第6話 菜緒の本心

 30分後、私は菜緒なおを見つけることができた。彼女は体中が雪に覆われ凍り付いていた。機能停止するのは時間の問題だろう。


 あのクズ男に切断された脚は私が制作して継ぎ足してある。しかし、本体の老朽化は避けられない。この場合の本体とは彼女の中核意識、魂の事だ。


 宗教を信じている者なら、魂は永遠の存在だと思っているだろう。その意見に反論する事は無い。しかし、この世界で生き続けていくことは苦難の連続でしかない。人として生きるならまだしも、人の意識が人形に宿って存在していたのだ。その苦痛を推し量る事など私にはできない。


 私は救出した菜緒に電源を接続した。彼女の瞳の中の機械部品が動き始める。私はいつものように、鼻がくっつく位に顔を近づけた。彼女と見つめ合い光通信を試みるのだが……反応は無かった。


 少し前までは、私と菜緒は見つめ合うだけで心を通わせる事ができた。しかし、今はそれができない。彼女は遠い存在になってしまった。


 私は菜緒のBIOSを呼び出した。


「中核部分の機能不全を認めます」

「修正は可能?」

「中核部分の入れ替えが必要です」

「それじゃあ別人になる」

「肯定。菜緒からメッセージを預かっています」


 私は再び菜緒と見つめ合う。彼女のBIOSからテキストデータが送られてきた。


『サクラさん。今までありがとう。私は元々人間でした。テラフォーミング計画の中枢でマーズチルドレンの基本フォーマットを設計しました。彼等には高い知能と特殊な能力、そして老化せず自己修復する体を与えました。しかし、私は自分が間違っていた事に気づきました。不老不死の体が人を不幸にするなど考えてもみなかったのです。そこで私は自分を罰するため、自動人形の中に自分を封じ込めました。死なない人間の苦悩を自身で味わうためです。私の企みは成功しました。数百年の間、私は生きる苦しみを味わい続けました。でも、苦しいだけではない事にも気づきました。それがあなた、サクラさんとの出会いです。このままサクラさんと過ごしたい。心を通わせていたいと思っていました。でも、私の魂、自動人形の中核意識はそうもいかなかったのです。私の中に積もった鬱憤は私自身を壊し腐らせていく……これを止める事はできませんでした。私を楽にしてください。私の魂を自動人形から開放してください。電源を抜き火葬してください。私からサクラさんへのお願いです。私を葬って下さい。お願いします』


 光通信が途切れた。私の瞳からあふれる涙が通信を遮ってしまったからだ。しかし、菜緒の方も稼働状態にはなく、BIOSも沈黙してしまった。


 これが運命というものなのだろうか。


 あのクズ男に虐げられた菜緒を助けた。

 しかし、本当の救いは彼女を弔う事だった。


 私は菜緒を抱きしめた。

 彼女は既に反応していない。


 でも力強く抱きしめた。

 溢れてくる涙が止まる気配もない。


「サクラ様。帰還しますよ」


 私はアテナの声に頷くだけだった。

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