第7話

B SIDE


 荷物をどうすればいいかを誰かに聞こうともう一度舞台袖に行くと、さっきのバンドさんの荷物が無作為に置かれていた。

「荷物ここに置いてていいんですか?」と近くにいるスタッフさんに尋ねると「ちゃんと纏めといて下さいね。バンドさん入れ替えなので、自分の出番が終わるまでなら大丈夫です。でも貴重品はここに置きっぱなしにしちゃダメですよ。」と答えてくれた。

 ホールでは「そろそろ開場しま~す!」と、スタッフさんの誰かが叫んでいる。

 急いで客席に置かれた自分の荷物を取りに戻り、結局ギターケースだけ袖に置かせてもらうことにした。ギターはステージに置かれたままだが、照明も暗くなりお客さんも既に入ってきていたので、今更ギターをステージに取りに行く勇気は無かった。


 諦めて客席に戻ったが、このままウロウロしていても仕方が無いので、鞄を抱え会場の後ろの端っこのほうの席に座って一人待つことにした。

「古賀さん、ですよね?!隣座っても良い?」声をかけてきたのは女の子だった。

「えっ~と。」

「アンサンブルのクラスで一緒の、杜谷もりや芽以めいです。ドラム科の。」

 客電が逆光になっていてよく分からなかったが、手で庇を作り目を凝らしてじっと顔を見ると、授業で一緒に課題曲を演奏したことがある子だ。と思い出した。

「ごめんね。顔ちゃんと見れんで分からんかった。杜谷さんって言うんや。うち古賀です。古賀華乃。」

「うん知ってる!」

「どうぞ、隣座って。うちも一人でどうしようかと思ってたとこ。」

 杜谷さんは、前にアンサンブルで一緒に演奏した時から話をしたかったと言ってくれた。でも授業中は各パートで纏まって座るために話しかけられず、ボーカル科を探してもいなかったのでどこの子なんだろうと不思議だったらしい。

 改めての学科などの自己紹介や他愛も無い話をしていると「人いっぱいに成ってきたねえ。」と杜谷さんが言った。

 いよいよ緊張してきた。スマホで時間を確かめると後15分で予定の時間だった。

「ちょっと行ってくるっちゃ。後で戻ってくるけん席取っといてくれる?」と、杜谷さんに断りを入れてから一人ホールを出てお化粧室に向かった。

 手を洗いながら鏡で自分の顔を見る。他人から見ても明らかに緊張してるんだろうなと自分で思う。

 杜谷さんに鞄を預かって貰おうと会場に戻ろうとすると、会場の外で進行の廣田さんに呼び止められ、そのまま別の出入り口から舞台袖に連れて行かれた。

「後5分で始まりますんで、ここで待機しておいて下さい。」

 もう戻れない。初めてちゃんとお話をした杜谷さんが恋しかった。


 薄暗い舞台袖で待機をする。ホールでは誰かの先生の声が聞こえ、簡単に開場の挨拶みたいなことしていた。それを聞きながら私は少しでも気合を入れるためにとゴムで髪を纏めた。

「では古賀さん、よろしくお願いします。」と、無情な廣田さんの声が聞こえ、あっそうだと、慌ててスマホの電源を落とす。

「ステージに上がるということは、あなたの行動の全てをありのままに見られてしまうということです。緊張してよく頭の中が真っ白になると言いますが、それは仕方がない。問題はそれにどう対処し折り合いをつけるかです。ですので開き直ることですね。普段どおりの古賀さんのままどう楽しむかが大事です。」と、芝井戸先生は言っていた。

 今更あがいても仕方ないかと最初にやることを考える。ステージに出て挨拶してギター持ってまずチューニング。イメージを頭に浮かべ、深呼吸をしてからステージに向かった。



A SIDE


「芝井戸先生、一緒に行きましょ。」

 職員室で机仕事を片付け「そろそろかな。」と席を立ったところで、鞄を持った南さんに声を掛けられた。

「はい。では行きますか。」と共に今日の会場に向かった。


 開場に着くと講評担当の先生方は既に上手脇の長机に陣取って座っていた。

 私と南さんは生徒と一緒に並んで椅子に座るわけにもいかず、PAブースの前に邪魔にならないように立って見ることにした。

「あれが例の芝井戸ちゃんの子かい?」と、PA卓から山藤さんが声を掛けてきた。

「え、そうなんですか、先生!」

 わざとらしく南さんも話に乗ってくる。

「変なこと言わないで下さいよ。なんてこと言うんですか。違います!」

「ごめんごめん。そんな意味じゃないんだわ。ははは。わざわざ九州から入学してきた子ってことだよ。」

 分かってはいるが流石に事情の知らない生徒もいる空間では、きちんと否定をしておかなければ後々変な噂になっても面倒臭い。

「全くもう。で、リハはどうでしたか?」

「別に問題無かったよ。緊張してるみたいだったけど、それはまぁ仕方ないよね。初めてだもんね。」

「ちゃんと生で歌うの見るの初めてやし、楽しみやなぁ。」

 いつの間にか熊さんも南さんの隣にいる。

「そうですね。私もちゃんと見るのは初めてです。」

 会場が暗くなり講評員の先生の開場の挨拶が終わると、古賀さんが鞄を斜めに掛けたままステージに出てきた。

「おい、あいつ鞄持って出てきおったで。大丈夫か、緊張してんちゃうか。」

 熊さんはすっかり面白がっている。

「まぁ人前で歌うこと自体が初めてみたいですし、静かに見ておきましょう。」

「そうですね。古賀さんがんばれ!」

 南さんも応援してくれているみたいだ。


 マイクの前に着くとギターを持つより先に、「福岡から来ました。一年古賀華乃です。よろしくお願いします。」と、のど自慢大会のような挨拶をした。会場からはパラパラとまばらな拍手が起こっている。そしてそのままギターを担ごうとして初めて斜めがけの鞄を持っていることに気づいたんだろう。一度ギターを起き鞄を地面に置いた。

「やっちゃいました。へへへ。」

 開場からは、笑い声と共に「頑張れー!」という声が出ているが明らかに冷やかしだ。古賀さんは鞄をその場に下ろしギターを担ぎ直しチューニングをしつつ、訥々と話し始めた。

「私の実家は…福岡と言っても博多じゃない割と田舎の方で…今までじいちゃんの畑にあるベンチで…実家で飼っている犬を相手にしか歌ったことがありません。…だからぁ…今日は人生で初めてのライブです。…すごく緊張して…ます。…でも…楽しんでやりたいと思ってますので、聞いて下さい。」

「やるやん。」と、熊さんが我々に聞こえるようにつぶやいた。その通りだ。チューニングの時間をしっかりMCで繋ぎ時間を収めた。やるじゃないか。

 それから古賀さんはGのオープンコードを一つ弾き、手元のボリュームを上げ歌い出した。


 歌はやはりAメロ-サビ進行の曲だった。

 ギターは相変わらず拙いものの、言葉を置くように朴訥にのびやかに楽しそうにまっすぐに歌うそのうたは相変わらず素晴らしいと思う。このあいだ教えた目線の置き方も完璧だ。

 なによりもステージに立つその存在感が飛び抜けていた。よく会場全体を支配したなんて例え方をするけれども、古賀さんのステージはまさにそれだった。

「あいつほんもんやなぁ。」

 熊さんは隣で独り言を言いながら腕を組み考え込んでいる。その横で南さんは楽しそうにステージを見ていた。


 古賀さんは歌い終わると、「ありがとうございました。」と言い軽くお辞儀をした。

 講評員席に座るMC役の先生が「一年の古賀さんでしたぁ。じゃあ次のバンド用意して下さい。」と割って入ると照明が切り替わり、古賀さんの初めてのライブは終わった。

「良かったですね。先生!」弾けるような声で南さんが私に話しかける。

「無事終わって何よりです。」

「もう、先生ったらぁ。」

 なぜか南さんに怒られた。

「ほな、わしそろそろ行くわ。次あるし。また今度ゆっくり話しよ。お先ぃ!」

「それじゃあ、私も帰ります。お先に失礼します。」

「お疲れさまでした。」

 熊さんと南さんが帰っていった。このまま一人で見ようかとも思ったが、結局私も職員室に戻ろうと二人に続いて外に出ることにした。



B SIDE


 なんとかステージをやりきった。というのが実感だ。良かったとか楽しかったとかそんなのは全く無い。演奏中、芝井戸先生はいるかなぁと歌いながら探したが、照明が逆光になって眩しく全然見つけられなかった。

 ステージからギターとシールドケーブルと地面に置いた鞄を回収し、ステージ袖でシールドケーブルを8の字巻きにしてギターケースに片付ける。

 進行の廣田さんはステージ上で忙しくしている。もう客席に戻ってもいいのか分かんなかったが、ここにいても邪魔になるだけだろうなと、周りにいるスタッフの人に「お疲れさまでした。」と声をかけ、荷物を持って舞台袖から直接客席に戻った。

 杜谷さんのいる席に戻るまでに「お疲れさまぁ!」と暗闇の中、何人かの人に声を掛けられた。人をかき分けなんとか席に戻ると、杜谷さんが「びっくりしたよ!トイレ長いぃ!って思ってたらステージに出てきたんやもん。出るなら出るって言ってよ!」と、興奮気味に話しかけてきた。

「ごめんね。一回こっち戻ってから行こうと思ってたんやけど、外で捕まっちゃって。鞄、やっちゃった。」

「古賀さんすごかった!すごい!すっごい!ねえ、一緒にバンドしいひん?前から思ってたんよ。一緒にバンドしよ!」

 急な申し出に戸惑ったけど、ステージは良かったらしくホッとした。

「ちょっと待って。一回落ち着きたいし、喉乾いた。とりあえず外出たいん。いいかな?」

 ちょっと人混みに疲れたこともあって、外に出たかったのだ。

「うん、私も行く。」

「ごめんね。我儘言って。」

 せっかくの杜谷さんが取っておいてくれた席はきっと誰かに取られるだろうが、とりあえず一息つきたかったのだ。

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