第2話
B SIDE
夏休みが開けると、学校では進路について話す機会も増えてきた。みんな大学や短大がほとんどで、お菓子や料理、服飾やWEB関係、福祉などの専門学校に進む人もいる。私はミナト音楽専門学校に電話をしてからというもの、自分の中で音楽家になりたいという気持ちが強くなっており、この頃の第一志望は『音楽方面』になっていた。
すると当然のように進路指導の先生にも心配される。
「音楽方面て、みんながみんなプロの歌手や音楽家になれる訳や無い。専門学校に行ったからって、みんなプロになってたら音楽の世界はプロだらけになっとるはずや。それは分かっとるんか?」
そんな中、応援してくれたのは近所に住む幼馴染の美南ちゃんだった。「やってみたいことは誰にも止められんよね。」と、私の性格を知った上で背中を押してくれた。ちなみに美南ちゃんは私と一緒にピアノ教室に通った仲でもある。
母ちゃんは母ちゃんで「華ちゃんの進みたいところに進めば良いけど、ちゃんとその先の進路のことまで考えなさいね。」と言うだけだ。
専門学校でしっかり勉強し卒業した後の進路のイメージをしっかり働かせる。プロの歌手になるのが無理だとしても、最低でもポピュラー音楽を教えられるレベルにはなりたい。すると現実的には専門学校の先生や街の音楽の先生になる。ということがおぼろげに目標となっていった。母ちゃんと父ちゃんにそう伝えると「分かった。頑張れ。」と言ってもらえた。
10月の上旬、いよいよ大阪のミナト音楽専門学校の進路相談会である。
今回の学校訪問がピンとこなければ、目星をつけた県内の音楽の専門学校の相談会に参加の後に、専門学校か普通の大学かを家族でもう一度話し合って決めるという結論になっていた。
当日、私と母ちゃんは福岡空港まで父ちゃんに送ってもらい空路で伊丹へ。伊丹空港には親戚のおばちゃんが迎えにきてくれる予定になっていた。
「華ちゃーん!」
ハナのナにアクセントがある聞き覚えのある大きな声で呼び止められ、振り返った先には親戚のおばちゃんではなく従姉妹のみっちゃんが迎えに来ていた。
「華ちゃんひさしぶりぃ!ちょっと見ーひんうちにまたおっきなったなあ。」
彼女はいつも元気なみっちゃんである。そして前回会った去年のお盆から私は身長も体重も変わってはいない。これは彼女なりの挨拶の定型文だ。
「あらみっちゃん、こんにちは。お迎えに来てくれたの?ありがとうね。でもお母さんは?」
「お母さんが行くって言うとったんですけど、華ちゃんに早よぉ会いたくて来ちゃいました!おばさんもお久しぶりです。」
みっちゃんこと美智瑠27歳独身は、父ちゃんのお兄ちゃんの娘で、彼女もまた古賀姓の従姉妹である。
あいさつは程々に私と母ちゃんはみっちゃんの運転する車に乗り込み、20分もかからず親戚の古賀家に到着した。
「ただいまー!華ちゃんとおばちゃんつれてきたよー!」
荷物を車から下ろしている中、みっちゃんはおばちゃんを庭先から呼んでいた。
「いらっしゃい、どうぞ上がって上がって。」
母ちゃんはおばちゃんに手土産を渡しながら爺ちゃん家でよく見る感じの挨拶をしてから大阪の古賀家に上がると私もそれに続いた。
リビングに通され荷物を置きソファーに腰掛けると、おばちゃんが冷たいお茶と茶菓子を持ってきてくれた。
「いらっしゃい、よお来たねえ。華ちゃん音楽の学校行くんやて?こっちの学校に通うんやったら、こっから通えばいいのにぃ。うちは大歓迎よぉ。」
おばちゃんの中ではもう決定事項らしい。
「どんなとこかば見に来たん。まだ決まっとらんよ。」
大阪の古賀家とは毎年のようにお盆かお正月にじいちゃん家で会っており、所謂、緊張もしない良い親戚である。そしてこの大阪の古賀家から通う案は爺ちゃんと婆ちゃんも言っていたことだ。
「で、学校はどこなん?こっから遠いの?」
私は学校から送られてきた冊子とプリントを取り出し、簡潔に大体の住所と最寄り駅を伝えた。
「南港の方やなぁ。乗り換えで迷わんかったら電車で30分てとこかな。やったらそんな遠ないなあ。頑張ればこっからチャリでも行けると思うで。知らんけど。」
と、みっちゃんも続くが、さすがに楽器を担いで自転車で頑張る距離の通学はごめんである。
「やけん、とりあえず見に行くだけやってもう、気がはやかね。」
着いて早々そんな話をしていると、突然「あっ、ほなまた後で。」と言い残し、みっちゃんは仕事に戻っていった。
夕食までの間、私は仮眠を取らせて貰い、おいちゃんとみっちゃんが帰ってきてから5人で遅い夕食を取った。
その後、爺ちゃんの家のごとくみんなで団欒し、順にお風呂に入り「華ちゃんと一緒に寝るうう!」というみっちゃんを全力で阻止し、結婚して既に家を出たみっちゃんの姉のさとちゃんの部屋で、私はベッドで母ちゃんはお布団で眠ることになった。
明日のことを考えると寝付けないのかなとか、母ちゃんと将来のことを話したりするのかと思っていたが、仮眠を取ったにも関わらず私は一瞬で寝ていた。
翌朝の日曜日。私は先に起きた母ちゃんに時間通りに起こされ、ご飯を食べてバタバタと準備しつつ「気いつけていってらっしゃい。」と一家総出で見送ってもらった。
昨日の話では、おばちゃんが車で送って行ってくれるということだったが「もしここから通うことになるんだったらお母さんも下見したい。」とのことで、母ちゃんと電車で行くことになった。みっちゃんの言う通り1度乗り換えの30分ほどで目的の駅に到着すると、駅近くのコンビニで水などを買ってから学校に向かう。いよいよである。
郵送されてきた案内のプリントを頼りに大通りから一本中へ道を入ると、すぐに学校の名前がついたビルが建っていたのだが、一見では学校とは気づかないような作りだった。
「ここかぁ…」と言うのが自然と漏れた言葉だ。
私の中では学校というのは校門があって柵や塀で囲われた敷地の中に校舎があるというイメージだったけれど、いきなりのビルの入口がすぐに専門学校の入口だった。そっか、高校とは違うんだなというのを自覚する。
そのビルの入口付近には私と同じく相談会に来たと思しき同年代の男女の姿が見えた。制服姿は私だけである。私服でOKとプリントには書いてあったけれど、まさか本当にみんな私服だとは思わなかった。
(ここで引けん!)と気合を入れて入口を通ると、母ちゃんよりも先に受付の人に声をかけた。
「すみません。進路相談会に来た、古賀華乃と言います。」
「あ、はい。ああ、古賀さん、福岡の。遠い所よくいらっしゃいました。前にお電話でお話をしました南です。お母様もどうも。芝井戸先生今日いらっしゃってますよ。」
この人が電話で話をしたお姉さんだと気付いた。
「まずは保護者の方も一緒に本日のスケジュールなどの全体説明会を致しますので、あの壁に貼った目印に従って会場まで移動してください。まだ少し時間がありますから急がなくて大丈夫ですよ。」
パンフレットのような紙の束を渡されて手慣れた様子で案内をされると、私と母ちゃんは順路通りに会場に向かう。”説明会会場”と書かれた紙が貼られた物々しい防音扉の先は大きなスピーカーが左右に置かれた一目で分かるようなライブ会場だった。ひんやりとした広い室内の客席側には椅子が整然と並べられており、私たちは適当な場所に席を取る。
「あのお姉さんもみなみさんって言うんやね。」
「あの受付のお姉さんは姓が南さんでしょ。」
「そっかぁ。」
そんなことを話しながら席でじっと待っていると、まだ時間があるということで母ちゃんに荷物を預かってもらってトイレに立つことにした。
「あのすみません。」
会場を出たところで、スーツを着た職員と思しき背の高い男の人に声をかけた。
「あの、お化粧室ってどこでしょうか?」
言葉を選んだつもりだ。
「あ、えっと、あの、俺も説明会に来てまして。」
一瞬ですべてを理解した。
「ああ、ああ、ごめんなさい!」
自分でも顔が真っ赤になったのが分かり、気の利いたことも釈明も出来ずに「ごめんなさいすみません」を繰り返すだけの機械になりつつ立ち去るのが精一杯だった。
結局、受付の南さんのところまで戻り、なんとか無事に『お化粧室』にたどり着けたのだった。
会場に戻ると先程までまばらだった座席は随分と埋まっており、私は急に緊張してきた。周りを見渡すとさっきのスーツの人も少し前の端っこの席に一人で座っている。
予定の時間になるとホール内が少しだけ暗くなり、照らされたステージにスーツを着たおじさんが出てきた。そのおじさんが高校の校長先生とは少し違う感じの挨拶と一日の流れを簡潔に説明した後に、担当と思われる人達がコースごとに生徒たちを先導して会場を後にしていく。
結局この日、希望するコースが決まってないのは私だけのようだった。
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