第25話
—— モモは泣きながら走った。
消えかけた街灯の下、破れたワンピースの前をにぎりながら。
商店通りの交差点を横切り、釜ノ川を渡る。行き先はじんくんの秘密基地しかなかった。ゆるい丘を登り、メクラ団地を通り過ぎようとして足を止める。
暗い公園でかすかに動いた人影。
吸い寄せられるようにベンチに駆け寄り、〝 影 〟に抱きついた。
「ぎんちゃん、ぎんちゃん …… !」
名前を呼ぶ声はすぐに泣き声へと変わった。
〝 影 〟は震える手でモモを引き離す。
「あ、あ、あ、あかんよ …… 」
どもりながら後ずさる。
男の名は
「こ、こ、こない時間に、ど、どしたん?」
儀一は幼いころから吃音だ。
モモはこれまでの出来事を泣きながら話した。7歳の子が感情のままに話す内容は、要点が不鮮明で荒唐無稽だったが、儀一には不思議と理解できるようだった。
「—— ぎんちゃん、お姉ちゃんを助けて」
「 ………… 」
「助けてくれるでしょう?」
「 ………… 」
「なんで黙ってるの?」
儀一はギュッと目を閉じ天を仰ぐように上を向いていた。禿げた頭部が水銀灯に照らされて青白いシルエットとなっている。
「と、と、とにかく、そ、その格好はあかんよ」
破れたワンピースから胸板、おなか、パンツが見えている。汚れた作業着姿の自分と並べばいかがわしすぎる。
「ぼ、ぼ、僕の家においで。す、すぐそこやし」
木造平家の一軒家は公園に面した一角にあった。玄関には照明がなく、人が住んでいる気配がしなかったが、錠を開けて中に入った。
居間に入ると線香の匂いが鼻にさしこんだ。
「こ、ここで待っとって」
そう言うと儀一は奥の部屋へと消えた。
テレビもソファもなく、土色の壁と床に敷かれた井草のゴザが珍しかった。
壁際に寄せた小テーブルと、その上に置かれた棚箱 —— 棚箱の中には額縁に入った写真が立て掛けてあり、周りには小さな玩具とお菓子が置かれていた。
写真は小さな女の子だった。
手に取って女の子を見つめる。—— だれだろう?
気配がして振り向くと、着替えを持った儀一がいた。
写真をひったくると、モモが触れた箇所を袖口で拭った。
「ごめんなさい …… 」
謝ったが返事はない。
「ふ、服、こ、これしかないけど …… 」
渡された作業着はモモにはぶかぶかだった。
「い、い、今から僕の話すこと、き、聞いてくれはる?」
儀一はひざまずき、顔をそらせた。
「ぼ、僕はむかし、こ、子供に悪い事して、け、け、刑務所におったことがあるね ん。 ほん、ほんまは、わ、悪い人間や。だ、黙っとってごめんな」
視線を合わせようとはせず、吃音の独特のリズムで話した。
モモは写真の女の子を見た。
「その子に悪いことしたの?」
「そ、そうや、そういうことやな」
「その子は死んじゃったの?」
「い、生きとるよ。も、もう大人やけど」
「…… モモにも悪いことする?」
「そっ、そっ、そっ、それは絶対にない!」
儀一は強く否定した。
「モモのともだち、世界中にぎんちゃんしかいない。お願い、お姉ちゃんを助けて!」
儀一は少女の眼差しの強さにドキッとした。少女の孤独な世界に引きずりこまれそうになり、写真の少女とモモを交互に見比べた。
「ほ、ほんまに、あ、あかんねんて・・・・」
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