第15話

A SIDE


「それでは演奏面の話をしましょうか。杜谷さんの場合、普通のビートとフィルでリズムと言いますかグルーヴが違います。ですのでチグハグに聞こえる結果になっています。基本的には曲中でのグルーヴと言いますかパルスは一定です。まずはそれを練習しましょう。これからやるのはちょっと大胆な方法ですが試してみますか?」

「はい、お願いします。」

「では、上のタム2つとクラッシュ2枚をドラムセットから外してください。」

「えっ、取っちゃうんですか?」

「はい。お願いします。」

 杜谷さんがセットから4点を外すのを手伝った。これでハット、スネア、キック、ライド、フロアの5点だ。このセットだと意味の無いとりあえず叩きましたというタム回しも出来ない。

「この状態だとタム回しも出来ないですし、小節の頭に無駄にクラッシュを叩くこともなくなります。それで実際にどういうフレーズの組み立て方をするかは後でやります。」

「分かりました。」

「次に、スネアやタムを叩くのとシンバルを叩くのでは力の入れ方や叩き方自体が違います。何故か分かりますか?」

「…材質が違うからですか?」

「そうです。木琴と鉄琴では、バチの種類が違うのは知っていますか?」

「は、はい。」

「しかしドラムでは同じ木のスティックで強度も素材も違うタムやスネアと金属のシンバルを叩きます。ですので良い音を鳴らすためには叩き方でその違いを調整する必要があります。」

「なるほどぉ。」

 一通りのことを話したかな?と考えつつ、音を出してみようと思った。

「では、スティック貸していただけますか?」

 そう言ってスティックを持ちドラムイスに腰掛けた。そういえばドラムキットに座るのはいつぶりだろう。

「久しくドラムを叩いていないので、下手だったらごめんなさいね。」

 ライドとスネアの角度を水平に変え、スネアの位置を微調整してイスを動かし、借りたチューナーで簡単にスネアとフロアとキックのチューニングもした。

「では先程の曲をやってみましょう。川北さんはとにかくシンプルに。基本的に1度と5度だけで構いません。タッチにこだわる感じで演奏してみて下さい。」

「やってみます。」

「古賀さんはリズムに気をつけて、周りの音をちゃんと聞いて下さい。では、ダブルカウントで行きます。1、2、123」

 それからは簡素なセットで出来るだけシンプルに脱力して演奏をした。ありがたいことに譜面があったので、それを見ながらなんとかサイズを間違えずに演奏することが出来た。

 演奏中、古賀さんがこっちをチラチラ見ながら歌っているのに気付いた。あえて音量は抑えずに叩いているので歌いにくいのだろう。

 鏡越しに見える杜谷さんは私の背後に立って私を凝視していた。小節頭のアクセントというのはクラッシュシンバルで出さなくても良いんだ、ということだけでも分かってくれるとありがたいのだが。

 十分だろうと判断し、サビ終わりで曲を止めた。

「どうですか?なにか掴めましたか?」

「間のとり方とか、ハイハットワークとか、脱力の仕方とか姿勢とか。とにかくすっごい勉強になりました。ありがとうございます!」

「それは良かったです。後、フィルも別にスネアから始めなくてもフロアからでも構いません。」

 フロアタムスタートの簡単なフィルをしてみせた。

「こんな感じでシンプルなセッティングだけにフィルは単調になると思います。だからこそ難しいのです。それに何度も言うようですがドラムの練習は鏡を見ながらのフォームチェックが必須です。しばらくは個人練で、脱力出来ているか、きちんと座れているか、フォームは正しいか、手首や関節に無駄なダメージが返ってきていないかなどを鏡を見ながらチェックしてみて下さい。それにメトロノームも絶対です。」

「はい。」

 ドラムイスを杜谷さんに返し、私はホワイトボードの自分の指定席へ戻ってきた。

「家での練習用にパッドは持ってますか?」

「はい、メッシュのがあります。」

「そうですか。それだと音量の確認は出来ませんが、フォームの確認はできると思います。メトロノームを鳴らして左足でリズムを取りながらスネアをワンショットずつ練習してみて下さい。可能であれば姿見で自分の姿を見ながら練習してみて下さいね。」

 必死でメモを取りながら、元気よく「はい。」と返事をした。

「では忘れないうちに、もう一度曲を最後まで演奏してみて下さい。」

 それから杜谷さんは慣れないながら必死でドラムを叩いていた。途中「脱力脱力」と声をかけた結果、グダるところもあったが、なんとか完走出来た。

「今日はこんなところにしておきましょうか?大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございました。」

 少し時間が余ってはいるが終わらせることにした。


「先生、もうちょっとお話できんですか?」

「構いませんよ。」

「バンドのね、新しいメンバーのことを相談したくて。追加のメンバーのこと。」

「分かりました。でもとりあえず片付けましょうか。時間も迫っていますし。」

「あっはい。」

 私は杜谷さんのドラムセットを元に戻すのを手伝い、みんなが片付け終わるのを待ち話を聞いた。


「先生は前に覚悟がある人、練習熱心な人って言うてくれました。それは分かるんですけど、知り合いにこれって人がいないんです。」

「探しているのはギターですか?」

「出来れば、キーボードも欲しいと思っています。」

 川北さんが口を挟んだ。

「とりあえずはどっちかからですかね。一緒のタイミングで2人となると話がややこしくなる可能性があります。」

「まずはギターかなぁ。」

「どんな人を探せばいいと思いますか?」

「バンドの方向性は今日のようなフォーク、ポップスと言うことで良いんでしょうか?」

「はい。大丈夫です。」

 川北さんが答えた。彼が実質リーダーだろうなと思った。それでヨーイチローズなのか?

「でしたら、バンドの方向性を伝えて実際に音を出してみた時に、真っ先にひずみで音を作る人は避けた方がいいかもですね。分かりますか?」

「あーなるほどぉ。話を聞いていても正しく伝わってないか理解出来てないってことか。」

「そうです。本人に悪気は無くその人なりに考えた結果かもしれません。しかしそれが問題なのです。」

「先生の言いたいこと分かった。」

「でもこれは分かりやすいかもしれんな。確かに。スタジオ入って速攻で歪みで音、作り出しそうなのばっかりやわ。」

「その件はこちらでもアンテナを張っておきましょう。他にありますか?」

「あっ先生プリアンプ!プリアンプ買おうと思っちょるんやけど、みんな高いし重たそうで決めきれんのです。」

「その件ですが、あれから気になって私の方でも調べておきました。今はもう製造停止らしいのですが、これだと軽くて値段も中古で8000円以内だと思います。」

 と、ブランドと商品名を伝えた。古賀さんはスマホに打ち込んでいる。

「なるほど、それなら軽いし安い。評判も良かったはず。確かスイッチひとつでフィードバック消せるんですよね。」

 反応したのは川北さんだ。

「はい、それが売りだった気がします。実際に使っているのを見たこともありますが、簡単な操作の割に良い音でしたよ。」

「華ちゃん、多分値段的にもこれ一択やわ。それにもっと良いのが欲しなったらその時にまたええの買えばええ話やし。確かにこれはお試しって意味でも良いかもな。…ほな俺、楽器サイトで中古出てないか探してみる!」

 何故か川北さんが興奮している。その時、部屋のライトが光った。

「ではこれで今回のカウンセリングは終わりますね。お疲れさまでした。」

「ありがとうございました。」



B SIDE


 カウンセリングが終わり、3人で駅前のフェミレスまで来た。

「凄かったな、芝井戸先生。なんつーか…どう言うたらええんやろな。」

「体の使い方教えてくれたのすっごい分かりやすかったわ。あんなレッスンしてるの見たこと無いし、家でやってみよって今もうずうずしてるん。そんで先生がね、何回も知ってるかどうかで大きく違うみたいなこと言ってたやん?あれってどう言うことか分かる?」

「ああ、あれな。体の使い方を知ってるかどうかで違うって奴やんな。肩甲骨の時やっけ?その話してたん。」

「いつやったかまではちゃんと覚えてないけど、何回かそんなこと言ってた気がするん。」

「そっか。多分やけどその知ってるかどうかって、知らんかったらっていうか気にせんかったら、そもそもそんなことしようとも思わんかったやろ?ってことちゃうんかな?」

「知ってるからそれが出来るってこと?」

「んー。知ってるからっていうか、それがってのが大事ってことやない?」

「あーなるほど。」

「先生が、肩の位置変えずに肩甲骨ってか胸の骨の辺とか動かしてたやん。あんなん俺も今まで見たこと無かったけどさ、人の体ってああやって動くんやなって知ったら、今は出来んでもそのうちあんな風に動かせるようになるんやろなとは思うやろ?」

「あーうん。あれびっくりした。先生、体ぐにゃぐにゃやったね。」

「でもやで、ああやって動くんやなってのをそもそも知らんかったら、永遠に自分の体ってああやって動かせるっての知らんどころか、動かそうとすら思わんやろ?」

「ああ、それがってことか。」

「多分、そうと違うんかなって俺は思ったけどな。」

「なるほどなぁ。」

「それにしても先生、ドラム叩くの始めて見た。びっくりしたよ。歌いながら変な声出そうになった。」

「せやな。音めっさでかかったけど、スッキリしてて歌が全面に出る感じのアレンジになってたな。さすがというか、華ちゃんが先生推しなんがなんか分かった気がしたわ。」

「うん。8の曲やのに16にも4にも聞こえた。でもなんでドラムの先生やってないんやろ。」

「先生、全部の楽器できるけん、楽器選びきらんのと違うかなぁ。」

「何にしてもあの先生、おもろい人やなぁ。また受けよな。」

「うん!」

 それからは今日のカウンセリングの振り返りや、どんな人がギターだと良いかなど、熱っぽく青春っぽい話をした。

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