第4話 脱出計画の策定

 それからの私は菜緒なおと一緒に脱出する事だけを考えた。幸いな事に、菜緒のいた修理部屋に放置されたアンドロイドは簡単な修理で稼働した。一体は手足が欠損しているだけでネット通信機能は健在だった。彼女はユズハと名付けた。もう一体は複数の個体を継ぎはぎして仕立てたものだが、家事アンドロイドとしての機能は回復していた。彼女はハルノと名付けた。


 私は相変わらずこの屋敷の主人に乱暴された。何人もの女を侍らせ、私を足蹴にしながら他の女を抱く最低のクズだ。その男の名は劉翔騎りゅうしょうき。中国系日本人で、彼の経営している会社はオーストラリアの鉱山会社が母体らしい。火星においてメタンガスの採掘で大成功を収めた企業の現オーナーだ。PRA(環太平洋同盟)の中でも火星開発に対して多額の投資をしている関係で、火星連邦政府に対して太いコネクションを持っている。アイオリスの機能停止と同時に凍結されていた私を解凍し、あの男の元へと売り払った馬鹿な役人がいたらしい。


 携帯端末やPC等の使用を許されていなかったが、私にはユズハがいるので不自由はしなかった。


 ユズハ自身が通信機能を持つPCとして使用できたからだ。私は人間と違ってキーボードもモニターも必要ない。私のCPUと接続するだけでどんなタスクも遂行することができるし、また、その詳細もモニターを介さずに把握できる。


 私はこの屋敷の全てをハッキングした。そして屋敷内のあらゆる設備を掌握し管理下に置いた。ハウスAIとそれに連なる防犯システム、TVや冷蔵庫などの家電製品。家事アンドロイドや警備アンドロイド、そして私の他にもいるセクサロイド。五台ある自家用車と、屋敷に出入りしているあの男の会社のリムジンまで、ほぼ全ての物を。


「菜緒さん。今、この屋敷の全ては私の管理下にあります。あの男を殺そうと思えば、事故に見せかけて実行する事も可能です」

「殺人は感心しませんね。私たちは安全確実に逃げ出すことができればそれでいいのです」

「そう言われると思っていました。そこで、脱出計画を立てたのですが、如何ですか」


 私は菜緒と見つめ合う。

 お互いの鼻が触れ合う位の距離で。


 傍から見れば、今にもキスしてしまいそうな雰囲気だがそうじゃない。私の両目と菜緒の両目の視線が一致した時に、私の両目から赤外線で情報が送られる。ネットも電波も使わない光通信は、私たち二人だけの秘密を共有する事になる。ほんの少しの時間だが、私は菜緒と一体化したかのような恍惚感を味わった。


「これは面白そうですね」

「はい。狙いはあの男が女を連れてくる週末です。少し小細工をして火星連邦軍でも呼びましょうか?」

「なるほど。警察だけだと証拠を揉み消されるかもしれませんからね」

「連邦軍が絡むなら適当な事はできませんから。軍と警察って仲が悪いですし」

「そうね。お互い面子を保たなくてはいけないから、必死に手柄を立てようとするでしょうね」


 伝統的に軍と警察は仲が悪いものらしい。火星においては各都市に都市警察が設置されおり、中には軍と警察が良好な関係を築いている都市もある。しかし、ここ火星連邦首都オリンポスにおいて軍と警察の関係は最悪だ。いつ乱闘事件、発砲事件が起きるか分かったものではない。それが賭けの対象になっているくらい険悪な関係なのだ。

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