華乃です。よろしくお願いします。」

「杜谷芽以です。よろしくお願いします。」

 ぎこちないながらも楓さんと洋ちゃんと一緒にお話をしていると、ほんとに二人が付き合っているのが分かって変な感じだった。洋ちゃんの違う一面が見えたみたいだ。

 お店では楓さんのお勧めで、手頃な値段のハンドメイドで作られたシンプルな一本軸のかんざしを買った。頭をお団子にしていたので、そのまま指してみるとよく似合うと言われてつい買ってしまったのだ。

 挨拶をしてお店を出ると夕方になっていたので、洋ちゃんとはここで別れた。今日は芽以ちゃんのおうちにお泊りに行くのだ。


 その前に大阪の古賀家に荷物を置き、着替えを取りに戻った。芽衣ちゃんも、どんなとこから通ってるのか気になるとわざわざ一緒に着いてきた。

「華ちゃん、今日バンドのお友達のとこ泊まりに行くって言うてたのにどうしたん?」

 おばちゃんの尤もな質問である。

「今から行くぅ。先に一旦、荷物置きにきたん。芽以ちゃんも外で待ってるぅ。」

「なんや、それやったら一緒にご飯食べていかへん?もうすぐ用意できるよ。お友達に聞いてみてくれる?」

「じゃあ芽以ちゃんに聞いてくる!」

 そういうことで、芽以ちゃん家に行く前にうちでご飯を食べることになった。もちろん、おいちゃんも一緒だ。

「そうなんやな、和歌山からかぁ。一人暮らし寂しないか?」

「大丈夫です。それに華ちゃんに出会ってから急に忙しくなったんで毎日楽しいです。」

「そら良かったなぁ。おばちゃんも華ちゃんにお友達できるかなぁって心配やったんよ。これからも華ちゃんと仲良くしてあげてね。」

 なんか良いなと思った。親戚だけど家族みたいだと思った。

 ご飯を食べた後も台所でおばちゃんと3人でダラダラと話をしてしまい、そろそろ行こうかというタイミングでみっちゃんが帰ってきた。

「ただいまぁ。知らん靴あるなぁ、お客さん?」

 玄関で大声で独り言を言っている。

「華ちゃんの友達かぁ。こんばんは。華ちゃんのお姉さんの美智瑠です。よろしく!」

「お邪魔してます。華ちゃんと一緒にバンドしてます。杜谷芽以です。よろしくお願いします。」

「和歌山から来て一人暮らししてるんやて。華ちゃんのお友達の芽以ちゃん。」

 出るに出れない状況になってしまった。仕方が無いので、芽以ちゃんと自分の部屋に戻るとみっちゃんも付いてきた。

「なぁ芽以ちゃん。最近髪切った?」

「いえ、まだこっちに来てからは美容院に行けてないんです。」

「そうやと思たわ。私、美容室で働いとるんやけど、良かったら髪切ったげよか?これ店の名刺。ほんまに良かったらでええで。華ちゃんも私が切ってるし。」

「そうなん?」

「うん一応。そういえば、今日簪買うたの似合うかなぁ?」

 みっちゃんの乱入で思わぬ女子会が始まり、予想外に盛り上がった。


 盛り上がりすぎた。夜も遅くなり、結局みっちゃんが車で送ってくれた。芽衣ちゃん家のマンションの前で車を降りみっちゃんを見送ると、部屋に入る前に先に飲み物を買おうと近所のコンビニに出かけた。そしてドリンクやお菓子を買い込んで、マンションのエントランスに入ろうとするタイミングで突然声を掛けられた。

「こんばんは、古賀さんですか?」

 声の方に振り返ると、女の人だった。

「あ、私、Recレック科の1年の入間いるまです。こないだのマンスリーライブ、見てました。ライブ良かったです。」

「あ、ありがとうございます。」

「家、ここなんですか?」

「あ、あの。」

「私がここに住んでて今日お泊り会しようってことで。ドラム科の杜谷です。入間さんもここに住んでるんですか?」

 話を聞くと、上の階の住人らしい。

「びっくりさせてごめんね。じゃあお泊り会楽しんで下さい。おやすみなさい。」 

 そう言うと入間さんは一礼して、帰っていった。

「同じマンションの人と初めて話したよ。なんか今日、色んな人と会うなぁ。」

 全くである。


 芽以ちゃんの部屋に着くと時間も遅いからと先にお布団の用意をしてくれた。そして芽以ちゃんが先にお風呂に入ると、私は知らない間に寝てしまっていた。目が覚めると次の日の朝だった。

 シャワーを借りて着替えてから、最初の目的だった歌詞を芽以ちゃんに見てもらうという作業をしているとお昼になり、一緒にあのファミレスでご飯を食べて帰ってきた。お泊り会とはなんだったのだろうか。


 ゴールデンウイークが開けると、例のギター候補は学校に来なくなっていた。

「毎年、連休が開けると数名は学校を辞めてしまうんです。夏休み開けにはもっと減ります。地元の友達と会って里心が着いてしまうのでしょうか。残念です。」

 芝井戸先生に聞くとそういうことだった。また探し直しだと気が重くなる。

 すると今度は芝井戸先生が候補を教えてくれた。

「私のほうでも考えてみたのですが、一人どうかなという生徒がいまして。」



A SIDE


 この間のカウンセリングから、ヨーイチローズのギターを私なりに探してみた。

 この学校は理論が強いと有名でも、入ってくる生徒は圧倒的にメタルやハードロックもしくはJロックとなどと言われる音楽が好きなタイプが多い。ジャズやファンクや純粋なポップやフォーク志向は少数派なのだ。

 そんな中でも一人、気になっていた生徒がいた。私の理論の授業でいつも一番前の席に陣取って熱心に勉強しており、机の横におそらくフルアコであろう大きいセミハードタイプのギターケースを置いていた。この学校ではそれだけでも珍しい。勉強は熱心で理解も早い。ただ彼は孤独に見えた。教室や廊下で見かけても人と話しているのを見たことが無いのだ。

 それが気になってギター科の担任の習志野先生にどんな生徒かを聞いてみた。

「ああ、花山くんですか。彼は珍しいですよ。フルアコ持ってギターの授業受けてます。元々クラシックギターを子供の頃から長い間やってたらしんですけど、今はジャズ志向でセッションミュージシャンになりたいって言うてました。ただね花山くん、人付き合いが苦手らしくてね。でもハブられてる訳じゃ無いみたいですし、お昼もみんなと一緒に食べてるみたいなんですけどね、僕、心配してるんですわ。芝井戸先生。もし良かったらそのメンバー探し、花山くんも仲間に入れてあげられへんですかねぇ?」と、逆にお願いされてしまった。

 実際にアンサンブルの授業を覗いてみたりもしたが、地味ながらなかなかの演奏をしていた。あの感じだと練習もストイックにやっているだろう。なによりずっとクラシックギターを真剣にやっていたのなら練習癖が徹底して身に付いているはずだ。ただ、あのタイプの生徒は正攻法では取り合ってもらえないだろうなとも思う。

 

「私のほうでも考えてみたのですが、一人どうかなという生徒がいまして。」

 どうしようかと困っていた古賀さんに提案してみる。

「花山 たけるさん。ギター科の一年です。ギターの先生に聞いたところ、元々クラシックギターを弾かれていたみたいですが、今はスタイル的にはジャズ志向な方のようです。セッションミュージシャンになりたいという夢を持っていると聞いています。一度、話しかけてみてはどうでしょうか?」

 簡単な外見の特徴とバンドに引き入れるためのアドバイスを伝えた。伝える情報は選んだつもりだ。古賀さんならなんとかなるかもしれない。なんとなくそう思った。

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