第3話 逃げるときは二人一緒

「サクラさん。お気持ちはわかりますが、ここは押さえて。憎しみを膨らませても解決することはありません」


 菜緒なおに指摘されて気が付いた。私はインパクトドライバーを手にして震えていたのだ。今、あの男たちが近くにいたなら、回転するドライバーで刺し殺していたかもしれない。


「ごめんなさい。何故か心が酷く沸き立ってしまって」

「いいのです。私があなたの心を解き放ちました。自動人形であるための枷を外したのです」


 ああ、それで涙が溢れて来たのだ。私が人と同じ心を持つことを知ったから。だから他者を憎む気持ちも溢れ出した。


「あなたはここからお逃げなさい。脱出経路は教えてあげます」


 菜緒の説明でわかった。ここは某大企業のオーナーの屋敷だ。

 出入りは厳しく管理されており勝手に逃げる事は難しい。菜緒が提案したのは、月に一度の不燃物収集時にゴミに紛れて逃げる事だった。


 菜緒からの光通信で屋敷の見取り図を受け取った。それには不燃ごみ拠出用コンテナなどの3D図も含まれていた。しかし、そのコンテナの空き容量は少なく私一人しか入れない。


「菜緒さん。この図では、私一人しか入れませんが?」

「え? 私はあなたに逃げて欲しいと」

「それではダメです。私と菜緒さんの二人で逃げなきゃ意味がありません」

「どうしてそう思うの? 私は壊れてる。両脚ももうないから逃げられない」

「そうかしら」


 私は部屋の中を見回した。テーブルの上には工具やアンドロイドのパーツが置かれており、また、部屋の隅には壊れた、いや、破壊されたアンドロイドの筐体や部品なども散見された。そして菜緒用であろう電動車いすもあった。


「菜緒さんはここでアンドロイドの修理をされていたのでは? そしてそこに無残な姿を晒している二体ですが、これはこの屋敷の主人が破壊したものでは?」

「そうだと思います。ゴルフクラブや金属バット、時には模造刀などで切りつけたりもしています。あからさまな暴力行為で破壊していますので、メーカー修理にも出せず、仕方なく私が修理しているのです」

「菜緒さんの脚も?」

「二年前ですね。私が同衾どうきんを渋ったからでしょう。私だけを愛してくれるのではなく、他の女性と楽しみながら私に加害されるので意見しました」

「それで、両脚を切断されたの」

「はい。チェーンソーのような器具でした。私の骨格が硬かったようで、刃を数回交換しています」


 彼女は両脚の傷口を見せてくれた。左右とも膝関節の中央で切断されていた。


「くっつけられないかな?」

「無理だと思います。復元できないように、切断したパーツもバラバラに分解されました。そこの隅に集めてあるスクラップの中です」


 自動人形が反抗できないよう徹底的に虐げる。それは極端なサディズムだった。人に危害を加えられないから、アンドロイドを虐げて快感を得ているのか。菜緒の姿は私の未来そのものだと思った。


「何とか動けるような義足を作りましょうか? それとも、他のアンドロイドの脚を移植するとか? 金属製で不格好ですけども。そこの車いすを改造するのはどうでしょうか? 動力供給型で屋敷内でしか稼働しないようなので、バッテリーを搭載して自立可動できるようにするのは?」


 菜緒はしばし瞑目してから目を開いた。

 そしてニコリと笑った。


「そうですね。自分が逃げるなんて考えてもみなかった。あの、薄汚いサディストに見切りをつけて自由になる。とても良い考え方だと思います」

「じゃあ賛成ね。脚はどうする?」

「脚はこのままで。車いすを改造しましょう」


 自らの暴力で叩き壊したアンドロイドを修理させるための部屋。そこには十分な工具と、パーツを再利用できる壊れたアンドロイドが何体も放置してあった。

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