第2話 事実と真実

 刑事が実際に現地に行ってみると、遺書が靴の横に置かれていた。文面には、遺書という文字はなかったが、封はされていて、自分が誰であるかというのも、書いていない。

 それを見た刑事が中を開けて、読んでみた。

 刑事が読み終わると、少し残念な表情になったが、すぐに気を取り直して、

「自殺した人の身元が分かるようなことは書いていなかったですね」

 ということであった。

 あたりを見渡すと、身元を示すようなものは何もなかった。自殺であることに変わりはなさそうなのだが、遺書はあって、誰かに対して、

「申し訳ない」

 とは書いているが、何に対して申し訳ないのかということは書いていない。

 あまりにも漠然とした文章で、この状況から見れば、自殺したことに対して、昔であれば、

「先立つ不孝をお許しください」

 と言っているのと同じだった。

「遺書がなければ、今までの自殺となんら変わりはないだろうが、とりあえず、無駄かも知れないが、海底の捜索と、この手紙の指紋だけは採取しておくようにしよう」

 ということであった。

 鑑識に、指紋を当たってもらったのだが、そこから採取された指紋には、確かに誰かの指紋が残っているようだった。

 その指紋は、一つだけで、それを聞いた時、現場検証をした刑事が、

「変だな」

 といった。

「自殺をするのだから、指紋を拭き取る必要はないんだから、別に残っていたとしても、不思議はない。逆に、残っていなかったとすれば、本当に自殺したのが誰かということを知られたくなかったということだから、これも辻褄は合いますよね?」

 と言った。

「じゃあ、この遺書は誰に書き残したものなんだい?」

「遺書をとにかく残したかったんじゃないですか? これから死のうとしているとはいえ、生きた証がほしいと思っての遺書なのかも知れませ如?」

 というではないか。

「確かに、指紋が残っていたとしても、拭き取られていたとしても、それが問題じゃないんだ。指紋が残っているのが一つだけというのが、おかしくないか? だって、自分で作ったというのなら分かるけど、拭き取ったわけでなければ、買った店や運送会社の人の指紋がついていたとしても不思議はない」

 というと、

「それはそうかも知れませんが、ひょっとすると、文房具は買った時には、ラップがかかっていたのかも知れませんよ? ラップされていたのであれば。指紋はラップについているのであって、紙には一人の指紋しかついていないとすれば、それこそ、手紙を書いた人間ということになりますよね?」

 ということであった。

「ああ、なるほど、そうだね。その通りだとすれば、指紋が残っていた指紋は、十中八九、これを書いた自殺者ということになるね」

「そういうことだと思います」

「じゃあ、指紋の照合をしてもらおう」

 ということで、とりあえず、県内に残った指紋照合を行ってもらった。

 その中で、一致する指紋が出てきたのだが、それには、

「この犯人の指紋は、鑑識でも珍しいと思える形をしていたので、私も何となく覚えがあったので、合わせてみたんですが、どうもその指紋と合致したようです」

 と、鑑識がいった。

「それはどういうものなんだい?」

 というので、聞いてみると、

「半年くらい前に起こった偽装誘拐事件の現場に残された指紋なんです」

「偽装誘拐?」

「ええ、誘拐犯から手紙や脅迫電話があって、誘拐されたのが本人だという確認が取れた上で、捜査をしていたんですが、誘拐されたはずの本人が帰ってきて、自分は誘拐されていない何もなかったというんですよ。キツネにつままれたような感じでしたので、裏を取ったのですが、ちゃんとその人は、友達とずっと一緒だったそうなんです。それで誘拐犯からの逆探知に成功し、そこに行くと犯人はいなかったんですが、そこから採取された指紋が、ちょっと変わった形だったのを覚えているんですよ」

 というのは、

「何かの事故で、親指の指紋が半分、剥げていたんですよ。それで分かったんです」

 と鑑識は言った。

「なるほど、ということは、そういう薬品を使っているところを探してみるのもいいんじゃないか?」

 と聞くと、

「ええ、それでその時の捜査で、メッキ工場のような化学薬品を使っているところを最初は探してみたんですが、肝心の被害者と思われた人間が帰ってきたのだから、それ以上の捜査は打ち切りになったんです」

 と、鑑識は言った。

「ということは、結局、事件は曖昧になったということかな? 狂言誘拐にもならない事件だから、それ以上の捜査は無用ということになったというわけか?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、犯人はなんだって、そんなおかしなことをしたんだろう? もし、何か目的があったんだとすれば、その目的は、どうなったんだろうね? 目的は達成されたのか、されなかったのか? そもそも、目的なんか何もない犯罪だったのか? いや、最初から犯罪だったのか? といこともありだよな? 警察皆が、騙されたとでもいうのだろうか?」

「そういうことを考えていると、訳が分からなくなりますよね。実際にそんなことをいろいろ考えて、結局最後には、同じところをグルグル回っているだけだといっている刑事がいたのを覚えていますよ」

 と、鑑識は言った。

「警察は、事件性がないものは、まったく捜査はしない。行方不明者だって、捜索願を受け取りながら、事件性の有無で判断し、事件性がないと思えば、まったく捜索もしない。実際に、それで放っておいたために、自殺した人だっているでしょうに。まさかとは思いが、今回の事件で自殺したとされる人も、同じだったのではないかと思うと、やり切れないよな。あくまでも、俺の勘でしかないんだけどな」

 と、刑事が言った。

「ところで、今回の事件はどういうことなんでしょうね? 遺書はあるけど、誰から誰に書いたものだか分からない。だけど、文面だけを見ると、明らかに誰かに充てているものに見える。そう考えると、自殺した人は警察に、自分を誰だか探してほしいということなんでしょうかね? 今のままだと、遺書があったとしても、普通であったら、警察は捜査もしないですよね? だけど、指紋がこれ見よがしに残っていて、しかも、その指紋が、前にあった狂言(?)誘拐の犯人が残した指紋と一致した。それも、不可解な指紋として記憶にあったということが不思議ですよね?」

 と鑑識がいうと、

「まるで、今回の自殺に注目してもらうために、前に狂言にもならない誘拐事件を、ある意味、でっち上げたかのようにも思えるわけだよね。それこそ、半分に半分を足すと、一になるというような理屈だよね。だけど、私には、この足し算で一になったという気はしないんだけどね」

 と刑事が言った。

「どういうことですか?」

「もし、これで一になったのだとすれば、ある程度の事件の概要が見えてくるはずだと思うんだよ。しかし、まだ我々は何も掴んではいない。何か繋がりがあって、それが何か不気味な感じがするように思えるので、まだ、一にはなっていない。その何かの繋がりというものがハッキリすることで、初めて一になるのではないかと思うんですよ」

 と刑事は言った。

「なるほど、そうかも知れませんね。鑑識である我々は、事実から、証拠であったり、刑事が推理するための材料を見つけることに集中しているので、ほとんど、推理に関しては他人ごとでしたが、こうやって伺ってみると、我々の仕事も、推理できる情報を最初に解明できるわけなので、推理をしてみるのも悪くないような気がしてきましたよ」

 と言って、鑑識官は笑った。

「それは言えるかも知れないですね。刑事だって、正直に言って、鑑識さんの証明してくれたことを、完全に信じているわけではない。事実には違いないとは思うんですが、真実かどうかは分からない。真実を見つけるには、事実にプラスアルファの何かがなければ成立しないんですよ。それが推理であったり、その時に事件を演じている人たちの心境であったりするんですよね。そういう意味で、血の通わない事件というのは、ないんだというのが私の持論です」

 と、刑事は言った。

 そういう話をしている時だった。新たな事件が発生し、とりあえず自殺事件どころではなくなってしまった。

「廃業した工場で、その作業員だった一人の男性が他殺死体で発見された」

 という事件であった。

 その工場というのは、車の板金などを行っている工場で、街はずれにあるという。

 早速、刑事数名と鑑識が呼ばれて、行くことになった。第一発見者は、主人のいなくなった工場を買い取った会社の総務の人だという。建物を改修して、食料印の倉庫にするということだった。

 その建物を買い取ったのは、地元のスーパーで、そこに在庫を置いて、チェーン店に卸すことを計画していたようだ。

 総務の人は、そこで回収業者の人と、いろいろ詰めるということで、現地集合にしていた。

 買い取った方の人間が先に入っているのは当然のことで、それは別に問題があったわけではなかった。

 ただ、待ち合わせの時間が10時ということだったのだが、総務の人間はその場所に。8時にはついていたという。そこが警察に不審がられるところであった。

「どうして、そんなに早くその場所にいたんだい? 10時の待ち合わせに、8時というのはあまりにも早すぎはしないかい? 何か前もって見ておく必要でもあったのかい?」

 と警察に言われて、しどろもどろだった総務部の人間は、

「朝早く起きたから、眠れないんで、とりあえず来てみた」

 と言ってみたり、

「一度会社に寄ってくる予定があったので、車が混む前に会社に行きたかった」

 などと、言い訳を二転三転させたことで、余計に疑惑を持たれたが、後で分かったことだが実際には、不倫相手の家から直接来たのだという。

 不倫相手も、会社に行くので、その場で別れなければいけなくて、時間を持て余したというのが、正直なところだった。

 そのくだらない言い訳は別として、総務部の人間が、8時に現場に来て、死体を発見したというのは、よかったのかも知れない。

 少なくとも、その時間には死んでいたということがハッキリと分かったわけで、その証言があったからこそ、事件の重要容疑者となるべき、

「一番、被害者が死ぬことによって利益を得る人間のアリバイが成立する」

 ということになったのだから、ある意味、捜査の手間が省けたということになるが、逆に、犯人らしき人間がいなくなったという問題も秘めていたのだった。

 この事件において、一つ問題だったのは、被害者の着ていた服についていた指紋だった。

「ちょっと、この指紋、見てください」

 と、鑑識官が先ほど、自殺者の指紋の話をした刑事に向かって言った。

「これは……」

 と、刑事にも、鑑識官が何を言いたいのか、どうやら分かったようだ。

「そうなんですよ、例の自殺したと思われる人の書いた遺書についていた指紋と同じようではないですか? 完全に照合したわけではないですが、これはどういうことなんでしょうか?」

 と。さすがの鑑識官も、キツネにつままれたような気がしていた。

 きっと、彼は、その時に、

「自分がいつも証明してきたことが事実というものであり、それとは別に、真実というものが存在するのだとすれば、今回自分が見つけたものは、事実ではなく、真実の方を刺しているのではないだろうか?」

 と感じていたのではないかと、思ったのだった。

「事実と真実って、別物なんでしょうかね?」

 と、思わず口から出てしまった。

 それは、ちょうど刑事が考えていたことと同じだったようで、

「事実というのは、毅然として存在するものなんだと思いますよ。そして、真実も存在する。あくまでも、事実の上にね。だから、事実の上には必ず真実があるけど、真実の下に、必ず事実があるとは限らない。つまり、真実は事実を覆い隠すことはできるが、逆はそうではないということだと思いますよ」

 と、刑事は言った。

「何となくですが、その気持ち分かる気がします。私も鑑識としてずっとやってきましたが、いつも追いかけていたのは事実だけなんですよね。刑事さんたちが、その上の真実を解明し、裁判で、明らかになっていく。それが、今の社会の成り立ちのような気がしてきました」

 と鑑識はいうのだった。

ただ、一つ気になったのは、

「よく、服についていた指紋というのが分かりましたね?」

 と聞かれた鑑識は、

「ああ、彼の服は作業着で、その作業着には、ペンキのような塗料の色がべったりとついていたんです。その中で、やけにハッキリと見える跡があったので、それを見ると、そこに指紋が見えたので、指紋をさらに気を付けてみてみたんですよ」

 ということであった。

「この場合も、まるで、指紋に気をつけろと言わんばかりに感じるんだけど、気のせいだろうか? この間の自殺の件でも、他は何もついていないのに、明らかに、拭き取られたかのような疑惑を持たせるような指紋の残し方だったじゃないか?」

 と刑事がいうと、

「そうなんですよね。今回も、相手が作業員だったことでペンキに指紋の痕がついていても不思議はない。その指紋をあたかも、見ることを勧めるかのような状態は、偶然なんでしょうか?」

 と鑑識は言った。

「それを言い出すと、そもそも、このいかにも鑑識に調べてくれと言わんばかりの指紋も、何か仕組まれているかのようにも思える。これだって、板金工場であれば、そこの作業員にそんな指紋の人間がいてもおかしくはない。しかそ、それって、すべてが偶然にも見えるんですよね。となると、逆にわざとであるという方が信憑性があるじゃないか? だったら、何かあの作為があると思うのは当然であって、そこから事件の糸口が掴めるのはないかと思うんだよ」

 と、言いながら、どこか、まだ自分で信じられない様子だった。

 鑑識はそんな刑事を見ながら、

「この人は、偶然というものを信じるよりも、そこに秘められた作為を疑う方なんだろうな。だから刑事なんだと思うが、それがいつも成功するとは限らない気がする」

 と思ったが、さすがに本人の前で、そんなことは言えなかった。

「私は、今までに刑事としていろいろな事件を経験してきたが、あまり計画立てて犯罪を行うと、どこかに結界のようなものがあって、やりすぎると墓穴を掘るという犯人を結構見てきたんだ。だから、それは捜査員にも言えることであって、油断をしてはいけないが、あまり入り込みすぎて、犯人の術中に嵌ってはいけないと思うようにもなってきたんだよな」

 と刑事は言った。

「なるほど、ここまであからさまに指紋を見せつけられると、犯人の意図が感じられるような気もする。こんな奇妙な指紋だって、犯人が何かの目的をもって作ったのだとすれば、指紋自身にばかり気をとらえてしまうと、真実が見えなくなってしまうと思うんですよ。だけど、我々は事実を究明し、確定させることが仕事なので、逆に事実を突き詰めすぎて、真実をあたかも、事実すべてであるかのように演出しないようにしないといけないとは思いましたね」

 と鑑識はいう。

「まずは、私たちも推理をしようにも、分かっている事実があまりにも遠いところにあることで、見えているはずのものが、実は全然違う方向を見てしまっているようで、拡張して考えていることが、ミスリードされてしまったかのように感じるのが、一番怖いのかも知れないな」

 と刑事は言った。

「ちなみに、この死体の死亡推定時刻はいつ頃なんですか?」

 と聞かれて、

「たぶん、7時から9時の間くらいではないかと思ったのですが、8時に死体が発見されて、警察に通報したのが、8時過ぎなので、7時から8時の間ということでしょうね?」

「我々が現場に入ったのが、10時頃、ということは、殺されてから、少ししか経っていないということですね? それなのに、そんなに死亡推定時刻に差があるんですか?」

 と言われ、

「ええ、犯行時間があまりにも近すぎると、死後硬直くらいしか当てになるものもないので、そのあたりが曖昧になるんです。そういう意味で行くと、実際に、解剖してみないと分からないことが多いということですね」

 と、鑑識は言った。

 実際の解剖所見も、変わりはなかった。やはり、7時から9時の間と判断されたが、事実としては8時までの間ということになる。

 ただ、気になるのは、浮気相手との問題があるとはいえ、8時にわざわざここにこんなに早く来ると言うのは解せない。

「ファミレスにでも寄って、朝食でも食べてくればよかったのに」

 と考えるのは、皆なのかも知れないが、誰も、なぜか口に出す人はいなかった。

 余計なことをいうと思われるからなのかも知れない。

 そんな総務の人間の行動に不信を抱いたことで、

「今回の殺人は、意外と計画性は考えにくいのではないか?」

 と刑事は考えていた。

 それをもう一人の刑事や鑑識に話すと、

「じゃあ、計画としてはずさんだということですか?」

 と聞かれて、

「だからこそ、捜査がしにくいと思うんだよね? 相手が計画性を持ってやってくれれば、こちらも、何かその計画性のどこか一つを掴むことができれば、時系列から、相手の考えていることを考えていくと、推理というのは、ある程度しやすいと思うんだよね? だけど、計画性が乏しい計画となると、可能性というのが、無数のものになってしまって、それこそ、フレーム問題のようなネズミ算式に考えないといけなくなる。そうあると、世界が広がりすぎて、事件を解決するためには、それを一つ一つ潰していかなくてはならない。そうなった時、一歩目を間違えると、その先はまったくの迷路になってしまう。まるで樹海の中ですよ」

 というのだった。

「いろいろ難しいワードが飛び出してきたんだけど、まずは、フレーム問題というのは、どういうものなんですか?」

 と聞かれて、

「フレーム問題というのは、いわゆる、ロボット工学などで言われていることなんだけど、ロボットの中に人工知能を入れて、ロボットに命令し、ロボットが人間と同じ意識を持って動こうとした場合に、まずは、その命令を聞くために、その行動をするために何をしなければいけないかと考えるとしよう。そうすると、ロボットというのは、まず、無限にある可能性のすべてを考えてしまうんだよ。その場にあるすべての考えられることをね?  だけど、それらすべてを考える必要など何もないんだよ。関係のあることだけ、つまり、命令を守ったことによって起こるべきことだけを考えればいいんだけど、ロボットにはその判断がつかないんだ。だとすれば、人工知能に、それらをパターン化すれば、可能なのではないか? というのが、フレーム問題なんだ。つまりパターンがまるで絵を描いた時に飾る額のように囲ってしまうというのが、フレームということになるんだが、ロボットにそのフレームでくくったとしても、フレームにも無限の可能性があり、フレームでくくらない部分が無限であるなら、そこから何を割ったとしても、答えは無限でしかないんだ。そう考えると、フレーム問題によって、無限を解決するのは不可能だということになる。だけど、それでも、まったく不可能なことではないような気もするんだよ」

「どうしてですか?」

 と一拍置いているうちに、もう一人の刑事が聞いてきた。

「だって、考えてごらん。人間は、そんな無限の可能性などという意識も持たずに、自由に発想し、そして、実際にパターンに応じて考えることができ、絶えず危険のない行動が行えてるだろう?」

 と、答えると、

「うーむ」

 と、黙り込んでしまった。

「それは、人間の中には、本能があるからだというと思うんだ。本能という意味では、ロボット以外の動物にもあることで、思考能力がないと思われる動物だって、うまくやっているではないか。そういう意味で、本能というものが影響しているのであれば、ロボットの人工知能にも、人間の頭脳と同じようなもの。つまりは、本能を組み込むことができれば、ロボット開発が一歩進むのではないだろうか? そう考えると、たとえば、動物や、死んだ人間の脳の移植という考え方もありではないかと思う。しかし、それをしてしまうと、ロボットに人間の脳を組み込んだ場合、人間とは違う反応をするかも知れない。人間の脳は、その一部しか使っていないというだろう? もし、それ以外の部分を使うとすれば、それは、人間では制御できないかも知れない。その発想が、フランケンシュタインであったり、ジキルとハイド氏のような、隠されたもう一人の自分が出てくることに繋がってくるんだろうね。その発想を、ロボット開発を真剣に考える以前に、作家が持っていたというのはすごいことだ。だから、ロボット工学の第一人者っでもない、アイザック=アシモフ氏のように、SF作家が、ロボット工学についての知能をSF小説のネタとして書いているのではないだろうか?」

 というのであった。

 彼はさらに続ける、

「ロボット工学というものに、三原則があって、そこに優先順位があり、なかなか超えられない矛盾を持つことで、いろいろ問題が発覚するのではないだろうか?」

 というのだった。

 三原則については、またの機会に聞くことになったのだが、フレーム問題に関しては、事件にかかわりのある話だったので、少し気になるところだった。

 この件に関しては、鑑識の方が興味を示していた。

「我々は、鑑識という仕事の関係で、いろいろな科学的な話を勉強する中で、ロボット工学というのも、科目にはあったんですよ。その時に聞いた話を思い出してしまって、先ほどのお話は、なかなか興味のあるものでした。学校の講義とかであったんですか?」

 と聞かれたが、

「いいや、そういう種類のものがあったわけではなかったんだけどね、私の場合は興味があったので、自分で勉強しました。ロボット工学三原則から最初に入ったんですが、あれは、結構面白いですよね? 何といっても、提唱した人が、工学者でもなんでもなく、SF作家だというところが興味深い。そういう意味で、警察の事件の捜査にしても、意外と捜査に素人の方がいろいろな発想ができて、しかも、フレーム問題ではないが、無意識に情報をちゃんと取捨選択ができて、解決に導けるんじゃないかって時々思うんだよ。もっとも、そんなことになってしまえば、我々は、飯が食えなくなっちゃうんだけどね」

 と言って笑っていた。

 なるほど、それも一理ある。

 警察で迷宮入りになってしまった事件の中には、

「意外と事件や推理の素人の方が、キチンとした推理ができるのではないか?」

 と考えたこともあった。

 そういう意味で、事件の捜査というのは、

「事実と真実の見極め」

 ではないかと考えることもあった。

 前述のように、事実を集めてきて、そこから出来上がるものが真実なのだとすれば、ある意味、

「フレーム問題とは逆なのではないか?」

 と考えられたりする。

 事実から真実を見つけるのは、

「加算法」

 であり、ゼロから積み重ねていくもので、逆にフレーム問題というのは、

「減算法」

 ではないかと思うのだ。

 100から、少しずつ減算していくということでなければ、減算法は、本当は成り立たん遭いものなのかも知れない。最初から加算という考えを持たないのであれば、最初を100にしておかなければ、大きなものを見逃していたとしても、永久に見逃していたものを見つけることはできない。

 それはまるで、

「交わることのない平行線」

 のようではないか?

 そんなことを考えていると、

「加算法であっても、減算法であっても、問題は、どこで交わるか?」

 ということではないかということであった。

 それぞれ、必ずどこかで交わる場所がなければ、そこに事実はないということだ。つまりは、

「自分たちが考えていることに事実はない」

 ということを前提に考えている場合でなければ、加算法にしても、減算法にしても、どちらかに決めるというのは難しい。どちらもやってみて。交わるところがなければ、そこに真実はないといっても過言ではないだろう。

 それを考えると、非常に面倒臭そうに感じられるが、

「急がば回れ」

 という言葉があるように、少々面倒であっても、時間をかけてでも、地道な捜査が必要なのではないかと思うのだ。

 むやみに猪突猛進で行ってしまい、チェックポイントを通らなければいけないルールのスポーツで、ルールを知らずに、一番でゴールすることだけを目指しているのを同じである。

 結局一番でゴールしても、ルールにしたがっていなければ、順位のつけようがなく、結果、

「失格」

 という憂き目に遭うことは必至なのだろう。

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