第6話
B SIDE
芝井戸先生に色々教えて貰った週の土曜日に梅田に出かけた。前に来た時はみっちゃんが一緒だったので迷わなかったが今日は一人だ。
梅田駅の構内からして既に迷路だった。クラスの友達とでも一緒に来れば良かったなと思いつつ、スマホの地図アプリに楽器店を表示させて歩いた。なんとかお目当ての大手楽器店に着くと、店員さんに相談してサウンドホールカバー600円とシールドケーブル3m3600円、小さいメトロノーム2000円にギター弦と細々したものを買った。一応プリアンプも見たけれどどれも大きくて重そうで、これとアコギと一緒に持って歩くのは無理かもと思った。電気屋さんでは安いUSBメモリも買った。これは隣の席の川北くんが教えてくれたものだ。
これからもこうした出費は増えるだろう。母ちゃんは仕送りに頼っていいと言うけれど、やっぱりバイトを探そうと決めた。母ちゃんは私の小遣いの他に、生活費もおばちゃんに払ってくれている。前にその話をしているのを聞いたことがあるので、せめて自分の小遣いくらいなんとかしたいとずっと思ってはいたのだ。
都会を歩くと首が疲れ頭がクラクラする。それでも大汗をかいて迷いながらもなんとか帰り、駅でふと目に付いたフリーペーパーのバイト情報紙を貰ってきた。
部屋に戻り早速買ってきたものを広げてみる。
まずサウンドホールカバーをギターに付けてみた。硬いゴムのカバーは弦を貼ったままでもペグを緩めれば取り付けることが出来た。ギターを弾いてみると箱鳴りがミュートされて音が小さく細く聞こえた。
実際の音は学校で音を出してみないと分からないなと興味は他の買ってきたものに移り、買ってきたものを全てパッケージから取り出し片付けると、私はベッドに横になりバイト情報紙を読み始めた。
お金を稼ぐためのバイトであるが、バイト中心の生活になってしまっては意味がない。なので、給料よりも時間と場所を優先して探していると、近所のコンビニの早朝5時から8時というのがあった。時給もかなり良い。朝はすぐ起きられる体質なので、週3日くらいで入れるなら大丈夫じゃないかと考えた。
下に降りて早速おばちゃんに相談する。
「おばちゃん、近所んコンビニで週3くらいで早朝のバイトしよかて思いよるんやけど。良いかなぁ?」
「華ちゃん、お金に困ってんの?」
「仕送りはしてくれよるんやけど、楽器にお金使うけん自分でも少しは稼ぎたいなって。」
「偉いなぁ。ほな、朝早よぅからバタバタするってこと?」
「うん、静かに出かけるようにするから。いい?」
「家の鍵も渡してるし、おばちゃんはかまへんよ。」
「もし受かったらバイト朝ん8時に終わるけん、一回お家に戻ってからがっこ行く。」
「分かった。頑張ってな。でも無理したらあかんで。」
部屋に戻り、スマホから電話をかけるとすぐに面接の予約がとれた。
翌日、履歴書を持って面接を受けると、コンビニのバイト経験者で近所に住むということであっさりとその場で受かり、月火木の週3で入ることが決まった。
それからは寝坊しないように少し早い4時15分に起きて身支度を整えバイトへ行き、朝からきちんと授業を受けて放課後にはスタジオで個人練習と、忙しい日々が続いた。
熊野先生やクラスメイト、機材管理室のお兄さんや南さんともすっかり仲良くなり、夜は眠かったけど毎日が楽しかった。学校の授業はボイトレの先生がちょっと怖いくらいで基本的にとても楽しい。知らないことがいっぱいでワクワクする。
中でもボーカルとして参加するアンサンブルの授業がお気に入りだ。授業の冒頭に、この授業担当の比較的若い先生方によるお手本のバンド演奏があるのだが、それが勢いのあるバンドの音って感じでカッコ良いのだ。そして授業ではあまり良く知らない演奏棟のコースの人達と即席バンドをするのだが、何故か歓迎会の時に知り合ったベース科の海広さんやドラム科の女の子と一緒に演奏することが多かった。
そうこうしているうちに、月末の校内ライブの日になった。
授業が終わって一人すぐに移動し、重い防音扉を2つ開け、今日の会場の小さい方のホールに入る。中では黒い服を着た人達がバタバタと働いていた。マイクで意味のわからないことをずっと喋っている人もいる。誰に話していいか分からなかったので、音響卓の近くにいたおじさんの先生にとりあえず声をかけた。
「今日はお世話になります。一年の古賀華乃です。宜しくおねがいします。」
「ああ、君が古賀さんね。おはようございます。PA科の山藤です。よろしく。」
「おはようございます。よろしくお願いします。」
「今日の仕切り呼ぶからちょっと待ってね。お~い廣田~。ちょっと来~い!」
「はい!」
「今日の一番目の人、来てるから後よろしく!」
「分かりました。」
山藤先生は、PA卓の方に戻っていった。
「おはようございます。今日舞台の進行をします、PA科2年廣田です。よろしくお願いします。」
「作編科1年の古賀華乃です。よろしくお願いします。」
「まだバタバタしてますが、もうすぐリハを初められると思います。私は基本的に舞台袖にいますので、リハでも本番中でもなにかあったら声をかけて下さい。」
「はい。」
「先に2年のバンドさんからリハが始まるので、その辺の椅子に座っておいて下さい。よろしくお願いします。」
黒い服を着た廣田さんと言うお姉さんは、そう言うと足早に仕事に戻っていった。
2年生のバンドさんと思われる人達が「おはようございま~す」とホールにいる全員に聞こえるように大きな声で挨拶をし入ってきた。私はこのホールに入った時に挨拶をしただろうかと冷や汗が出た。
そのバンドの人達は手際よく準備をしリハが始まった。ボーカルさんはずっと発声練習している。自分もしたほうが良いだろうかと思ったが、邪魔になるといけないと思い身動きがとれなかった。
「おはようございます、今日のPAを担当します。2年長野です。よろしくお願いします。モニターは橋本です。よろしくお願いします。」
と、リハが始まった。各自のリハの順番になると必ず「ドラムの誰々です。」「ベースの誰々です。」と自己紹介をしてから音を出し始める。
最初はドラムからドン!ドン!と一つずつのパーツの音を拾っていく。ドラムが終わると続いてベース、ギター、そしてボーカルになった。
「よろしくお願いしま~す。ヘイ。ハァ。アーアー!」と、ボーカルさんが意味の分かないことを言っているのを私はじっと見ていた。
「これは、ボーカルのモニターの確認してるんだよ」
急に声をかけられたのでびっくりして振り返ると山藤先生だった。
「声を出して、外の音と自分に聞こえる足元にあるスピーカーの音の確認をしてるのね。」
「そうなんですか。」
「古賀さん、今日初ライブだって?リハも初めて?すごいねぇ。」
「分からないことばっかりで楽しいんですけど、緊張しすぎて帰りたいって思ってます。」
「ははは、大丈夫大丈夫。初めてで色々分からないってのは恥ずかしいことじゃないから。僕やさっきの廣田になんでも聞いてくれたら良いからね。」
こうして先生が話しかけてきてくれるのは、機材管理室で百瀬さんが書いてくれたあのセッティング表のおかげだと気がついた。緊張をほぐそうとしてくれてるんだろう。
「そろそろギター出してチューニングくらいは始めておいてね。もし声出しに外に出るなら必ず誰かに声をかけてから出てね。じゃあ。」
ありがとうございます。と言う間も無く山藤先生は元の位置へ戻っていった。言われたとおりに声を出したほうが良いかと考えたが、さっきまで授業で歌っていたし、とりあえずはここに座ってギターの準備をしようとギターケースを開けた。
「じゃあ曲でくださ~い」
2年のバンドさんの曲が始まったが、私はボーカルばかりを見ていた。この後、あそこに立つのは私なのだ。
観察をしていると、ずっと足元のスピーカーを見ながら歌っている。曲はギターソロが終わったあたりで突然止まり、またPAさんとの対話が始まった。そういえば芝井戸先生は、「リハは自分たちが練習する時間じゃなく、その日お世話になるPAさんや照明さんのために使う時間です。」って言ってたなと思い出した。
曲が止まってからモニターの人に向かって、ボーカルさんが「もう少しボーカル上げで。」とか、ドラムさんが「ボーカルちょい下げでベース下さい。」などとそれぞれ希望を言っていて、こうやって進めていくのかと関心した。もう一度同じ曲が始まり同じようなことが繰り返され、さらに同じ曲が繰り返された。
「時間もそろそろですので、よければこの辺で~」とPAさんが言うと、「はい。じゃあ本番よろしくお願いします。」と、リハーサルが終了した。
「次、古賀さんね。あの子らが下がってからステージに上ってね。」と、山藤先生が突然後ろから声を掛けてきた。
いよいよ自分の番である。
「次、古賀さんどうぞ。お待たせしました。」と舞台進行の廣田さんに呼んで貰い、ステージの横からステージに上がった。
ステージにも別のスタッフさんがいて、「ギターどうします?」と。PA卓の人に聞いていた。
「古賀さ~ん。ギターどうします?」隣りにいる人からPAさんを経由して、私に質問が飛んできた。
「ラインでやってみてもいいですか?」
「は~い。じゃあDI用意して。別回線でぇ!」PAさんがテキパキと指示を出す。
私はチューニングが終わり、買ったその日からサウンドホールカバーを付けたままのエレアコを担いだまま立っていると、ケーブルはスタッフさんが繋いでくれた。
「じゃあギター弾いてみて下さい。」
ギター側のツマミで音量を上げ、Gのコードを弾いてから挨拶!と思い出し、「一年、古賀華乃です。よろしくお願いします!」と改めて挨拶をした。流れで始まってしまっていたのですっかり忘れていた。
「よろしくお願いします。じゃあ引き続きギターから音下さ~い。」
ギターのコードをいつもどおりストロークで弾いていると、「ありがとうございま~す。じゃあ別の弾き方ありますか?あればそれを下さ~い!」と言われ、別の弾き方?と思いながらも、ピックでアルペジオを弾いた。でも今日の曲では使わない。
「ありがとうございま~す。次~、足元…は無いですね。じゃあ声を下さ~い。」
アーアー言えばいいんだろうか?と思いつつ、先程のボーカルさんがやってたように「アーアー」と言い続けた。
「はい、ありがとうございま~す。モニターどうですか~?」
モニターって自分の声がちゃんと聞こえるかってことだろうか?とりあえず「はい聞こえます!」と答えた。
「じゃあ曲中で調整しますんで、曲でもらえますか?」
「よろしくお願いします。」
緊張しながらも曲を始めた。途中からは舞台用の照明が付いていた。歌う私の隣ではスタッフさんが立ってうろうろしている。さっきのバンドみたいに途中で終わったほうが良いのだろうかと思いながら、気がついたら2分40秒の曲は完走していた。
「モニターどうですか~?」と、同じ質問が飛んできた。
「大丈夫です。」マイクを通して答えた。足元のスピーカーからはギターの音も私の声も出ていて、特に歌いにくいとかは無い。客席側にも音が出ていることに違和感を感じるけれど、それは慣れるしか無いんだろなと思ったからだ。
「じゃあ、もう1回曲でくださ~い。2コーラスくらいで大丈夫で~す。」
客席側ではスタッフさんが椅子を並べ始めた。自分の荷物は大丈夫だろうか?と気にはなったが止めるわけにはいかない。促されるままに曲を始めて途中で止めた。
「どうですか~?」と、聞いてくれても「大丈夫です。」としか答えられない。
「では、本番よろしくお願いしま~す!」
「よろしくお願いします!」と私が返すと色んなところから、「よろしくお願いしま~す!」と返ってきた。
直後、進行の廣田さんが駆け寄ってきて「問題無かったですか?」と聞いてくれた、ここでも「大丈夫です。」としか答えられない。廣田さんと話しながら私は無意識に近くにあったギタースタンドにエレアコギターを立てかけた。
「では、後5分ほどで会場します。今のところオンタイムです。開演10分前くらいには出れる準備をして舞台袖まで来て下さい。」
「わかりました。」とスマホの時計を見る。
「あっそれ。ライブ中はスマホの電源は切っといて下さいね。では本番よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
そう言って流されるまま私は舞台を降りたが、荷物はどうしたらいいんだろうか。
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