第1話 出会いは突然に

 その日、協会本部から急な連絡が入り深夜にも関わらずオレは出かけていた。


『異様な魔力反応を感知。現場に向かい異常の有無を確認せよ』


 端的に言うとそんな内容。


 あ、一応先に言っておくとオレは“魔術師”です。昔ほど大っぴらにはなってないけど、一応現代にもけっこういる。


 魔術師には義務が生じる。色々とあるんだけど、その中で一番大きいものに“神秘の秘匿”というものがある。


 つまり、魔術現象や神秘災害が人の目に映る前に処理せよというもの。というわけで、僕も魔術師としての義務という形でその日は現場の確認に向かった。


「【吹き墜とされる天使の吐息Breath of a Falling Angel】」



——バチィィ!!



 銀色の雷が暗闇から襲いくる使い魔を撃ち抜いていく。



「クソッ!!協会の犬風情が……!!」


 使い魔の使役者であり、今回の事件の発端となった男が屈辱のこもった声で叫んでいる。


「お前たちの様な世界を回すだけの共に、本物の“神秘”を手にできるものか!!」

「何が『本物の神秘』だよ。人間を数人生け贄にした程度で辿り着けるものなら、この世界はもう少しまともだっただろうさ」


 懐から試験管を取り出し、中に入っている薄い銀色の水を地面に垂らす。



「【槍となって貫け】」



 地面から隆起するようにして現れた水銀の槍が男の身体を貫く。


「ゲフッ……!」


 抵抗もなく、ただ血を垂れ流しながら銀で構成された槍を見つめる。


「水銀か……数秘術の応用とは、よくやるよ。それにさっきの魔術も天体に由来するものだった。天体魔術に数秘術の使い手——お前、“白夜の会”の『星喰い』だな」


 『星喰い』——それは魔術師として活動する手前、オレに付けられた通り名のようなものだ。


「ははっ!“達人級グランドクラス”の魔術師に追われる事になるとは、私もそこそこ有名になったということか?」

「悪名が広がることを有名人になったって勘違いしてる奴はかなりイタイぞ」


 魔術師が正道を説くことほど面白くない冗談もなかなか思いつかないけど、それでもルールを破ってまで野望を求めるような奴には賛同するつもりはない。


「ここまでやられた以上、まだ抗おうとも思わん」


 無くなった左腕を掲げてそれでも男はくつくつと笑う。


「しかしだ……それでも、最後の悪あがきくらいはさせてもらうぞ!!」


 男は身体から流れ出した血で地面に広がる魔術陣に新しい文字を書き加えていく。


「やめとけ、それは悪あがきじゃなくて無駄なあがきって言うんだよ」


 なにをしたってこの魔術陣が機能する可能性は限りなく低い。


 どんな組み方をしたのか、回路は繋がっているのにまるで意味を持たない。例えるなら、電気回路を正しく繋いでも機械そのものに使う用途が無いと言ったところかな。



「ははっ、かもしれないな……だが、それでも、僅かな希望に人生を賭けるのも、魔術師と……言う、ものだろう……」


 それを最後に息絶えた。薄情かもしれないが、オレとしては男の死亡確認をするのみの仕事になって良かったと思うよ。



——しかし、そんなに都合のいい話しが存在しないのもこの世界の醍醐味。



 慢心。油断。この時のオレの内心はそんな言葉で言い表されるだろう。



「———なっ……はぁ?!?!」



 効力の発揮するはずのない魔術陣。それが眩い光を発してしまった。



「しくっっったぁぁぁ!!」



 魔術師として、一人の神秘学者として万に一つの可能性があるのならばそれを考慮に入れた思考をするべきだった!


 一度魔力をこめられて発動してしまった魔術を止めるなんて芸当はオレにはできない。


 今のオレがするべきことは、この後に起こるどんな事象にも対処すること。


 光が収まり始めるにつれて思考を加速させていく。はっきりとは見えないけど、陣の中心からは異様な魔力を感じる。


 神格を得た魔獣の類か、悪魔や天使か、それとも神格存在そのものが現界したか……


 しかし、どの予想も当たることは無かった。




「う、うぅ……」



 円の中心に現れたのは、綺麗な金髪の美少女だった。


 現代では見ない白い装束のような衣服を纏い、その下には鎧を身につけている。姿だけなら絶対に普通の人間じゃ無い。苦しいのか、さっきから呻き声を上げながら倒れ伏している。


「うっ………えっ」

「あっ」


 しまった。思わず、といった状況のせいもあるけど、さすがにのんびりとし過ぎた。


 彼女は眼を覚ますとオレの姿を確認するなり、サッと距離を取る。


「だ、誰ですか?!」


 彼女はの空中から剣を抜き取り咄嗟に構えた。


 しかもその剣からは“神聖力”——天使の加護を感じる。


 彼女、聖騎士なのか!


 控えめに言っても魔術師と聖騎士の仲はよろしくない。今でこそ中立の関係を保てているけれど、裏では何度も抗争を繰り広げている。


 なんで今の儀式で聖騎士が……なんて思考は後にする。すぐに臨戦態勢を取り、いつでも反撃できる準備を整えるのが先決だ。



——【術式起動】


——【黄金要塞を展開set gold fortress


——【魔法を裂く剣anti spell sword



 聖騎士対策に開発した神聖耐性の高い障壁を多重展開。加えて迎撃用の魔術を組む。



「——“訊け”」



 えっ?!………まさか、聖騎士が詠唱をするのか?


 魔術師同士の戦闘では魔術を発動する過程で詠唱が必要になる。


 対して聖騎士は持つ武具にあらかじめ決められた『起動句』を呼ぶだけで能力が発動する。


 だから、詠唱ほどの時間も魔力も必要ないはずなのだ。


 それでもわざわざ詠唱を必要としたということはそれだけ大掛かりな仕掛けをしてくるということだ。


「“我が名はアリス。勇気と信仰をこの名に刻み、敵を討つ刃とならん。我が希望、聴き届けよ”——【聖剣エヴァ】」


 彼女の剣から異常なほどの魔力が溢れ出す。


 おいおいおい……もしかしてこれ、藪蛇を突いちゃったかな?


「ははっ、笑えねぇ……」


 下手しなくても余裕で死ねるぞ。


「貴方は敵ですか?そうであるならば、すぐに斬り伏せます」

「敵じゃないって言ったら信じてくれる?」

「いいえ」


 だよね。初対面の奴が「味方です」って言ってきてもオレだって信じない自信がある。


「人間、である事に相違はありませんね……」

「……?」

「でしたら、殺しはしません。一度、気を失ってもらいます!」


 速っ?!


 助走もなく、初速でオレとの距離を詰めてきた。彼女の長剣がオレの頭を目掛けて振り下ろされ、



———ギャリギャリギャリッ!!!



「なっ?!」


 長剣がさっき展開した障壁と激突し火花を散らせる。


 今の一撃で障壁の表側が削り取られてしまった。損傷率三割ってところか。あと3、4回もまともに受ければ全部剥がされるな。


「やりますね……。手加減はしたとはいえ、まさか私の一撃を受け止められるとは思いませんでした」

「褒められたついでに聞きたいんだけど、その剣なに?」


 聖遺物だとしても威力がおかしい。協会にも未登録の宝具か?


「“聖剣”を知らないのですか?」


 なに知ってて当たり前みたいに言ってるんだよ。そんなの知らないから。


「まあいいです。次で確実に——」


 追撃が行われる前にこっちから攻撃を……って考えてたんだけど、しかしそれは杞憂だったようで、



——ぐぅぅぅぅ



 あまりにも大きすぎる、アニメでよく聞く音。今の、絶対に彼女のお腹の音だよね?


 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 

「………」

「………」

「………」

「………お腹空いてるの?」



 あっ、暗闇でも分かるくらい顔を赤くしてる。そんなに恥ずかしかったんだ。でもその反応は今のが自分のお腹の音だって認めたようなものでしょ。


 しかし、この沈黙は気まずすぎる。もしも彼女がこちらに敵意を持っている相手だとしても……それを抜きにしたって気まずい。


 だから、思わず口を出てしまった。


「……なんか、食べに行く?」



 彼女は数秒間じっくりと悩んだ末に……大人しく剣をおさめてコクンと頷いた。


 誘ったオレが言うのもなんだけど、危機感とか薄すぎないかな?



 ◇ ◇ ◇



「はむっ……んん!!」



 ………。


 めっちゃ食うじゃん。


「これ美味しいですね!このお肉に甘辛いソースが絡まっていてすごく好みです!あっちのスープもトロッとしててコクがあって——」


 近くのファミレスに入ったのはいいけど、すごい食べる。卓の上にはすでに空になったお皿がいくつも重なってる。


 その上で今はピザを食べながらコーンスープを飲んで目を輝かせている。


 その華奢な身体のどこに入っていくんだろ?こっちを見た店員さんが二度見をするくらいには異常な光景らしい。


 あっ、次の店員は三度見した。今度は四度見ってあるのかな?


「ふわぁ……こんなに美味しい物は産まれて初めてかもしれません。我らが主神に感謝を」

「感謝の程度低いね」

「貴方にも感謝していますよ。こんなに美味しい食事をありがとうございます」

「お粗末さまです」


 意外と礼儀正しい。頭を下げる姿はなぜか様になる。佇まいにも品があるし、雰囲気にも一般人と違うものを感じる。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は“アリス・エルテ・オーレイア”。ご存知と思いますが、オーレイア王国第二王女です。今は“勇者”と名乗った方がよろしいでしょうか?」

「これはご丁寧にどうも。オレは橘飛鳥たちばなあすかと申しま———ん?」


 流しかけたけど、なにそのRPGに出てきそうな設定?


 王女?勇者??えっ、まさか厨二病なの??


「アスカですね。私のことは気軽に“アリス”と呼んでいただけると幸いです」

「うん、それはいいんだけどアリスさん」

「はい、なんでしょうかアスカ?あ、別にさん付けは必要ありませんよ。あと敬語も無くていいです。私のは、これが普通なので」

「じゃあ気軽にアリスって呼ばせてもらうから」

「はい、それで構いませんよアスカ」


 ただ名前を呼び合っただけなのにやけに嬉しそうだ。


 それよりも話しが進まないので無理やり本題に入らせてもらう。


「ごめん。王国とか勇者ってなんのこと?」

「…………………えっ?」


 もうその一言に「信じられない」って言葉が滲み出てるよね。


「う、嘘ですよね……?」

「いや本気で言ってるけど」

「は、八百年の歴史を持つイガルス大陸の大国ですよ?!それに至高神リミステア様より“勇者”の称号を与えられた人間なんて、誰もが知っているはずの何千年ぶりの偉業なんですよ?!?!」

「あらためてごめん。分からないし知らない単語がどんどん出てきて正直に言って混乱してる」

「そ、そんな……」

「ここは地球っていう星の日本っていう国ね。そのなんとか王国もなんとか大陸もなんとかっていう神様もいないね」

「そ、そ、そんな……」


 もうこれ以上はやめとこう。さっきからどんどん絶望していくのが見てわかる。


 さて、この子をどうしようか?

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