第24話

 ナイブスの秘密の隠れ家  ——カーサミアアパートに隣接した空き地。

 目立たないように駐車したアルファードの車内で吾郎が息を潜めていた。


 ナイブスの若いメンバーはアパート1階の2部屋に分散し、吾郎からの指示で戦闘準備をしていた。

 木刀、バット、ナイフ、武器になりそうなものを片っ端から集めながら、喧嘩に向かう前の不安と高揚感から、いつも以上にメンバー間の結束が強まっている気になっていた。若いメンバーの多くは、地味な成りすまし詐欺や自動販売機の窃盗よりも、派手に喧嘩する方が自分たちには合っていると考えていた。


 一台の黒いバンがアパートの入り口で止まった。

 中からジャージ姿の四人が飛び出し、アパートに向かう。先頭の男が金属バット、他は刃渡りの長い刃物を手にしている。


 吾郎の心拍数が一気に跳ね上がった。

 —— なぜ隠れ家がバレた?


 四人の内の一人がドアの前にしゃがみ込み、ピッキングをしている様子が見えた。


 —— 奴らこのままカチコミをかける気か?


 吾郎は慌てて携帯を取り出し部屋にいるメンバーを呼び出す。

 「あっ、吾郎さんですか ? あと少しで準備が ——」


 言葉が途切れた瞬間、ドアが開く音に続き携帯が投げられ不通になった。

 吾郎は興奮した状態で車内から様子を伺った。


 四人の男たちは次々と部屋へ飛び込んでいく。

 物が破壊される音、若いメンバーの怒鳴り声、金属バットで殴打する音、恐怖におののくような叫び声!

  —— 騒ぎに気づいた隣の部屋からもナイブスのメンバーが飛び出してくると、続けざまに部屋へとなだれ込んだ。

 照明が壊され部屋が真っ暗になる。

 ベランダの窓ガラスが割れ、破片が戸外に散乱する。

 アパート全体が揺れるような激しい衝突に、吾郎は息を継ぐのを忘れていた。

 ベランダの柵を越えてナイブスの若いメンバー、伊藤が芝生に這い出てきた。続けざまに飛び出してきたジャージ姿の男が正面に立つと伊藤は叫び声を上げたが、一瞬で腹部に刃物を差し込まれた。何度も何度も腹を刺される間、伊藤は全く動こうとはせず、男が部屋に戻ってはじめて腹部を押さえて倒れ込んだ。


 衝突は短時間で急激に終息へと向かった。

 叫び声と命乞いの声。何かでひたすら殴る音が響く。その後、人の声は消え殴る音だけが続いた。


 吾郎はシートに深く身を沈め、成り行きに目を凝らした。

 二人のジャージ姿の男がドアから出てくると、中国語で話しをはじめた。

 吾郎の興奮は突然、不安へと取って代わった。


 —— たった四人にやられた?


 息を止めて二人の様子を眺める。

 二人はアパートの残りの部屋と、建物の周囲を丹念に調べ廻っている。 捜してるのは人だろうか、ブツだろうか?


 突然、吾郎の携帯が鳴った。あわてて着信を切り外を見た。二人がこちらに歩いてくるのが見えた。


 —— クソッ!


 素早くエンジンをかけ、バックギアのまま路面に飛び出した。ギアをドライブに入れアクセルを踏む。

 サイドウィンドウが割れる音。金属バットが後方に飛び、窓越しに肩をつかまれる。吾郎はアクセルをベタ踏みした。男は肩にしがみついたまま、吾郎の腕を刃物で刺そうとしてきた。

 アルファードを彼らが乗ってきたバンに衝突させる。男はバンに体を打ちつけた後、半回転して5メートル先の田んぼに落ちた。バンのガラス片が路面に散乱する。後ろを見ると、もう一人が走ってくるのが見えた。一度バックし、再びアクセル踏む。追ってくる姿がバックミラー越し小さくなった。


 男の姿は見えなくなったが、しばらく曲がりくねった道を限界の速度で突っ走った

 —— 落ち着け、落ち着け! 吾郎は自分に何度も言い聞かせた。


 グローブボックスから合成麻薬を取り出し口に放り込む。

 先ほど自分を刺そうとした奴の顔! 脅しや威嚇ではない本物の殺意に震えが止まらない。ナイブスのメンバーは本当に殺られたんか?

 

 走行中の社内で再度、携帯が鳴る。着信が帰郷だったので出た。

 

 『吾郎さん? 帰郷の息子、栄太です。助けてください』

 ひどく怯えた様子 ——


 『親父はどうした?』


 『親父は …… 死んでるみたいです』

 声が震えていた。


 『今、どこにいる?』


 『警察の駐在所です。知子さんも一緒です』


 吾郎は少し考えた末に言った。

 『1分でそこに行く。待ってろ!』


 国道2号線を南に向かって走っていた車をUターンさせた。

 追われている気配は今のところない。すぐにこの町とはおさらばしてやる。

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