第16話

 玄関から入ってしばらくは、廊下や外の様子に耳を傾けた。

 なにも起こらないことを確認した五郎は、奥の部屋へと入って行った。


 メクラ団地の401号室はナイブスのメンバーにすら教えていない吾郎だけの聖域だった。昨日の深夜、モモを探しに一度来ていたが、再度、手がかりが無いかを確認に来た。


 ベランダから西日が差し込む中、押し入れやキャビネットの中を確認する。

 長テーブルの表面には白い粉が薄っすらと積り、子供の手の跡が付着している。指で粉をすくい取り匂いを確認する。—— 間違いない。昨夜二人はここでコカインの仕分けを行っている。他に争った跡や、他者が踏み込んだ形跡は全くない。


 —— 一体、どこへ消えた? 

 

 唯一の関係者、戸寄町に住む森田もりたの家を訪ねようかとも考えた。

 森田は五郎が小学生の時、担任の先生だった男だ。現在は隣町の小学校で用務員として働くかたわら、自宅で学童相手の駄菓子屋を営んでいる。


 表向きは駄菓子屋だが、数年前から五郎と合成麻薬取引きの隠れみのに使っていた。子供相手の駄菓子屋であることから、地元警察からも疑われることなく、検挙されたことは一度もなかった。


 昨日の夜、森田の方から電話がかかってきた。夜になっても息子が戻らないと、怯えた声で話していた。

 森田は黒天童からコカイン500gを受け取っている。それを息子の甚平がメクラ団地に運んだ。部屋でモモと二人で小分けにし、お菓子に偽装する。

 お菓子はモモが持ち帰り、変わりにモモに持たせた給食袋入りの現金を甚平が持ち帰るはずだった。


 現金が届かないと知った、黒天童が最初に向かうのは恐らく森田の所だろう。

そして、この部屋が荒らされていない以上、森田は怖くなって逃げたに違いない。あいつは所詮堅気だ。詰め寄られたら簡単にこの場所を吐くだろうし、ましてやコカインや金を持ち逃げする度胸はない。


 黒天童の自作自演も考えてみたが、こんなに手の込んだことはしないだろう。

 しかし、それではどこに消えたのだ? 


 手がかりが掴めない焦りから、他のメンバーに電話を掛けた。

 誰一人、姉妹を発見できていなかった。

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