第28話
助手席に転がった携帯から着信が途切れることなく鳴った。
運転している吾郎に応答する気はない。—— 全てはこの町を出てからだ。そしたら応答してやる。もっともその時に俺は行方知れずだ。
アルファードは国道2号線を、南に向かって猛スピードで走った。
バックシートには意識朦朧とした知子。
手元にはコカイン半分と、これまでに貯めた全財産。逃走資金としてはまったく足りていない。
—— 久美子が殺されるさまを、近くに止めた車内から見ていた吾郎は、逃走用の資金を密かにかき集めていた。カーサミヤのアパートから持ち出した自分名義の貯金通帳と現金。しかし肝心のナイブスの運用資金は金庫の中に眠ったままだ。
「クソがッ! 情けねえ奴らめ!」
怒りに任せて独り言をつぶやく。
「相手はたったの4人だろうが!」
—— 4人しかいない黒天童にナイブスが負けるとは考えていなかった。
犠牲は出るだろうが勝てる勝負だと踏んでいた。
岡本がパクられ、帰郷までやられるなんて。
こんな時にヒロはどこに隠れやがった? 肝心な時に怖気付くのは昔からだ。
五分ほどで釜辺町の境界を示す地元スーパー『モンタン』を通り過ぎた。
もう心配いらない。ここから先は自分たちとは無縁の世界だ。
まるで別世界のように暗い1本道が続く。
ヘッドライトが照らす両側のガードレールを頼りに進んだ。
突然、急ブレーキを踏む。
タイヤの泣く音。 バックシートの知子が床に転がり落ちた。
車は道路の中央で少し斜めになって停止した。
目を細めて前方を見つめる吾郎。ハンドルを握る手に力が入る。
百メートほど先、人影が動いたように見えたのだ。
—— 確信はない。勘違いかもしれない。
黒天童だったとしても生き残りはチョウ1人だけだ。この距離からアクセル全開で突っ切れば、逃げ切れないはずはない。
景気付けに合成麻薬を口に抛り込む。—— 俺の頭は十分に冷静だろうか?
「クソッ! クソッ! クソがッ!」
吾郎はダッシュボードを拳で叩いた。
気持ちとは裏腹に、突っ込む勇気のない自分を呪った。
車をUターンさせ、釜延町へとハンドルをきった。
少し時間を置いて再トライだ。それもでもだめなら遠回りにはなるが、北の道から回るという手もある。
少しの時間、町で身を隠せる場所を探さなければ。
—— その時、床に転がった知子が起き上がろうともがきはじめていた。
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