第6話 賃貸の4人
今回の事件において、まず最初に意外だったのは、被害者の血の行方だった。
「確かに、急に血が凝固するというのは、おかしな話のように思えますが、逆に言えば、吐血をしたのが、死亡推定時刻よりもかなり後で、そう、発見1時間くらい前だったら、こういうこともあるかも知れないだろうけど」
と鑑識が言った。
「それなら私も分かるんだが、死亡推定時刻に間違いはないんだろう?」
と聞かれて、
「ええ、ほぼ間違いはないと思います。少し誤差があっても、前後、半時間という程度だと思います。だから、死亡推定時刻も、少し幅を取ったとしても、11時から、1時までの間ということになるんじゃないでしょうか?」
と鑑識が言った。
「発見されたのが、6時頃、ということは、血を吐いたのは、どんなに早くても、4時前ということはありえないということだよね?」
と聞くと、
「ええ、それで間違いないと思います」
すると、奥さんも口を開いた。
「少なくとも、12時までは、そこの扉が開いていなかったのは間違いないと思います。私は、その時間、一度表に出ているんですよ。これも日課で、一度その時間に表の汚れ具合を見ることにしているんです。なぜかと聞かれると日課だとしか言えないんですが、とにかく、12時までは、隣の扉が開いていなかったのは確かです」
「ということは、犯人は12時以降に、扉に細工をして出て行ったということなんでしょうね。ただ、殺害したのがいつなのかということは別にしてですね」
と鑑識が言った。
「とにかく、詳しいことは解剖と、部屋に残った血液の鑑定結果を待つしかないわけだ」
と、松島刑事は言った。
その結果が出るまでは、まだ少し時間が掛かることだ。
そこで、再度、奥さんへの事情聴取に入った。
「奥さんとは、こちらのご主人とは面識はあるんですか?」
と言われて、
「ほとんど遭ったことはなかったと思うんですが、ちょっと気になったこととして、断末魔の表情というんですか? 顔が恐ろしい形相だったので、何とも言えないんですが、どうも私が知っているご主人とは違う人のように思うんですよ」
と奥さんが言った。
「じゃあ、別人が殺されていたとでも?」
「もちろん、さっきも言ったように、死に顔だったので、ハッキリとは言えないんですが、どうも違うような気がするんですよ」」
「隣の旦那さんは、一人暮らしだったんですか?」
と聞かれた奥さんは、
「ええ、確かそうだと思います。出入りする人を見たことがありませんし、隣が静かすぎるくらいというのもありましたからね」
と、状況判断だけの話なので、全面的に信じることはできないと思ったが、ウソをつく理由もないだろう。どうせすぐに分かることだからである。
そんな簡単なことくらい分かっているつもりだったが、
「どうも、この奥さん、少し胡散臭い感じがするな?」
と思ったが、それを人にいうわけにはいかなかった。
刑事の勘と言ってしまえばそれまでだが、だからと言って、証言をすべて怪しいと思うのはおかしい。確かに今のところの証言は、すべてにおいて、
「ウソのようだ」
と考えるのは、それこそ偏見というものだろう。
後で分かったことであるが、確かに奥さんの言っていることに間違いはなかった。
確かにここで死んでいた人間は別人だった。指紋を採取してから分かったのだ。
被害者は確かに、前の事件に関係のある人の指紋であったが、この部屋の主要な部分から採取された指紋に、ほとんど同じものはなかった。
拭き取った後もないことから、指紋の付き方におかしなところはない。
「では一体、ここで死んでいた人間は誰だったというのだろうか?」
という疑問が残り、さらに、
「じゃあ、犯人は、ここの住人?」
とも考えられた。
松島刑事は、奥さんの話をある程度、というよりも、適当に聞いて、管理人に話を聞きにいったのだ。
実は、奥さんとしては、
「助かった」
と思った。
実は奥さんは、1カ月前の事件の被害者を知っているだけに、
「そのことについて何かを聞かれたくない」
と思っていた。
それだけに、刑事がすぐに、事情聴取をやめてくれたことはありがたかったのだ。
逆にもう少しここで立ち入った話をしていれば、事件の解決はもっと早かったかも知れないと思えただけに、後になって後悔することになるのだった。
とにかく。事情聴取から免れた奥さんは、ホッと胸をなでおろしたというところであろう。
管理人のところに話を聞きに行った、松島刑事は、
「先ほど、マンションの一室で、殺人事件があったんですが、ご存じですよね?」
と聞かれた管理人は、
「ええ、507号室で殺されていたんですよね?」
と聞かれた松島は、
「ええ、そうなんです。ただですね。少し気になったんですが、第一発見者である、506号室の奥さんの話では、どうも、あの部屋の人と違うというようなことを言われていたんですが、どうなんでしょう?」
と聞かれた管理人は、
「ああ、奥さんがそう感じたのは、無理もないかも知れないですね。あのお部屋は、契約者はおひとりなんですが、皆さんで、お金を出し合って借りている部屋なんですよ。利用するのは基本的にいつもおひとりで利用していて、お仕事で帰りが遅くなったりする時や、飲み会で遅くなった時などに、それぞれで示し合わせて使っているようなんです。だから、毎日いるとは限らないし、部屋の中に入られて思われたでしょうが、異様に家具が少ないと思いませんでしたか?」
と言われてみると、
「確かにそうですね。一通りは揃っているようですが、テレビもなければ、楽しむようなものは何もない。まるで、寝に帰っているだけのように見えて、それが違和感だったんでしょうかね?」
と答えた。
管理人に言われて初めて違和感の正体が分かったが、確かに違和感があったのは間違いない。
この部屋の男には、生活感なるものがまったくなかったと今思い出してみると、
「洗濯機がなかった」
ということが、すべてを表しているようだった。
キッチンに、ガスレンジもなかったのも違和感だったが、料理をしない人は結構いるだろう。電子レンジと冷蔵庫はあるので、生活感がないというところまでは、キッチンを見ている限りでは分からなかった。
しかし、洗濯機ともなると、さすがに違和感があった。
「コインランドリーに行けばいい」
と言われればそれまでだが、そもそも、洗濯物自体が見当たらなかったのだ。
なるほど、皆で資金を出し合って借りているということであれば、その理屈も分からなくもない。洗濯は、家に持って帰ればいいわけだからである。
「ということは、隣の奥さんの証言だけでは、分からない部分もあるということですね?」
と聞くと、
「そういうことになります。殺された人がたまたま奥さんの見たことのない人だったというだけかも知れない」
と管理人がいうと、
「じゃあ、奥さんが被害者を見たことがないと思ったのは、偶然なのかな?」
と刑事がいうと、
「最初の思い込みで主人の顔を覚えておらず、雰囲気だけを覚えているだけなら、顔を見られないようにすれば、同じ人間だと疑わないでしょうね。今回は殺されていたので、マジマジと顔を見ることになったから、別人だと気づいたんでしょうね」
と、管理人はいうのだった。
なるほど、管理人に言われた通りのようで、松島も、その話を聞いてピンとくることがあった。
マンション住まいをしていると、このような話は、
「マンションあるあるだ」
といってもいいだろう。
「ところで、何人くらいで借りておられたんですかね?」
と松島に聞かれた管理人は、
「そうですね。4人と言われていましたかね? その後で増減したかは分かりませんが」
というので、
「じゃあ、マンションを借りている人の連絡先をお教え願えますか? 少なくとも、被害者の身元を特定しないといけない」
と言われ、管理人は不振に思った。
「持ち物から、被害者を特定できなかったんですか?」
と言われて、
「それが、被害者は、財布などの身元を示すものを身に着けていなかったんですよ。犯人が抜き取っていったんだと思います」
というと、
「分かりました。そういうことなら、連絡先をお教えしましょう」
ということで、代表で借りている人物の連絡先を教えてもらった。
ケイタイに連絡を入れると、
「もしもし」
と言って相手は出た。
松島は自分の電話を使わずに、管理人の電話を使って、管理人にまずは連絡を入れてもらった。
知らない人から電話があると、電話に出ない可能性があるからだ。
警察は、なるべく、
「知らない番号の電話には出ないように」
ということをいう。
個人情報保護と、詐欺防止のための対策であった。
だから、管理人から掛けてもらうのが一番だった。
管理人が掛けると相手は、すぐに出たようだ。
管理人であることは分かっていて、その管理人から掛かってくるということは、その電話が、この男にもロクなことでもないことがすぐに分かったということであろう。
「どうしたんですか? 管理人さん」
と相手が電話に出たということは、少なくとも契約者が、今回の被害者ではないことは確かなようだ。
スマホをスピーカーにすることで、刑事にも会話の一部始終が分かったのだ。
「実はですね、お貸ししている、あのお部屋でですね。今朝になって、死体が発見されたんですよ」
と管理人がいうと、
「ええっ? そうなんですか?」
と驚いているようだが、それがわざとなのかどうなのか、電話だけでは判断がつかない。
何と言っても、遭ったこともない人間などで、想像がつく方が恐ろしいというものである。
「それでですね。刑事さんがこられて、事情を聴かれているんですが、よろしければ、あのお部屋に関わっておられるからをお教えいただきたいと思いましてね」
と管理人がいうと、
「ああ、いいですよ。刑事さんに直接お話します」
ということであったが、これは当たり前のことである。
殺人事件の捜査なのだから、協力するのは当たり前であるが、せっかく管理人にも話していない他の連中のことを、警察以外の人に話すというのは、プライバシーの観点からもまずいことであった。
「分かりました。では、後ほど、お伺いいたします」
ということで。電話を切った。
「この人はどういう人なんですか?」
「お名前は、八島さんと言われる方で、商社にお勤めのようです。海外にも時々主張に行かれるというような話も聞いていましたね」
と管理人が言った。
「この部屋を借りておられる4人の方というのは、その商社の社員の方なんですか?」
と松島刑事が聞くと、
「いいえ、そうでもないようですよ。皆さん、会社は違うとお聞きしました。全員が全員違うのかどうかまでは聞いていないし、その4人が増減したかどうかということも聞いていませんのでよく分かりません」
と管理人が言った。
「ということは、管理人さは、ほとんど彼らの情報はご存じないということですね? 実際にどれくらいお話しされたんですか?」
と聞かれた管理人は、
「ほとんどお話はしていません。最初に契約をされた時、私の想像を少し超えていた契約の仕方だったので、最初だけは興味を持って聞いたんですが、そういうマンションの活用の仕方もあるんだと思うと、面白い気がしましたね。彼がいうには、今では普通にあるというじゃないですか? そのあたりの話を逆に契約者の方から伺ったくらいですよ」
と言った。
「じゃあ、契約に来られたのは、代表でその人だけだったんですか?」
と松島が聞くと、
「ええ、そうですね。そもそも、契約だけですから、一人で十分なんですけどね」
と、管理人は言った。
「じゃあ、管理人さんは、その4人の顔は見たことはないわけですかね?」
と聞くと、
「ええ、他の方は一度もみませんでしたね」
「じゃあ、借りに来られた代表で契約された方は?」
「何度かお見掛けしたことはあります。そういえば、確かに、その人しか見たことがなかったので、ただの偶然なんだろうか? と感じたのを覚えていますね」
と、管理人は言った。
それを聞いて、松島刑事は、違和感があった。
話としては、4人で借りているというが、隣人にしても、管理人にしても、見たことがあるのは、一人だという。ここに違和感があった。
確かに自分が代表で借りに来ているのだから、一番利用率が高かったとしても、そこに違和感はないはずである。
「うーん、借りているのは、4人というが、今のところ見られているのは、たったひとりだけ。本当にここで、誰か泊まりに来たことがあるんだろうか?」
と考えるほどだった。
これも後で聞き込みをしてみると、この部屋の住民を見たことがあるという人でも、代表者の人以外では見かけたことがないという話だった。管理人の話でも、確かに、先ほどの遺体を見てもらったが、見たことのない人物だということだ。
少なくともハッキリと分かっているのは、借りに来たほとんど一人でしか住んでいないこの部屋で、マンションの近隣住民から目撃されたことのない人物は、殺されたということに違いはないのだった。
とりあえず、管理人に聞ける話は聞いてみたが、それ以上の話は聞けなかった。
管理人の話から得られた一番の情報は、
「4人で借りるということだが、他の3人は見たことがない」
ということである。
ということは、
「そもそも、4人というのは、最初からそんな話は存在するわけではなく、代表者が何かの目的でウソをついているということであろうか?」
と考えられた。
松島刑事は、代表者に遭うべく、管理人と別れて、彼の会社である商社に赴いた。
それなりに大きな会社で、ビル自体が、その商社のビルだったのだ。
受付で、
「警察ですが」
と言って、声を掛けると、さすがに受付の女の子が恐縮し、
「あの、どのような御用で」
と訊ねられ、戸惑っていると、
「ああ、刑事さんですね。私が八島です」
と言って、彼は笑みを浮かべ、警察にまったく臆した様子はなかった。
「ちょっと、応接エリアを借りたいんだが」
というと、受付の女の子が、
「こちらへ」
と言って、二人を案内してくれた。
「何も心配することはないんだ」
と言って、受付の女の子をねぎらっていた。
自分が警察に訊ねてこられているのに、かなりの根性である。
「八島さん。お忙しいところを、お時間割いていただきまして、申し訳ありません。私はこういうものです」
と警察手帳を提示しても、まったく動じることもなく、
「伺いましたところによると、何やら私が代表で借りているマンションの部屋で人が殺されているということでしたが?」
と、先ほど管理人が話していたところまでを話してくれたので、あとは、警察からの話になる。
「ええ、一人の男性が毒を盛られたようで、殺されていたんですが、あのお部屋は、管理人さんの話では、4人でお借りになられているということでしたが?」
と言われ、
「ええ、そうですね。今も最初の4人とは変わっていません」
「一番あの場所をお使いになっているのは、誰ですか?」
と聞かれた八島は、
「私です。たぶん、日にちにして私が半分以上、あの部屋にいることになると思います。ただ、それ以外の日に、誰がいるかということは私にもよく分からないんです。利用したい日に、ネットで共通のスケジュールに書き込む形のやり方をしていますから、スケジュールに書き込むのは、あくまでも予定ですから、必ず利用しなければいけないということではないんです。ただ、埋めた後で利用しないとなると、他に利用したいと思っている人に悪いということで、ほとんど確定の時しか入れないようにしているようです。だから逆に、その日空いていると、誰かが利用してもいいという話にしてあるので、予定がないからと言って、誰もいなかったとか、逆に予定にあるからと言って、絶対にその人が利用したなどということはないんですよ」
「ということは、今のお話では、予定が空いている時に、誰かが埋まっている方が、埋まっているけど誰もいない時より多いかも知れないということでしょうか?」
と松島が聞くと、
「そういうことになると思いますね」
と八島は言った。
「なるほど、今までのスケジュールで、八島さんが半分は使ったとして、それ以外の日は、結構埋まっていましたか?」
と聞かれた八島は、
「そうでもないと思います。最初こそ皆、この4人で借りるマンション計画に乗り気だったんですが、蓋を開けてみると、意外と誰も借りる人がいなかったということで、ある意味、企画倒れというところですね」
と言って笑っていた。
「でも、八島さは、これだけ半分以上も借りているのであれば、十分なんじゃないですか?」
と言われて、
「ええ、家賃は皆平等ですからね。最初は、翌月に使った率で計算しようということも計画にはあったんだけど、面倒だから、一律でと言い出した人がいましてね。私としては、その方が断然得なので、二つ返事で賛成しましたよ」
と言って笑っている。
八島というこの男は、絶えず笑っているのが、その性格のようだった。
「刑事さん。こういうマンションの利用方法は結構あるようで、自分たちのように、会社が都心にあって、帰るのが大変な人間にはありがたいんですよ。そう、しょっちゅう、ホテルにも泊まれませんからね。2,3回ホテルに泊まるのと同じ値段で、自分の部屋が持てるんだから、ありがたいものですよ」
というので、
「自分の部屋ですか?」
というと、
「それはそうでしょう? ホテルに泊まったって、前には誰が宿泊していたのか分かったものではない。その点知っている者同士で借りているんだから、それほど気にするほどのこともない。これこそ、友達がいて、よかったなと思えることなんですよね」
と八島はいうのだった。
相変わらずニコニコしている八島を見ていると、まるで自分が手玉に取られているような気がして、気になるところであったが、
「彼の言っていることはもっともなことだよな」
と感じた松島でもあった。
松島が、気になったのは、
「今回殺されていた人間が、果たして誰なのか?」
ということである。
マンションの部屋で、まったく関係のない人間が死んでいたということになれば、事件性が変わってくる。
「どうやって部屋に入ったのか?」
「この部屋でどうしてしななければいけなかったのか?」
「この部屋に関係があるとすれば、被害者の方なのか? それとも犯人の方なのか? 両方なのか? それとも、まったく関係のない人間なのか?」
ということである。
一番最後の考えは、事件を根底から覆すもので、んるべく、事件に関係のある人間であってほしいところであった。
ただ少なくとも、管理人や、マンションの近隣住民には知られている顔ではなかったようだ。
八島の話を聞くと、
「たまにしか利用しない後の3人のうちの一人」
ということになるのであろうが、まずは、被害者の特定が一番先決なことである。
「とりあえず、八島さん、あとの3人に連絡を取ってもらえますか?」
と言われた八島は、
「今ここで、早急に知りたいことですよね?」
と聞くと、
「ええ、申し訳ございません。殺人事件の捜査ですので」
と松島は言った。
「分かりました。連絡を取ってみます」
と言って、八島は、席を外して、電話を掛けに行った。
そして、15分ほどして帰ってきて、
「2人とは連絡が取れましたが、一人とは連絡が取れませんでした。その人は、M物産の、海運事業部の社員である、一の谷さんという人です」
と言われた松島刑事は、
「M物産の一の谷さん? どこかで聞いたことがあるような……」
と、松島刑事が思い出そうとしていると、
「確か、何かの事件で容疑者にされそうになったというようなことを言っていましたね。理解関係があるというだけのことで、警察がしつこかったって、ぼやいていましたけどね」
と言われて、
「ああ、そうか、1カ月ほど前の、板金工場で起こった殺人事件ではないでしょうか?」
と松島がいうと、
「ああ、確かそんな事件だったような話をしていました。警察がいうほどの関係が深いわけではないといっていましたね。警察というところは、自分たちが思っているよりも、相当重箱の隅をつつくような捜査をするんだって、ウンザリしていました。私もそれを聞いて同情したくらいです」
と、八島は言った。
ただ、八島は、
「おかしいな。あの顔は、一の谷氏ではないような気がしたんだけどな」
というと、
「じゃあ、他に誰か、あの部屋に入ったということだろうか? あの部屋に入るには、当然カギが必要で、あそこはオートロックなので、そう簡単に侵入はできない。ということは、誰かカギを持っている人が呼び出して、そこで殺したということになるんだろうか? ということになれば、私もその中の一人ということになり、容疑者の一人になってしまいますね」
と八島がいうと、
「ええ、その通りですね。しかも、一番利用頻度が高いのはあなたで、その率はかなりのものだとご自分でおっしゃいましたからね。でも、それを自分でいうというのは、犯人の可能性としては低いということにもなるし、難しいところではありますね」
と、松島刑事は言った。
この挑戦的な八島氏に対して、いかに話をこちらのペースに持っていくかということが、松島としては、難しいところであった。
だが、犯人の中には、驕りがある人は、
「余計なことを言ってしまう」
というくせがあるようで、松島も、
「もし、彼が犯人であるなら、口車に乗せられないようにしないといけない」
と、思っていたのだった。
「一の谷さんというのは、どういう人なんですか?」
と聞かれて、
「あの人は、私の大学時代の知り合いなんですが、我々の仲間が10人くらいいるんですが、その中でも、どちらかというと不器用なタイプの人ですね。正直者といえばいいのか、気が小さい部分もあって、そういう意味では、バカ正直ということになるんでしょうね」
と八島は言った。
「というと、そういうエピソードでもあるんですか?」
と聞かれて、
「そうですね。彼は優しいと言えば優しいんでしょうね。結構女の子から慕われていた感じだったんですが、女性と付き合ったことがなかったんです。だから、女性の気持ちが分からないというのか、男相手を考えてしまうのか、つい、きついことを言ってしまうそうなんです。だから、それを言われた女の子は、ショックを受ける人が多くて、それも、彼は自分が悪くないと思っているから、余計にたちが悪いんですよね。我々としても、友達なので、傷つけてはいけないと思いながらも、まわりは傷つけている。どう接していいのか分からなくなって、皆彼の前から去っていくんです。結局残ったのは、我々だけで、自分たちの間では、彼はそんなにきついことは言わないんですよ。どうやら、相手によって、態度を変えるところがあるようで、そのあたりを何とかしてやりたいと、思ってみんな付き合っているんですけどね。でも、中には違うやつもいるようで……」
「というと?」
「彼を利用しようと思っている人がいるようなんです。というのは、彼が女の子にきつい言葉を言ったとしましょうか? すると、そこで、ショックを受けた女の子を慰めるんですよ。そうすると、女の子は慰めてくれた相手にホロっとなるでしょう? これがそいつらの狙い目で、そういう連中というのは、その女の子を助けたいからなどとは思っていないんですよ。女なら誰でもいいと思っていて、女が手に入るというだけで、彼に近づく輩もいるんですよ。完全に火事場泥棒なんでしょうが、そんな状態を見ていると、次第に、利用されている一の谷が可哀そうになってくるんですよね。だけど、それも、彼がもう少しまわりを考えてくれなければ、こちらとしても、助けてやるわけにはいかない。仲間には入っているけど、仲間の中では浮いていて、異色なタイプだということになるんでしょうね」
と、八島は言った。
八島という男も、どこか、
「海千山千」
なところがあるので、気を付けなければならないと、再度思わせるような言い方だったのだ。
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