第3話 もう一つの誘拐事件

 半年前にあった誘拐事件は、基本的には営利誘拐目的だったことで、狙われたのは、ある会社社長だった。

 だが、実際に脅迫電話や脅迫状が送られてきて、脅迫してきたのに、被害はまったくなかった。

「本当に何もなくてよかったよ。今なら笑って話せるけどね」

 と、後から誘拐未遂事件と言っていいのか分からない、この事件の話を聞いた親戚の人が、笑いながら言った。

 すると、家の主人は、不機嫌な顔になったのだが、別に何もなかったのだから、本来なら、そんなに怒る場面ではない。それなのに、

「なぜ睨まれなければいけないのか」

 と思ったが、親せきは、それ以上言及することはできなかった。

 確かに、その時にその場にいた人間で、しかも、当事者ともなれば、いつまで経っても笑い話などにできないのは当然なのかも知れないが、まさか、この家の主人がここまで露骨に嫌な顔をするとは思わなかった親戚の人間も、若干ビックリしたようだった。

「ごめんなさい。気が付かずに」

 と言って、その話題を出すことをやめたので、それ以上のことはなかったが、なかなか機嫌は直らなかった。

 それを見て、

「これは、相当の間、冗談も言えないくらいになってしまった」

 と感じたほどで、元々この家の主人は、ジョークが分かる人だっただけに、さすがに身内にこんなことがあると、真剣に考えてしまうのだろう。

 そんな主人が住む周辺は、このあたりでも有名な高級住宅街で、それこそ、営利誘拐を企むなら、このあたりの家を狙うのが一番いいと考えるのは、当然のことではないだろうか。

 ただ、お金を持っているだけに、彼らも身を守るための費用はケチることはしない。いろいろな防犯を、お金を使ってでもしていることだろう。

 本当に金を掛ける人は、SPのような連中を従えているかも知れない。家の前の防犯カメラ、家に侵入しようとした人間を捕獲するための罠など、いろいろ匠であろう。

 この家の主人も、実際に息子にも警備をつけていたはずだ。そんなプロの目を盗んで、

「誘拐など果たしてできるのだろうか?」

 と考えたものだが、脅迫はできるが、実際に誘拐はできなかった。

 もちろん、未遂だとはいえ、脅迫をしたのは事実なので、手紙や電話の録音などで捜査は行われたが、それだけではさすがに犯人を特定することなど、できるはずもなかった。

 主人は、それでも、犯人逮捕を願っていたが、さすがに限界がある。半年も経ってしまうと、さすがに主人も、事件の記憶が曖昧になってきたのだった。

 警察の方も、ほとんど、そんなことがあったということも忘れてるくらいだった。

 しかし、最近の事件は、事件なのか、どうなのか分からないのが多い。

 この間の自殺だって、誰が自殺をしたのか、何を目的に? いや、何が原因で? と言ったところだろうが、そもそも、自殺などあったのだろうか? 誰かが死んだということにしてしまうと、わざわざ自殺を演出する必要はない。

 敢えてそのようにしたのだとすれば、警察が被害者のことを気にするであろうということを犯人が気づいていないとできることではない。

 自殺も曖昧、誘拐事件も曖昧、実際に起きた事件は、他の隊が、解決済みであった。

 それほど大都会ではない中途半端な街なので、事件はそれなりにあるが、凶悪な犯罪はそこまではなかった。

「どうせ、三重県というと、愛知に接しているとはいえ、その中では一番の田舎に当たるので、自然が多いので、自殺するにはもってこいなのかも知れない」

 と考えた。

 ただ、分からないのは、あの誘拐だ。

 捕まるかも知れないリスクを負ってまで、誘拐していない人をあたかも誘拐したかのように演出していたわりには、当の本人がすぐに帰ってくるという、実に間抜けな犯罪で、

「これを犯罪と呼んでもいいのか?」

 といえるほどの事件だったことで、却って、何か不気味な気持ちが残ってもいた。

 それでも、半年も経ってしまうと、さすがに忘れてしまう。ずっと覚えていた間はある程度感情まで鮮明だったのだが、いったん忘れかけると、あっという間に消えてしまったかのようで、

「影さえ薄く感じられる」

 と感じるほどだった。

 そんな、訳の分からない犯罪が起こったことなど、警察でも一部の人間しか知らない。知っていたとしても、これだけ毎日のように大小含めていろいろな事件があるのだから、半年も経ってしまうと、ほとんどの人の記憶からは消えていたことだろう。

 何かのきっかけで思い出すこともあるだろうが、せめて、

「ああ、あんなへんてこな事件があったよな」

 という程度の笑い話で済まされることだろう。

 あれから、本当に半年経っていたのだ。当の被害者である脅迫を受けたご主人でさえ、ほとんど忘れかかっていた。しかし、何かが起こるとすれば、案外とこういう時なのかも知れない。ことわざにだってあるではないか、

「天災は忘れた頃にやってくる」

 と、である。

 ただ、これは天災ではない。災難は災難でも人災だった。しかも、これは本当に災難だといえるだろうか?

 このあたりの住宅街には、会社社長や、実業家の家など、金持ちの家ばかりだというのは前述のとおりで、ほどんどの家が、防犯に関しては気を付けている。

 そんなある日、今度は、半年前に誘拐された家から3軒隣の家で、似たような誘拐事件が起こった。

 3軒隣と言っても、そもそもの家が大きいので、結構長い通路の端から端までという、同じ距離でも、他の地域なら、その3軒は、住宅ではなくマンションであっても、同じくらいの広さだった。

 それくらい、家の敷地面積を持っているほど、大金持ちが住んでいたのだ。

 今回の事件も、訳の分からない演出をしていた。

 まるで、昔の探偵小説を読んでいるかのような内容で、脅迫の仕方は、手紙が投函されていたり、脅迫電話はあったりなどだ。

 手紙においては、郵便局管轄のポストに投函したわけではなく、直接家のポストに投函する形で、消印のつかないものだった。

 ただ、消印があるなしは、この際関係ない。少なくとも、直接投函できるのだから、犯人、あるいは、その仲間が投函したことは間違いないので、本当に身近な人間ということだ。

 しかも、防犯カメラにも映るはずだが、それでも関係ないという、大胆な犯罪だった。

 脅迫状には、

「10」

 という数字が入っている日から、毎日来るようになった。

 それまでは、2,3日に一度だったのだが、毎日来るようになったのには、意味があった。

 それは、毎日数が一つずつ減っていく。つまりは、手紙でカウントダウンをしていたのだ。

「俺は、お前の息子を誘拐する」

 という内容で、脅迫電話でも、最期にその数字をいうのだった。

 主人は、

「どうせいたずらだ。放っておけ」

 と言った。

 ここの主人は、半年前の事件を知らない。いくら近所と言っても、近所づきあいをしているわけでもなかったし、誘拐があったわけでもないのに、狼狽えてしまったことを恥じているのだろう。

 だから、半年前の事件は知る由もなかったのだ。しかし、いたずらだと思ったのは、あまりにもやり方が幼稚だったからだ。まるで、昭和初期の探偵小説にあるような時代に合っていないベタな脅迫が来た時点で、

「愉快犯ではないか?」

 と思ったのだった。

 だから、警察にも相談しなかったが、いよいよカウントダウンが終わった最後の日に、息子が帰ってくるはずの時間に帰ってこなかったことで、急に恐ろしくなったのだ。

「俺は犯人を舐めすぎていたのではないか? その思いが犯人に伝わって、

「そんなに舐めているなら、やってやるじゃないか」

 ということであれば、自分が煽ったことになってしまったのだ。

 怒らせてしまったのであれば、これは非常に厳しい状態だ。相手は最初からそんなつもりがなかったとすれば、何をするか分からない。そんな計画性のない犯罪は、本当に凶器の沙汰ではないと思うと、それまで舐めていた分、急に恐ろしくなったとしても、無理のないことだと思うのだった。

 確かに脅迫文や電話では、

「警察には決して知らせるな。知らせれば、お前の息子の命はない」

 と言っている。

 しかし、まだ誘拐されたわけではない。ということは、これは殺人予告だとも取ることができる。

 それにしても、こんな誘拐は聞いたことがない。殺人予告であれば、探偵小説などでは、よく聞く話ではないか。あくまでも愉快犯であったり、露出狂、あるいは耽美主義などの、「変格派探偵小説」

 と呼ばれるもので、エンターテイメント性をいかにも前面の押し出した小説ということになる。

 ただ、犯罪の中で、予告されるものはいくつかある。それは、基本的に、その行為自体が目的ではなく、その行為をもって、犯人が何かを得るということが多いだろう。

 たとえば、爆破予告などは、結構あることだ。

 だが、これは犯人の本当の目的ではない。爆破が本当の目的であれば、

「予告などしないで、しれっと爆破する方がどれほど成功率が高いか?」

 ということである。

 つまり、予告する場合の目的として、

「身代金の要求」、

 あるいは、その犯行が反社会的集団によるもので、自分たちの仲間が警察に捕まっているなどの事情がある場合、

「仲間の釈放と、爆破の解除が交換条件」

 などという、

「自分たちの都合のいいものとの交換条件」

 というのが、最大の目的だったりする。

 では、これが殺人予告などではどうだろう?

 前述のような、愉快犯であったり、露出狂、あるいは耽美主義などの場合は別であるが、予告に隠されているのが、犯人の感情であるとすれば、そこにあるのは、

「復讐」

 というものであろう。

 昭和初期の探偵小説などでは、

「俺はこの復讐に、人生を掛けているんだ」

 などと言って、生まれてきた時から復讐することが決まっていたかのような話が多い。

 その復讐を、ただ殺すだけでは飽き足らず、相手にこれ以上ないという恐怖を植え付ける形という目的がある場合などに用いられる。

 そして、さらに、犯人を、猟奇殺人者であるかのようにカモフラージュすることもできる。

 犯人としては、予告までしているのだから、別に自分が助かりたいと思っているわけではなく、殺す相手に最大限の恐怖を与えて、苦しみながら殺すのが目的なのだ。

 そういう意味で、探偵小説などでは、予告殺人などは、意外と一度は、

「そんな猟奇的な犯人によるものではないか?」

 と思わせることで、意表をついたり、言い方には語弊があるが、

「文字数を稼いでいる」

 という発想もあるのではないだろうか?

 犯行を予告するというのは、

「犯人の望んでいないような効果までもたらすこともある」

 という意味で、捜査を攪乱させているかのように見えることもある。

 もっとも、実際の犯罪捜査で、そこまで考えて警察が動くかどうかは疑問であるが、探偵小説では、十分にあることだ。

 そういう意味で、予告による犯罪というのは、あまり聞いたことがない。あるとすれば、最初に上げたように、

「犯人にとって、都合のいいものとの交換条件」

 として使われることが多いのではないかと思うのだ。

 そういう意味で、予告による誘拐というのは、実際の犯罪にあるように思えない。誘拐してから脅迫するのが普通なので、誘拐までは、決して相手に分かってはいけないのだ。警戒されて、誘拐がやりにくくなってしまっては、計画に着手する前に頓挫してしまうことになる。

 まさか犯人側が、

「最初で誘拐ができないようなら、最初からこの犯行はどこかで頓挫するだろう」

 という、まるで運試しのようなことを考えているとは思えない。

 もっとも、考えているのだとすれば、それはそれですごいことなのだろうと思うのだった。

 それをもらった、

「被害者予備軍」

 と言ってもいい現在においての、被脅迫者は、犯人の、

「警察には知らせるな?」

 という言葉をどこまで信じていいのかが、分からなかった。

 この主人は、のし上がっていくことに関しては、部類の才能を持ち合わせていたが、外敵に攻撃されることに関しては、とにかく弱かった。気が弱かったり、被害妄想があるからで、それがあるから、のし上がる方の実力を有しているのかも知れない。

 だから、自分が被害者になることに対しては結構怯えがあり、まわりに対して、結界を設けるかのごとく、SPのようなものをちゃんと雇っていた。

 だが、依存症というのも大きく、

「やつらに警備を任せているのだから、安心だ」

 という気持ちも強かったのだ。

 そもそも、この主人は、自己暗示にかかりやすく、大丈夫だと思い込めば、その思い込みの強さから、直前の不安を払拭できるところがある。それが、

「大物になれる秘訣」

 なのではないだろうか。

 そういう意味でいけば、犯人も、

「これほど用心深い大物を相手に、予告などをするのは無謀ではないか?」

 と、主人を知っている人はそう思うことだろう。

 だが、それでも、心配性なところは払しょくできるわけではないので、犯人の、この無鉄砲なところに、得体の知れない怖さが感じられた。

 しかも、奥さんは、結構怖がりだった。もっというと、M的なところがあった。

 M性のある人間というのは、自分が苛められたりするのには、喜びを感じるが、それ以外の人が受ける障害は、自分がM性がある分、

「他人は。もっと敏感なのではないか?」

 と感じてしまうのだ。

 下手をすれば、それが行き過ぎになって、却って、まわりの敏感さに嫉妬してしまうという、異常性癖を持っていたりする。それが、この奥さんには、ピッタリと嵌っていたのだ。

 そもそも、この女性が、金持ちの奥さんに収まったのは、普段はおとなしく、

「自分がかまってあげなければいけない」

 と思うほどのおしとやかさを持っているのに、裏を返せば、Mっ気がたっぷりなそのギャップが、萌えるのであった。

 一口で言えば、

「変態夫婦」

 と言ってもいいのだろう。

 ただ、それは二人の世界でだけのことであって、表には決して出すことはない。旦那はそこも気に入ったのだ。

 奥さんとしては申し分のない存在なのだった。

 主人とすれば、こんな奥さんだから、まず一番に息子の命を最優先に考えて、

「あなたお願い。警察に知らせるようなことはしないで」

 と言い出すと思っていたのだが、その想像を簡単に蹴散らし、

「ここは、専門家である警察にお願いするのが一番なんじゃないかしら?」

 と言い出した。

「どうしてだ? 息子の命を考えれば、警察にいうと、それこそ殺されかねないんじゃないか?」

 と主人がいうと、

「この犯人は、予告なんて無謀なことをしてきているのは、きっと頭がキレると思うんですよ。だから、犯人だって警察に連絡させるくらいのことは最初から計算済みだと思うのよ。警察に連絡したら息子を殺すって、まだ誘拐もしていないのにそんな言い方をするのは、ただの定型文を言っているだけで、実際には、そこまで計算してのことだと思うの。それだけ計画に自信があるのか、だと思うんだけど、ある意味、その自信過剰なところが、こちらとしては、狙い目なのかも知れないわ」

 というではないか。

 M性のある人の発言だとは思えない。いや、逆にM性の人ほど、冷静にものが見れるのかも知れないと思い、

「奥さんのいうことにも一理ある」

 ということで、警察にいおうか、そちらに、考えが少し移っていた。

 しかし、まだ誘拐もされていないのに、

「警察に言っても、警察が動いてくれるだろうか?」

 という問題があった。

 しかし、

「もし、本当に誘拐されたら、警察に話をしたのに、何もしなかったということを公表するけどいいと言えば、あなたの影響力をもってすれば、世間がどう反応するか、容易に見当がつくわよね?」

 と奥さんは言った。

 なるほど、冷静になった奥さんの洞察力はすごいものだった。確かに奥さんの言う通りである。

「分かった。じゃあ、警察に相談してみよう」

 というと、

「半年ほど前に、3軒向こうで、誘拐未遂事件があったんだけど、その時捜査した刑事さんがあるので、その人に相談してみればいいんじゃないかしら? 実際には今のところ、予告っぽいものが来ているだけで、普通に考えると、いくらあなたの力を使ったとしても、警察が本気で取り合わないかも知れない。だけど、以前の誘拐未遂を何か中途半端な気持ちでモヤモヤした気持ちになっている人に聞いてもらうと、そこで何か繋がってくるものがあるかも知れないでしょう?」

 と奥さんは言った。

 ひょっとすると、ずっと黙っていた間に、いろいろと自分の中で、

「どうすればいいのか?」

 ということをシミュレーションしていたのかも知れない。

 それを思うと、

「この奥さんは、私が思っているよりも、かなり頭のいい人なのかも知れない」

 と、誇らしくも思えるが、何か末恐ろしさも感じられる。

 少なくとも、この場でのマウントは取られているからである。

 マウントという言葉は、元々、

「上がる、登る」

 などという、マウンテンから来る、山に登るというところから来ているのか。それが転じて、

「取り付ける」

 などという、一種のコンピュータ用語にも使われているが、最近では、

「マウントを取る」

 という意味で、

「自分が相手よりも上だ」

 という意味や、

「お前は自分よりも下だ」

 ということなどで、自分が相手よりも優位に立つなどという時に使われたりするものである。

 そういう意味で、この時の奥さんは、完全に、旦那に対して、

「マウントを取っている」

 と言っていいだろう。

 一度、マウントを取ってしまうと、よほどのことがない限り、その立場が変わることはない。つまりは、マウントというのは、

「先手必勝だ」

 と言ってもいいだろう。

 考えてみれば、脅迫する方と、される方、立場は最初から分かっている。脅迫する方は、マウントを取っていて、脅迫される方はマウントを取られている。そこには、絶対的に逆らえないものを相手に握られているからだ。

 そういう意味で、今の主人は、犯人からも、奥さんからもマウントを握られていた。下手をすれば、

「何とも頼りにならない旦那だ」

 と思われるだろうが、本人とすれば、

「目の中に入れても痛くない」

 と思っている息子が誘拐の危機にあるのだから、心中穏やかでないのは、当然のことである。

 そのわりに、自分のお腹を痛めて生んだ息子のはずなのに、ここまで冷静なのは、

「女という動物が、いざとなれば、度胸を示すことができるからなのだろうか?」

 それとも、マウントを掴むことで、絶対的な自信を持つことができるというものなのか、正直分からなかった。

 そんな奥さんの話にあった刑事が、ここはさすがにこの主人の裏の力を使うことで、専任という形で、

「誘拐事件を未然に防ぐ」

 という名目の元、派遣されることになった。

 名前を、松島刑事という。

 松島刑事は、この間の殺人事件も捜査していたが、

「前回の誘拐未遂事件を担当していた」

 ということで選任された。

 最初は、

「何で俺なんだ?」

 と思っていたが、実際に来てみると、以前の屋敷からそんなに離れていないことに、刑事の勘として、怪しいものを感じたことで、自分の中では、俄然やる気になっていたのだった。

 本当は、あの時にいろいろ話をした鑑識の人もいてくれると、いろいろな発想が生まれるような気がしたので、力強い味方のように思っていたが、何しろこっちはまだ事件としては成立していないもので、しいて言えば。脅迫ということが犯罪としてクローズアップされているだけであった。

 あの時に話をした、

「フレーム問題」

 であったり、

「事実と真実についての発想」

 など、いろいろな話をした思いがよみがえってきたのであった。

 だが、実際に自分が選ばれて、誘拐事件にかかわるというのは、

「これも何かの縁だ」

 ということを考えると、まだ発生していない事件ではあったが、前の近隣の事件のこともあるので、その関連性があるのかどうなのか、今は不気味な感じがしてきたことで、これを刑事の勘だと思うのであれば、自分がここにいる意義もあるのではないか? と感じたのだった。

 二人から、あらましを聞いたり、脅迫状、さらには、脅迫電話の録音を聞いたりした中で、どこまでが犯人にとって本気なのかというところが見えてこないところに、松島は刑事としての感覚が分からない状態になっていたのだった。

 ただ、旦那と奥さんの話を聞いていると、

「旦那は、どこか、まだリアリティを感じていないが、そのせいなのか、不気味な怯えを感じているようで、奥さんの方が、リアリティに溢れているが、そこまで心配そうに見えないのは、何か自分の中で覚悟を決めているのか、それとも、旦那を見ていて、自分がしっかりしないといけないと思っているからなんだろうか?」

 という風に感じられたのだった。

 とりあえず、捜査の第一段階ということで、まず、

「捜査のいろは」

 を実践することにした。

 脅迫電話がかかってきた時のために、逆探知の用意。さらに、脅迫状に書かれた指紋の採取などという、いわゆる形式的な捜査や、これからの準備を整えることにして、それを夫婦に告知すると、

「分かりました。よろしくお願いします」

 という回答が返ってきたのだった。

 そこで、鑑識にお願いし、脅迫状の指紋を採取してもらうことにしたのだが、そこに残っていた指紋というのが、

「半年前に残っていた指紋と同じものだった」

 ということであった。

「これは、もう偶然では片付けられないよな」

 と鑑識員にいうと、

「そうですね。あの時は、本人の指紋しかないので、わざとかも知れないというのを、ラップのせいで、指紋を拭きとったのではないと答えたので、指紋がそれだけしかなかったことを疑うことはなかったけど、今回にも指紋が残っていて、同じ指紋だということは、そこに何らかの意図があるということでしょうね?」

 と、今度は松島刑事が、

「そうだね。こうなると、この二つの事件は関係があり、さらに、先日の殺人事件にも関わっているということになると、この事件はすべてどこかで繋がっているというのを、警察に知らせていることになるわけだが、その理由がどこにあるのかというのを考えると、難しい判断になってくるんだろうな」

 と、答えたのだった。

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