第20話

 「もしもし、廣口ひろぐちです。今、公園の前に着きました」


 携帯に向かって話すヒロの息は荒く、全身は汗で濡れていた。

 「ここで待ってるんで、すぐに来て下さい」


 携帯をポケット押し込み、暗い一角に身を隠す。

 昔から逃げ足には自信があった。吾郎と組んで悪事を働く時も、事態の風向きを嗅ぎ取り、素早く決断することで生き延びてきた。


 「——ったく! 何でこうなるんだよ」

 独り言を言いながら時計を確認する。


 ヒロの嗅覚によれば、黒天童との取り引きは絶望的だった。

 ガキとブツは結局見つからない。約束の時間はもう目の前だ。隠れて指示だけを送ってくる吾郎にもいや気がさしていた。


 —— 悪いが俺は抜けさせてもらう。


 黒天童もナイブスもうんざりだ。

 今夜限りでこの町を捨てる。もともと身寄りもない釜辺町に戻ってきたのが間違いだったのだ。 吾郎や登丸さんに誘われて幹部の一人となったが、元来、組織をまとめるような性分ではない。

 適当に人を欺いて、飽きたらすべてを捨てて逃げるような生き方をしてきたのだ。


 —— 今夜、すべてに決着をつけてやる。


 先に連絡を取ったのはヒロの方だった。黒天童との連絡係だったことが幸いだった。チョウさんとはすでに電話で話がついている。相手がほしい情報を自分は持っている。何も心配することはない。

 今夜だ! 二度とここには戻らないしもう誰とも会うつもりはない。


 考えごとをしていたヒロは、近くに男が立っていることに気づきドキッとした。


 「遅かったじゃないすか」

 そう言うとヒロはボストンバックを抱えて暗闇から出てきた。


 「おれの安全を保証してくれるなら、やつらの隠れ家、言いますよ」


 中国人は得になる取り引きには必ず応じる —— 俺の読みが外れたことはない。


 「—— 仲間を裏切るのですか?」


 サングラスを外した男の目を見て、ヒロは血の気が引くのがわかった。


 釜辺町の夏は釜の底のように蒸し暑く、時々、嗅覚が錯乱する。

 後頭部に金属の衝撃 —— ヒロの意識は途切れた。

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