第3話 勇者の事情と居候の始まり
「お恥ずかしいところをお見せした上に何度もご迷惑をおかけして本当にすいません……」
「いや、まあ、うん……その、気にしないでいいから、顔を上げたら?」
姿勢を低くしてこれでもかと地面に頭を擦り付けるアリス。さっきからこの土下座の態勢のまま全然動こうとしない。
「あのー、気にしてないし寧ろ謝るのはこっちというか」
裸を見ちゃってごめんなさい。いや正確には未遂なんだけど。
「いえ、せっかくご飯をご馳走になった上に自宅で湯浴みまでさせて頂いたのにこの仕打ち、オーレイア一族に名を連ねる者として最悪の行いです」
「重いなー……」
めっちゃ気にしてるじゃん。これは何を言っても無駄かな———あっ、そうだ。
未だに頭を下げ続けるアリスをそのままに、冷蔵庫からカップアイスを取り出して持ってくる。
「良かったら、これ食べる?」
「……!」
チラッと顔を上げて確認してきた。すごく単純というか分かりやすいというか……。
「い、いいんですか?」
「もう気持ち食べる方にいっちゃってるよね。だってカップを掴んで離そうとしないし」
「どど、どうしても食べて欲しいというのであれば仕方ありませんね!この私が食してあげます!」
「はいはい食べて欲しい食べてほしいよ」
「なんだか適当にあしらわれた感じがしますね……」
さすがは勇者、勘が鋭い。
けど一通り言い訳を並べ終わると、オレの手から奪い取ったアイスのフタをすぐさまに開けて小さなスプーンで中身を掬い取り、口へと運びこむ。
「!……ん〜〜〜!!」
どうやらお気に召してくれたようだ。やっぱりアイスクリームが嫌いな人なんていないよね。
現金なものでさっきまでの落ち込みようが嘘のように元気になった。
「アスカの持ってくるものはどれも美味しいですね!」
とりあえず幸せそうにアイスを頬張る姿を眺めてから、落ち着いた辺りで話しを進めさせてもらう。
「それで、アリスの言う王女とか勇者って?」
「えっと、それはさっきも言った通りです。私は神より“勇者”の称号を与えられた英雄で……って、こんな答えが欲しいわけじゃないですよ?」
「うん」
「誠に申し訳ないのですが、私も今の状況をはかりかねています。地球という言葉も、日本という国も聞いたことがありませんし……」
国だって世界中に二百以上あるし、いくつか名前の知らない国がるって人もいるだろうけど、さすがに日本に居て自分のいる国を知らないなんて普通はあり得ない。
惚けている様子は無いし、嘘をついているようにも見えない。
「……アリスはあの森で倒れている直前は何してたの?」
「直前……私は、“魔王”と戦っていました」
あー、そこで魔王とかくるかー……。勇者がいるならそりゃいるよね。
「じゃあ、さっきの剣は?」
「アレは聖剣です。いつの時代も勇者と共にある、世界最強の武具なんですって」
「一応聞くとくけど、“魔術師”や“聖騎士”って言葉に聞き覚えは?」
「えっと……魔法使いや、騎士ではなくですか?」
「うん、その答えで十分だ。ありがとう」
「いえいえ」
あの剣の持っていた雰囲気は『聖遺物』のそれと同じだった。だから最初は聖騎士だと思っていたし、今でもそうなんじゃないかと警戒している。
けど、この様子だとその可能性も低いかもしれない。
「えっ、じゃあなに?ほんとうに異世界から来たの?」
「異世界……そういうこと、になるんでしょうか?」
「なっちゃいますね」
思い返せば服装も現代では見ないものだったし、料理も食べたことが無いどころか見たこともない様子だった。
「……私は、帰れるのでしょうか?」
「それは……どうだろう?」
正直、「もう一つの世界が存在する」という理論は魔術師の世界でも机上の空論とされている。
その理由の一つが確かめる方法がないから。
観測ができなければ理論としても成り立たない。今では数少ない“異物”の存在からもう一つの世界があるのでは?と一部の学者が提唱しているだけで、それ以上は何百年も進展がない。
もし異世界の存在を証明しようとするのならばかなり上位の——それこそ“神格存在”が関わってくる必要がある。
「無理……だと思っていた方がいいと思うぞ」
こればっかりはどうしようもない。
「じゃあ、この家に住ませてもらってもいいですか?」
「残念だと思うけ———はっ?」
いったい何を言い出すんだ?
「帰りたいとかは?」
「だって、こっちの方がご飯が美味しいですし、向こうでやり残したことも……考えてみましたけど、あんまり無いですね」
「じゃあなんでウチに住むって結論に?」
「もちろん、行く宛がないからですけど」
それ以外になにか?みたいな顔で聞かれても知らないから。そんなに元気そうに言われたら心配したオレの方がバカみたいじゃないか。
でも、オレとしてはここでアリスを放り出すわけにもいかない。
仮に(ほぼ確定かもだけど)アリスが別の世界の住人だとして、それが知らられば必ず彼女の身柄を狙ってくる輩は必ず現れる。
それ以前に、彼女は世間知らずどころではなく、この世界について何も知らない。それなのに脅威的な力を持っている。そんな彼女を追い出すなんて、それこそ戦闘兵器を民衆の中に投げ込むに等しい行為だ。
こんなの選択肢なんて無いも同然だ。
「えっと、ダメでしょうか?」
「……いいよ。正直、勝手に出歩かれる方が困るし」
「やったー!!」
すごい嬉しそうだね。いや、これも必死に悲しさを押し殺して元気な風を装っているのかもしれな——
「もしよければさっきのアイスという食べ物、もう一つ食べてもいいですか?」
無いな。確信しちゃった、悲壮感とか全くないし図々しいことこの上ないなこの子。
こうして、我が家に勇者ことアリスが居候として住むことになった。
◇ ◇ ◇
「アスカー、おやつがもう無いです……」
「晩御飯まで我慢しなさい」
アリスは悲しそうな顔で空になったお菓子の袋を眺めている。
最初こそ少しくらいお淑やかな雰囲気があったのに、今ではこんなに堕落してしまって。
「初めて会った時みたいな清く正しい乙女に戻ってみない?」
「むっ、私は今だって清く正しい少女ですけど?」
そうですか。
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