第4話
A SIDE
親子でパンフレットの作曲編曲コースの欄を覗き込む。
「このDTMとかDAWってなんですか?」
「DTMっていうのは『デスクトップミュージック』の略で、机の上でパソコンを使って曲を作ったり編集したりと音楽を作りをすることです。DAWは『デジタルオーディオワークステーション』の略で、そのパソコン内の機械のシステムのことですね。難しく思われるかもしれませんが、使い方は1から授業で教えますし機材も学校のを使います。さっき聞かせていただいた曲をパソコンに録音してデータ化すると、曲の構成と構造を客観的に見ることが出来るようになるので、特にアレンジ面で役に立つと思います。当校の場合、コンペ、えっと楽曲のコンテストとかオーディションのことなんですが、そのコンペに出すのにも使います。奥は深いですが、操作に関しては思ってるほど難しくないから大丈夫ですよ。」
少しの沈黙の後、少女は口を開いた。
「先生。音楽の先生になるってのは置いといてなんですけど…、うたを歌う人にって話で、音楽を勉強しないとプロのアーティストになれないですか?」
シンプルかつ重要な質問である。初めに「あくまでも個人の意見ですが…。」と断りを入れてから、言葉を選びつつゆっくりと話しだす。
「私は、餅は餅屋、かつ、手持ちのカードは多いほうが良い方が良い。と思っています。」
「餅屋?」
「素人が作るより専門の職人さんが作った方が良いものを作れるとか、仕事は専門家に任せるのが一番って意味の例えよ。」
母親が説明に入る。
「もちはもちや…。」
少女が復唱する。
「はい、そうです。その上で色んな知識を豊富に持っている、色んなことが出来る人のほうが強い。これが手持ちのカードの喩えです。音楽理論やパソコン上で曲を作りアレンジする技術などを勉強するというのは、手持ちのカードを増やすことに繋がります。音楽において最も重要なのは『想像力』です。その想像力をより良い形にするための方法が、音楽を学ぶ、ということだと私は考えます。」
そして一息置いてから「それにここは音楽の専門学校なんですよ」と、緊張を緩めるように笑顔で話をまとめた。相変わらず説明が下手な自分が嫌になる。
彼女の質問に「YES」とも「NO」とも答えていないのは分かっている。学校としては単純に卒業後の就職を考え、音楽の専門家としてのスキルを身につけてほしい。というのが本音である。とはいえ、学校で教えられる全てを学んだところで雇い主が必要ないと言えばそれまでの世界である。彼女の言う”プロのアーティストになれるかなれないか”は、こちらではどうしようもないというのが答えだ。しかし本気で目指すのであれば、無駄にはならないという経験に裏打ちされた確信はある。
「あともう一個、質問良いですか?」
少女の質問が続く。
「あの、ネットで音楽の専門学校のこと調べてたら、よく無駄だとかやめとけって検索候補に出るんですけど、それって先生はどう思いますか?」
ド直球の質問に笑いそうになったが少女は至って真剣である。逆に隣の母親の方が「なんてこと聞くの?」という顔をしている。
「そうですね。うーんと、どう答えたら良いのか困る質問ですが…では逆に質問してみましょうか?全国に音楽の専門学校が約30校あるのですが、そこから毎年プロになれる人数ってどれくらいだと思いますか?楽器やコースを選ばずです。」
「うーん…」
少女は考え込んでしまった。
「ではお母様はどう思われますか?」
「そのプロの定義っていうのが私には分からないのですが、仕事に出来る人ってそんなにはいないんじゃ無いかと思います。」
「そうですね。プロという定義を『音楽に関連する仕事だけで生活できる分のお金を稼ぐ』と言う風に考えるのであれば想像より増えるかもですし、誰もがイメージするようなプロミュージシャンと呼ばれるメジャーレーベルで音源が流通するような人や、そういうCDやライブに名前が載るような純粋に演奏だけでお金を稼ぐスタジオミュージシャンと呼ばれる人に、成れる人というのは全国で学年に10人もいないでしょう。当たり前と言えば当たり前ですが。」
「…」
「それでそういう記事についてですが、それは誰かがそういう記事を書いているということですよね?」
「多分、はい。」
「ではその記事を書いている人は、その10人かその他の人間か、一体どちら側の人間だと思いますか?」
「あー。」
「そうですね。頑張ったけどダメだった人、頑張れなかった人、もしくはそもそも頑張らなかった人。その人がどれに該当するかは分かりませんが、書き手によってその記事の意味合いというのは随分と違ってくるんじゃないかと思うんです。」
「そうですね。」
沈黙した少女よりも母親の方が納得している。
「専門学校というのはその道の専門家になるために己を磨くための場所だと私は考えます。先生に言われた通りに課題をこなすだけという中学高校の考え方とは違い、学校のプログラムを通して自分のための課題を自分自身で見つけ出し、研鑽して自分自身をより良い価値のある商品にしていく。その過程をお手伝いするために私たち講師陣がいるのです。ですので、いちいち先生に言われなくても自分で何かを作り出して世に発信していく。というのは大前提であって、その上でどうすれば良いかと言うのを常に自分自身で考える必要があると思います。少なくともそれが出来ない人はそもそもその10人の中に入りようがないのです。」
「そっかぁ…。」
私の言葉に少女は頭をフル回転させて考えているようだった。夢見る少女に現実を見せすぎたのかと焦ったが、時既に遅しである。私は喋り過ぎたのだ。
「先生。申し訳ありませんけど、少し娘と話すお時間をいただけませんでしょうか?」
口を開いたのは母親の方だった。この空気感、このタイミングで「時間をください」と言える母親は大したものだと思う。今、この少女には「通訳」と「時間」が必要なのだ。
私が居ては親子で腹を割って話が出来ないだろうと私が教室を出た。話がちゃんと伝わっていればいいな。と思ったが、あそこで話を切ってきたあの母親なら大丈夫だろうとも思う。
私は外に出て周り教室の様子を伺う。隣の教室では作曲編曲科の相談会が続いているが、廊下で待機してる生徒数からしてもうすぐ終わりそうだ。この時間でこの人数なら今日の生徒さんは2、3人だろうか?ひとつ上の階ではレコーディング科と照明とPA科の説明会をしているはずだ。そしてボーカル科やギター科などはここから離れているので伺い知れないが、生徒数が多いだけにまだ続いているだろうと推測する。
B SIDE
初めて会う実物の芝井戸先生は、ホームページの写真で見た時の印象に比べると随分と気さくな感じがした。先生の話は少し難しかったけれど、ちゃんと目を見て誠実に受け答えしてくれるこの人は信頼できる、というのが直感であり印象だ。何より私の歌を褒めてくれたのがすごく嬉しかった。
先生に教室から出ていってもらって、母ちゃんと話し合う。
「どう?先生のお話、ちゃんと分かる?」
「うん。ちょっと難しいけど分かると思う。ねえ、母ちゃんは芝井戸先生のことどう思った?」
「そうねえ。ちゃんと生徒のことを考えてくれる先生って感じかなぁ。でも、ちょっと怖いかな。」
「怖い?」
「うん。なんて言うか、職人さんってちょっと怖いの分かる?そういう感じの怖さ。目の奥が笑ってないって言うか。」
「うーん。」
「先生は2年間ちゃんと勉強すれば音楽を教える人には成れるって言ってたでしょ?」
「うん。」
「でもそれって、ちゃんと勉強しないと成れませんよ。ってことなのは分かる?」
「なんとなく。」
「あの先生はそういう言い方をするみたいね。嘘は吐かないけどってこと。」
「うーん。」
「だから、ちゃんと先生の言うことを理解しないと本音は見えてこないのかもね。でも悪い人じゃないっていうのは分かるし、お母さんはあの先生、嫌いじゃない。」
「どうして?」
「華ちゃんのこと褒めてくれたでしょ?」
「うん。」
「華ちゃんの良いところをちゃんと言ってくれた。嘘は吐いてないはずよ。」
「あ、なるほど。」
「それにさっきの話も、結局は華ちゃんが頑張れる人かどうかってことだと思うし。華ちゃんはどう思う?」
「…うん。うち、先生が勧めてくれた作曲科に入りたい。勉強もちゃんとやるし頑張ってみたい。良いかな?」
「華ちゃんが自分でちゃんと考えて決めたのならお母さんは応援します。専門学校って無駄だったって後から言わないように頑張ってください。ね。」
「はい!うん。ありがとう!」
こうして私は作曲編曲科に入る意思を固めたのだった。
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