第8話

B SIDE


 ホールの出入り口の二重の防音扉を開け、校内の自販機まで出てきた。さっき買った水はもう飲み干していたので新しいのを買おう。

「古賀さん凄かったよ。初めてのライブって言うてたけどほんまなん?」

 お茶を買い一息ついたところで、杜谷さんが話しかけてきた。

「うん、初めて。初めてリハもした。みんなあんな感じでライブしとるんやねえ。」

「緊張した?」

「うん、人生で初めてってくらい。やないか、2番目か3番目ってくらい緊張した。」

 そう自分で言ってから、初めて芝井戸先生に音源聞いてもらった時よりは緊張しなかったから、ある程度は落ち着いて出来たのかと改めて気付いた。

「ねえ、さっきも言うたけどねえ、一緒にバンドせーへん?私じゃ駄目?」

 さっきの話の続きだった。杜谷さんのドラムが上手い下手は正直わからない。それよりも気になることがあるのでどうしたものかと考えていた。

「あのね…」と言いかけたところで、後ろから肩を叩かれた。

「古賀ちゃん、良かったよぉ。今日出てたんやね。」

 振り向くと同じクラスの川北くんだった。

「あ、来てたん。」

「来てたんはないやろ。」

「クラスの子には、なんか恥ずかしくて言ってなかったのに。」

「熊野先生も後ろで見とったで。」

「そうなん?熊野先生、誰かと一緒じゃなかった?」

「そういや、受付の女の人と何の教科か知らんけどたまに見かける眼鏡の先生と一緒やったな。」

「芝井戸先生?」

「ああうん。そんな名前やっけか。多分そうと違う?知らんけど。」

 ちゃんと見てくれたんだ。とホッとした。どうだったか聞きに行きたい!と、今すぐ飛び出しそうなのを抑えた。

「そっちはお友達?」

「うん、ドラム科の杜谷さん。アンサンブルの授業で一緒やったんやけど、さっき仲良くなったん。」

「杜谷です。どうも。」

「えっと、古賀ちゃんと同じクラスの川北です。よろしく!」

 川北くんはいつもみんなに同じように接する。イケメン属性だ。

「よろしくです。」

 緊張してるのか、杜谷さんはさっきの元気がなくなったように思えた。

「にしても、びっくりしたわ。古賀ちゃん凄いな。自分、あんな感じで歌える子やと思わんかったわ。」

「やんねえ?私もびっくりした。すっごい良かったよ。ほんまに!」

 急にさっきのテンションに戻った杜谷さんに驚いたが、二人して良かったと言って褒めてくれる。嬉しいしありがたいし少しくすぐったい気持ちだ。

「ありがとう。なんかよう分からんまま終わったけど、良かったって言ってくれて嬉しい。」

「いや凄いよ、マジで。いつものクラスの感じと全然違うやん。」

 いつものクラスの感じが私は知りたい。

「古賀ちゃんはバンドやれへんの?あれやったら俺ベース弾くで?」

「今、その話してたんよぅ。ねえ、一緒にバンドやろ?」

 ギター・ベース・ドラムが急に揃い、なんだかバンドっぽくなってしまった。

「うーんと、そのね。」

 この二人はノリで言ってるわけじゃなく、本気で誘ってくれてるんだろうと話しぶりから感じる。ちゃんと話をするべきだろう。

「ちゃんと話するけん、静かなとこいこ。」

 会場の外に漏れ出たライブの音と、ここ会場の外で生徒たちの声が飛び交う雑踏の中で話すことじゃないなと、二人を連れて学校の外へ出た。


「どっから話せばいいか分からんけど、ちゃんと話聞いてくれる?」

 二人は真剣な顔になってくれた。

「うち、本気でプロになりたいんよ。そのために福岡から来たん。それでね…」

 父ちゃんのCDで芝井戸先生を知って、というところから順に一生懸命に話をした。二人は黙って聞いてくれた。

「だからプロになりたいん。でも今日リハ見ててバンドも楽しそうやなって、そしたら杜谷さんが誘ってくれてバンドもめっちゃやりたい。…どうして良いか分からんの。」

「話、よう分からんとこもあるけど、その眼鏡の先生を慕ってこの学校を選んで今もお世話になっとると。だからソロでやるほうがいいんちゃうかってこと?」

 川北くんが話をまとめてくれた。

「なんか違う気もするけど、多分合ってる。」

「俺らとやったらプロになれんってこと?」

「そういう事言ってるんと違うんよ。」

「ソロもやってバンドもやってやとあかんの?」

 もどかしい。どう説明すればいいのか。それ以前に自分がどうしたいのかが分からない。

「一回音出してみたら?それで違うって思えば古賀さんが選べばいいよ。」

 杜谷さんが、妥協案を出してくれた。

「でもな、古賀ちゃん。俺やってプロになりたくてこの学校入ったんやで。それ忘れんでな。」

 川北くんの言葉に杜谷さんも遠慮しながら頷いている。そうだ。私だけじゃないんだ。

「ごめん。ほんとごめん。うち自分のことばっかりやった。ごめん。」

 平謝りだった。

「こっちこそごめんね。謝らんでええよ。私も急にバンドしよって言い出したんやし。」

「そうやね。俺もなんかごめん。問い詰めたみたいになった。」

「ううん。」

「せっかく良いライブした後やのに。ほんまごめん。でもそれくらい今日のライブ良かったんやで。あれ見てバンドやるんなら古賀ちゃんしかおらんって思ったんやわ。」

「私もそう。授業で一緒やったときからバンド一緒にやってくれんかなって思ってたけど、今日見てちゃんと伝えないとって思ったんよ。」

「うん。ありがとう。」

「ま、とりあえず、スタジオ入ってみようや。ちょうどドラムもおるし、杜谷さんも俺のベース、なんか違うって思うかもしれへんしな。」

 川北くんが空気を変えようとしてくれてるのが分かった。

「それより、その芝井戸先生のCDてそんな凄いん?どんな感じの曲なん?」

 川北くんの質問だ。

「なんて言っていいか分からんから今度聞かせる。それにね。」

「それに?」

「最初に聞いたやん、授業で。あの音を書き出していくやつ。一番最初の修行の授業。」

「あーうん。修行の授業な。」

「あれも多分、芝井戸先生の曲やと思う。歌ってる人も違うし演奏の感じも違うけど、曲の癖っていうんかな。それが一緒やった。」

 あの日、家に戻ってからひたすら先生のアルバムの曲を聞いた。その時に今日の授業の曲は芝井戸先生が作った曲だと確信に近いものを感じたのだ。

「へえ、そうなんや。」

「ねえ、修行って何の話してるん?」

「あ、ごめん。前に授業でね、音の修行をしたんよ。その時の曲が芝井戸先生の曲じゃないかって話をしてんの。」

「音の修行?」

「それがね…」

 それからは杜谷さんと川北くんと面白おかしく色んな話が出来た。私が間に入るわけでもなく3人で話をした。なんかこうやってるのも良いなと思った。

「一回、中入ろか。先輩のバンド全然見てへんし。」

「そうやね。全然見てない。」

「先行っといてくれる?芝井戸先生、まだ残ってるか職員室見てくる。今日の感想、どうしても今日中に聞きたいっちゃね。」

 二人は「行っといで。」って言ってくれた。



A SIDE


 結局、すぐに帰るでなく職員室に戻って机仕事をしていた。30分ほど経ち区切りもついたのでそろそろ帰ろうかと思った頃、ドアをノックする音が聞こえた。

「あの、芝井戸先生まだいらっしゃいますか?」

 扉に一番近い私がそのまま応対に出た。

「はい。」

 扉を開けると古賀さんが立っていた。

「今日はお疲れ様でした。どうしました?」

「先生見てくれたって聞いて、感想聞きに来ました。…見てくれたんですよね?」

「はい、拝見しました。それより古賀さん、今日出られてる他のバンドは見ましたか?」

「あ、いや…」

「見るのも勉強ですよ。それにすべてが終わってから、もう一度中のスタッフさんにお礼を言ってから帰るようにして下さい。今日はお世話になったのでしょう?感想は来週にでも伝えますので、今は会場に戻って下さい。」

「はい…」

 まずい、強く言い過ぎたと思った。古賀さんがここにいることに対する反応で無意識に出た言葉だった。それに私だってこうやって職員室に戻って来ているんだ。何を偉そうに。

「今日とても良かったです。初めてきちんと歌っているところを見ました。初ライブとしては、とても素晴らしかったです。でももちろん改善点もあります。それを来週伝えます。ですので、今日は会場の方に戻って下さい。それとスタッフさんがどんな仕事をしてるかも見ておいて下さい。お願いします。」

 必死に取りなそうと若干早口になって言葉を紡ぐ。

「分かりました。ありがとうございました…」

 古賀さんの曇った顔が晴れない。

「もしどうしても今日中に私と話がしたいのであれば、今日のイベントが全て終わって、お世話になったみなさんにきちんと挨拶をしてからまたここに来て下さい。それでどうですか?私はここで仕事をしながら待っていますので。」

「はい、じゃあ後でまた来ます!」

 少しは元気になったのだろうか。せっかくの初ライブだったのに、嫌な思いをさせた私に否がある。古賀さんだからじゃなく、せっかくの初ライブくらいみんなに良い思い出になって欲しい。それなのに私は何をやってるんだ。と自分で自分が嫌になった。



B SIDE


「どうやった?まだ先生おった?」

 後ろの方の席を確保しておいてくれた二人と合流できた。

「うん。まだおったけど怒られた。見るのも勉強やけん、ちゃんとライブ見てろって。」

「えー厳しすぎへんか?」

「先生の言うことは正しいと思うん。それに今日うちは参加者やし、ちゃんと最後までここにおってお世話になったスタッフさんにお礼を言わんといけんの。」

「そっか、じゃあ一緒に見よ!」

 杜谷さん、いい人だ。


 それから3つのバンドのライブを見れた。どのバンドも流石にライブ慣れしている。その内一つのバンドがどっかで見たことあるなぁと思ったら、新入生歓迎会の時に出ていたバンドだった。

「あのドラムの人かっこいいよね。」

 杜谷さんはファンクロックを演奏していた女性のドラムを見て耳打ちしてきた。

 私は芝井戸先生に言われたとおり、スタッフさんがどんな仕事をしているのか観察していた。それぞれに仕事があり、みんな一生懸命だった。私はちょっとリハをしてパッと出て歌って終わりだったが、スタッフさんは私がこのホールに入る前から今までずっと働いていたんだ。先生の言った意味が少し分かった気がした。


 全て終わり、お客さんは退出になった。

「外で待ってるよ。飯でも行こ。」

「私も行きたい。もっとお話したい!」

「うちはスタッフさんにお礼言ってから、もう1回芝井戸先生とこ言って話聞いてくる。やけん、だいぶ遅くなるかもしれんよ。」

「ええよ、別に。なんなら先にファミレスにでも入っとこか?学校出て駅までにあるとこ。場所分かる?」

「場所分かるけど…そうしてくれると嬉しいけどいいの?初対面の男女で。」

「気にすんな。それに俺、彼女おるし。」

「それダメなやつ!」

「大丈夫、絶対に怒られへん。まぁその話も後でするわ。ほな先に行こか。」

「あ、うん。」

 杜谷さん。がんばれ。

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