第12話
吾郎は先ほどの出来事がにわかに信じられなかった。
タバコを挟んだ手の震えが一向に止まらない。
*
早朝に電話でヒロから呼ばれ出かけたあと、家に戻ると前庭に黒いバンが停まっていた。用心深い吾郎は少し離れた路上にアルファードを止めると、車内で低い姿勢をとり様子を伺った。
久美子のいちご模様のカーテンが内側から少しだけ開いた。
隙間から外の様子を伺う男。—— 久美子が連れ込む酔客の雰囲気とは違い、頬がこけて飢えたような表情。
突然、五郎の帯が鳴る。久美子からだ。
無視すると再度鳴った。
深呼吸をして『応答』を押す。
「 —— もしもし、ゴウちゃん? 」
声が震えている。
「今、…… どこにいるの? 」
「どうした? 何かあったか? 」
努めて平静に答える。
「別に 、何もないけど ……、どこにいるのよ ?」
—— とぼけやがって。脅されているのか?
「遠くにいる。しばらく釜辺町には戻らない」
「ちょ、ちょっと待ってよ、今どこなの? 」
「どこだっていいだろう」
「よくねーんだよッ! 戻ってこいよ!」
突然キレた。まあ無理もないか。
「すまんな、後を頼む」
「ざけんじゃ—— 」
電話を切った。
即座に着信が鳴ったが『拒否』を押し続けた。
いちご模様のカーテンが内側から閉じられた。
いよいよ始まるのか? 吾郎の心臓がドクンドクンと脈打ちはじめる。
久美子の怒鳴り声が家の外に小さく漏れ聞こえた。
激しく器物が倒される音、繊維が引き裂かれる音、ヒステリックに助けを求める声が聞こえた。
ドタドタと部屋を逃げまどう様子 —— 外国語の怒鳴り声が後を追いかける。
久美子の絶叫が小さく2度続いた。あとの方は断末魔の悲鳴だった。
争う様子はそれっきり止んだ。
エンジンを切た車内で、吾郎は汗だくになって意識を集中している。
少経つと玄関から男が4人出てきた。話しをしながら通りを横切り、そのまま姿を消した。
—— 何なんだよ! 昨日の夜からまだ十二時間も経ってないだろが!
吾郎は黒天童の異常な素早さに悪態をついた。
手にした携帯を覗くと、画面に汗の雫がだらだらと垂れていた。
家に入って様子を確かめようと思って止めた。バンを置いて行ったことから、また戻ってくるに違いない。それにもうここに用などない。
部屋に自分の痕跡を示すようなものがないかを思案する。
—— 大丈夫だ。問題ない。
エンジンをかけ走りだした五郎は、男たちが出て行った方角とは逆の道にハンドルを切った。
アドレナリン過剰で興奮状態なのが自分でも自覚できた。グローブボックスから合成麻薬を取り出すと口に放り込む。
奴らは本気だ。タフな連中かも知れないが、メンバーはたったの4人だ。
—— 何とかなる。
吾郎はこの先の展開を考えながら、ナイブスのメンバーを緊急で呼び出した。
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