第30話

 部屋の中央 でうつ伏せになりモゾモゾと動いている男。

 見間違えようのない吾郎の背中!

 モモの存在に気づくと、驚愕の表情で起き上がってきた。


 「このくそガキーっ!、どこにいやがった!」


 怒鳴り声でモモの身体が凍り付く。

 しかし彼の下で動くものに気がついた。


 「チコちゃん!」


 服を脱がされかけている知子の元に駆け寄った。


 「ブチ殺してやる!」


 背後から首を押さえ込まれたモモは、絨毯に顔を押し付けられる。

 ゴツゴツとした指がモモの首に食い込み〝グゥッ〟と小さな声が漏れた。

 

 知子は吾郎の腕をつかむと、手首に思い切り噛みついた。


 「このッ …… クソがっッ!」


 拳骨が知子の顔面に叩き込まれる。

 1発 ! 、2発!、—— 3発目で床に倒れ込む。

 鼻血が糸になって絨毯に落ちるのを見た。


 みぞおちに吾郎の蹴りが入る。

 景色が一瞬で吹っ飛び、空っぽの胃から黄緑色の反吐が逆流する。

 立ち上がろうとするが、力が入らず膝立ちになった。

 

 吾郎がモモの背中を踏みつけて近づいてくる。

 喉をつかまれ、壁に押し付けながら立たされた。


 「台無しにしやがって、このアバズレがっ!」


 首を絞められ呼吸ができない。

 「死んで詫びろやッ!」


 吾郎が右手を振りかぶり、自分の顔に狙いを定めるのがぼんやりと見えた。

 —— これで何もかも終わり。


 「 …… ざまみろ 」 精一杯の声でつぶやいた。


 「死ねゃ——っ !」


 迫ってくる拳と同時に、背後から近づく別の人影

  —— 次の瞬間、吾郎が暴発した。

 バン!


 痙攣した拳は頬をかすめて背後の壁にぶち当たる。

 衝撃で倒れ込みながら、青く光る稲妻を見た。


 —— 2人は同時に床に倒れた。

 目の前に吾郎の苦痛にゆがむ顔。這いずりながら吾郎から離れる。


 バチバチと稲妻を発する武器を、吾郎の背中に押し付ける人物がいた。

 吾郎の体はムチのようにしなり、痙攣し、悶える。

 —— 一瞬後、男は押し付けていた武器を、吾郎の後頭部に振り下ろした。


〝ガツッ〟


 人を殴る不快な音 —— 吾郎はうつ伏せで倒れ、動かなくなった。


 何が起きた? 

 知子に理解する余裕はなかった。—— 頭が割れるくらい痛い!

 

 うつ伏せのまま、脱がされたズボンをたぐり寄せた。

 尻ポケットからワインオープナーを抜き取り 吾郎に近づく。


 「くそッ!」


 肩甲骨のタトゥー目がけて突き刺した。


 「くそッ!くそッ!くそッ! …… 」


 続けて何度も突き刺す。深くは刺さらない。


 「ざけんなぁぁぁ—— !」


 手元が震えてワインオープナーが転がり落ちる。

 拾い上げるとまた突き刺す。何度か刺さった傷口から、1筋だけ血が流れてくる。

 自分の非力さに腹が立った。—— なんでもっと刺さらない?

 このまま体の反対側まで刺しつらぬいてやりたかった。


 「チコちゃん!」

 モモが腰にしがみついてくる。


 「はなせっ!」

 突き飛ばすと、なおも刺し続けた。

 グサ、グサ、グサ、グサ、グサ ……。

 狂っていくようだった。


 モモは全身をわなわなと震わながら絶叫した。

 「 やめて —————————— ッッッ!! !」

 

 部屋がビリビリと鳴った。

 耳を塞ぎたくなるようなモモの咆哮。

 

 知子は彼女の表情にはじめて気づき、ワインオープナーを床に落とした。

 —— 何をしてるの? 私を助けに?


 「おねえちゃん …… もう行こうよ!」


 「そ、そ、そや。は、早よう、で、出てったほうがええ」


 知子は儀一を睨んだ。


 「ぎんちゃんは味方だよ」


 モモが2人の間に立って言った。

 知子は儀一が手にしたスタンガンを目にしてようやく事態が呑み込めた。


 「こっちを見ないで!」

 部屋に散乱した衣類を集めながら知子は言った。


 服を着て玄関を出る時にも吾郎はうつ伏せの姿勢のまま微動もしなかった。

 たとえ死んだとしても知るもんか!

 

 三人はメクラ団地を後にした。

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