第5話 策士なサクラ

 あの男が屋敷に女を連れ込むのは週末だ。複数の女を個別のホテルに宿泊させ、それをナンバープレートを偽造した自家用車で送迎している。


 このような凝った手順で淫行に励んでいるわけだが、あの男は外部に知られていないと信じている。しかし、オリンポス警察はその概要を把握しており、事件性がなく犯罪行為が認められない限り放置する方針だった。

 

 あの男は生身の女に暴力を振わなかったが、自分の暴力的欲求を満たすためにアンドロイドを痛めつけていたのだ。機械を壊す事では満足できず、その対象は人間と酷似しているセクサロイドへと移り、更には菜緒や私のような特殊な自動人形へとなった。


 私たち自動人形はあからさまに嫌がり、抵抗し、そして苦痛を訴える。その様が気に入っていたらしい。


 計画は至って単純だ。あの男は一夜の饗宴が終わると自室で寝入ってしまう。睡眠薬をたっぷりと飲ませたので、昼まで目が覚める事は無い。今夜呼んだ三人の女たちも薬で眠らせ、手足を拘束して一つの部屋へと押し込めた。もちろん、私が操っている警備アンドロイドにやらせた。


 送迎の自家用車は車庫に収めさせた。待機させていたのはあの男のお気に入り車両だ。私はその四輪駆動のSUVへと乗り込んだ。これはあの男の趣味で、火星では珍しいガソリンエンジンを搭載している。貨物スペースには20リットルの予備タンクを四つ用意した。これで千キロ以上、余裕で走破できるだろう。


 私は手足の無いユズハを背負い、菜緒を乗せた自動で稼働する車いすと共に、待機しているその車両に近づいた。運転手のアンドロイドをその場で停止させ、ユズハを助手席に菜緒を後部座席に座らせた。そして私は運転席に座った。


「ユズハ。最後のアレ、お願いね」

「かしこまりました」


 私はSUVのガソリンエンジンを始動した。外気温が零下25度なので、珍しい機械式の水温計は冷の方向に振り切れていた。暖機運転に数分ほど必要だろう。


「武器庫を開放。警備アンドロイドと家事アンドロイド、運行用アンドロイドの全ての武装が完了しました。ライフルと拳銃と模擬刀です」

「いいわ。続けて」

「了解。ハウスAIの記憶領域を操作。サクラ様、菜緒様の痕跡を消去します。続いて全てのアンドロイドの記憶領域を操作。サクラ様、菜緒様の痕跡を消去……」


 機械式の水温計が動き始めた。ユズハの作業は続いているが、私はSUVを発進させた。開いていた裏門を潜ったところで門がゆっくりと閉じていく。


「ゲートの開閉記録の消去、監視カメラ映像の消去も忘れるな」

「もちろんです」


 私は裏門の外で車両を停め、ユズハの報告を待った。


「全てのタスクを完了。アンドロイドは武装させたまま再起動しました。後は都市警察と連邦軍に通報するだけですが」

「通報は私たちが市外に出てからにしよう」

「了解しました」


 極端に寒冷化した火星において、殆どの都市は地下都市へと移転した。しかし、この連邦首都オリンポスだけは地上の都市を残していた。都市に付随している重力子発電所の余熱と余剰電力が、路面への融雪を十分に行っていたからだ。


 氷雪路用のスパイクタイヤがビチビチと音を立てる。しかし、快適な路面も長くは続かない。都市中央部から30キロほどで融氷雪システムは途切れてしまう。その境界は高さが数メートルもある氷の壁がそそり立っていた。


 氷の壁の中に、都市の外へと抜けられる道路も建設されている。それは氷雪の壁を細長いスロープ状に削っただけの簡単な構造をしていた。一応、ゲートが設けてあるのだが、車両のナンバーを確認しただけで通過できる。


「サクラ様。このゲートの通貨記録の改ざんはできません」

「大丈夫よ。オリンポスから出てしまえば何とかなるから。連邦軍と警察に通報して」

「了解しました」


 私たちが乗っているSUVは市外の雪原へと躍り出た。私たちはそのままマリネリスへと向かう。かつては火星環境維持プラント〝アイオリス〟の保守作業に従事する人達が多く暮らしていた町だが、アイオリスが機能停止してからは過疎化が進んでいると聞いた。私たちの様な隠遁者が暮らすにはうってつけの土地であろう。


 私と菜緒は、このマリネリスでアンドロイドの制作や修理を行う工房を始めた。そんな中、オリンポスのとある判決が下されたニュースが流れて来た。内容は、先日逮捕された劉翔騎りゅうしょうきは一審で有罪判決を受け控訴した事。また、この事件を受け代表取締役社長を解任された事などだ。


「ざまあ」

「ですわね」


 私と菜緒は見つめ合い私たちのささやかな復讐が成功した事を喜んだ。

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