第21話

 「すぐに釜辺町ここを出られるからね」

 竹彦先生は額に流れる汗を拭こうともせず。ハンドルを握りしめていた。


 先生の運転する車は南部家から2つ目の交差点で信号待ちとなる。

路地から国道に出るための信号待ちだったが、先生の車以外には何も走っていない。


 不意に助手席に座った知子から4人の集団が歩いてくるのが見えた。集団が街灯の下を通る時に姿が見えた。美穂、愉子、栄太、聡だ。 —— 嫌な予感。


 「しまった!」

 先生が先につぶやいた。


 集団の中から1人、飛び出すのが見えた。

 美穂が車に向かって突進しくる。

 知子側のサイドウィンドゥを叩きながら、ものすごい剣幕で怒鳴っている。


 「開けろ! 開けろよ!」


 なぜ怒っているのか、理由が分からずウィンドウを下げた。


 「てめぇ、くそチンコがッ!」

 窓越しに顔を殴りつけてきた。

 両手で必死にガードをする。


 「おい、やめろ!」

 運転席から飛び出した先生が美穂の腕をつかんでいた。


 「パパ、どこ行くつもりなの?」

 美穂は父親を睨みつけた。

 「こいつは泥棒だよ。私らを裏切るつもり?」


 「黙れ!」 

 そう言うと、娘のみぞおちを力一杯殴った。


 美穂は反吐へどを吐きながら地面に突っ伏した。


 「お前とはこれっきりだ」

 娘に吐き捨てるように言うと、車に戻ろうとする。


 先生の突然の行動に、知子は訳がわからなくなる。


 「おいセンコウ、何のつもりだよ」

 リーダー格の栄太が立ちはだかる。


 「どかないか、落ちこぼれが」

 突き飛ばそうと腕を伸ばした先生よりも素早く、栄太の拳骨が鼻柱に炸裂する。


 「うぅッ!」


 顔面を押さえて尻もちをついた先生を、巨大な体の聡と愉子が押さえ込んだ。


「 —— 待って!」


 ふらふらしながら立ち上がった美穂が、2人の間に割って入る。


 「パパにチャンスをあげる。私とくそチンコ、どちらかを選んで」

 鼻血と涙を垂らしながら、先生は美穂を鋭く睨んだ。


 「どっち?」

 美穂はかがんで顔を近づけた。


 「おれは ——  知子ちゃんと町を出て行く」


 「本気じゃないよね、パパ? 気の迷いだよね?」


 「本気だ …… たのむ、行かせてくれ」


 美穂の表情がゆがむ。口元から歯ぎしりの音が漏れた。

 「そう、わかったわ」


 美穂はポケットからカッターナイフを取り出し、立ち上がろうとした先生の顔に切りつけた。


 「きゃぁぁー!」

 知子は思わず車内で叫んでいた。


 「うぁぁぁーっ!」 


 両手で顔を覆って逃れようとする先生に、何度もカッターナイフを振り下ろす。

 顔や首を切りつけられた先生は、無残な姿に変貌した。


 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう …… 」


 栄太が止めに入った時、美穂は独り言のようにつぶやいていた。


 「出てこいよー サル姉妹」

 愉子に言われてモモといっしょに車から降ろされた。


 先生のありさまを見て二人は震え上がった。


 「どっか行け、センコウ!」

 栄太に尻を蹴られた先生は、顔を覆ったまま立ち上がる。

 車に乗り込むと知子たちには目もくれずに走り去った。


 「—— 行こうぜ」

 栄太が言うと聡、美穂が後に従った。


 「さっさと歩けよサル! きゃははっ」

 愉子は楽しそうに2人の尻を蹴った。


 「ねえ、あんたの親父に渡す前に、こいつら痛めつけないと気がすまないんだけど」

 美穂言った。


 「親父がすぐ連れて来いって言ってんだよ」

 知子の腕をつかんで歩く栄太が振り返った。


 「ちょっとくらい良かない?」

 栄太の彼女、愉子が美穂の肩を持つ。


 知子を睨みつけた栄太がため息をつく。

 「気が済むんならやれよ —— ここでやるのか?」


 「あそこに連れ込もう!」

 美穂が指した先に夜の釜辺小学校が見えた。

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