第25話 代官所で ふたたびおしゃべりな泥棒が

 初夏の涼しさが残る日に、ホルツは、町の代官所に行き、告白しました。

「私は、若い頃、村からはなれた宿屋の部屋に村のお金持ちが、置き忘れた袋から、お金を盗みました。私を罰してください」

 王様から、おほめの言葉をいただいたホルツには、代官もおろそかに扱うことはできません。

「それは、いつのことか」

「四十年前のことです」

「いくら盗んだのだ」

「百マルクです」 

 代官は、なるほど、それは大金だと思いました。それほどの大金なら、四〇年前でも、それなりのお調べはあるはずなのに、なぜ、その届けがなかったのだろう。

 まして、そんな昔のことを、どうして調べることができよう。それよりも、代官が気になったのは、ホルツの疲れ果てたような顔つきでした。

「ホルツさん、あなたは、貧しい人々に莫大な施しをしている。そんな、あなたが、人の金を盗んだなどとは信じられないのだ。あまり働きすぎて、体の具合が悪いようだ。少し、どこかで、ゆっくりと休まれてはどうかな」

 しかし、ホルツが、何度も訴えるので、代官は、特別に調べることとして、ヘルツェン村の代官に手紙を出しました。

 すると、村のお金持ちは、とうに亡くなっており、又、お金持ちが、ホルツを無実の罪で訴えて、罰せられたこともあって、村の人々は、誰もホルツがお金を盗んだなどとは言いません。

 親切だった宿の主人も亡くなっていました。宿の主人は、自分の金が盗まれたわけではないので、自分の子どもたちにも、そんな話をしてはいませんでした。

 探し出されたのは、あの横柄だった、お金持ちの召使いだけです、その召使いだった男は、年老いながらも、まだ生きていました。ただ、何を聞かれても、

「そんな昔にあったことなど、覚えていない」

と言うばかりです。

 その召使いだった男にすれば、お金が入った袋のある部屋に入って、よくよく調べても、お金をみつけられなかったことは、自分の落ち度だと思っていましたので、お金がなくなったと話すことが、できなかったのでしょう。

 ホルツの生まれた村にあった代官の蔵には、宿屋で、あのホルツから大切なお金と木ぐつを盗んだどろぼうが、別などろぼうをして捕まえられた記録が残っていました。

 何と、あのどろぼうは、数多くの人から大切なものを盗み、捕まえられては、また牢から逃げ出すことを繰り返していた、大どろぼうでした。しかし、最後には、自分の犯した罪の重さを知り、すべて白状したそうです。

 手紙には、このどろぼうが、牢から逃げ出した手口について詳しく書いてありました。

 このどろぼうは、ある村の代官に捕まえられ、牢に入れられ、お裁きを待っているうちに、牢番に話しかけました。

「もし、貴方様は、どちらの生まれでしょうか」

 牢番は、囚われ人とは、話してはならぬと命令されていますから、はじめは、無視していました。

 しかし、何日もたつにつれ、牢のどろぼうが、自分に危害を加えるほどのものではないと知ると、少しづつ、話をするようになっていきました。

「いつぞやは、私の生まれたところを聞いたな。私の生まれたのは、ゾイッシュ村だ」

「そうですか、私も、そこの生まれです。ああ、どおりで、見たことがあると思いました。私は、四十年前に村を出たので、あなたは、知らないでしょう」

どろぼうは、又、いつもの調子で語りはじめました。

「あなたのお母さんの名は、なんといいますか」

「わしの母の名を聞いてどうする」

「いえ、もしかして、知り合いではないかと思ったのです」

「テルサと申す」

「ええ、テルサ、テルサ」

どろぼうは、昔を思い出すように、首をかしげていましたが、

「ああ、私は、あなたのお母さんを知っています」

「何、それは、ほんとうか」

 そして、どろぼうは、牢番の金色の髪の毛と青い目をじっと見つめ、

「あなたのお母さんの髪の色は、金髪でしょう」

「おお、そうじゃ、お前は、わしの母を知っているのか」

 どろぼうは、今日は、あてずっぽうが、うまくいくと内心、舌を出していました。

「知っているも何も、そうそう、目の色は、青でしたな」

「おお、お前は、わしと同じ村のものだったのか」

「お役人様、私は、心を入れ替えました。もう、二度と泥棒は、しません。どうか、私を逃してください」

 どろぼうは、必死に頼みました。どろぼうの下心をしらない役人は、とうとう、どろぼうを牢から出して逃してしまったということです。

 このどろぼうは、その後、ホルツの村の役人に捕まり、代官屋敷に送られました。代官は、この泥棒の噂を聞いていたので、牢番に決して、話をしてはならぬと、きつく言い渡しておきました。

 さて、お裁きの日です。どろぼうが、話し始めました。

「村へ通じる道を歩いていると、背も高く肩幅の広い若者がいて、少しお金を持っているようなので、若者の出身の村の名と母の名前を聞いて、自分もその村の出身だと安心させました。

 ところが、若者の目や髪の色から、その母親の目と髪の色をあてて、安心させようと思っていましたが、まったく違っていたので、ほとほと困ってしまいました。最後に、絶対にそうではないと言わない質問をして、やっと信じてもらえました。その質問とは、『あなたのお母さんは、世界で一番、やさしくて、美しいお母さんでしょう』というものです」

 どろぼうの手口を知っていた村の代官が、

「それでは、お前の母親は、今頃、お前のことを聞いて、泣いているであろう。お前の母親も、世界で一番、やさしくて、美しいお母さんだったろうから」

と言うと、どろぼうの顔色が変わり、みるみる大粒の涙が、両目からこぼれてきました。どろぼうは、しみじみと語りました。 

「今まで、この問いかけに、そうではないと言ったのは、世界中で、おそらく、私一人だけでしょう。白状します。その若者の名は、確かホルツといいました。仲良くなり、宿に泊まって、彼が寝静まってから木ぐつとお金を盗みました。ああ、私も、母が世界で一番、やさしくて、美しかったと答えたかった」

 どろぼうの話を聞いて、その場にいた人たちは、もらい泣きをしたそうです。そのどろぼうは、とうとう、死罪になりました。

 町の代官が、方方に人をやり、手紙を送った各地の代官から、次々と報告があがってきました。しかし、どの報告にも、ホルツが言っているような、お金が盗まれたという事件については、書いてありませんでした。

 それどころか、「旅職人」として諸国を遍歴していた間のホルツの人柄をほめる手紙は、代官の机の上に載らないほどです。

 代官は、ホルツを呼んで、今までの調べの中身を話しました。

「ホルツ親方、国中の代官に調べさせたが、あなたが言うようなことは、なかった。むしろ、あなたは、奉公先から家に戻る途中の宿で、大切な給金を盗まれているではありませんか。あなたは、盗んだのではなく、盗まれたのです。ホルツ親方、あなたは、疲れているのだ。仕事は、職人たちにまかせて、十分に休みなさい」

 結局、ホルツが告白したことの証拠は、何一つ明らかにはならず、ホルツ親方は、逆に誰かの罪をかぶろうとしているのだと、又、称賛の声が上がってくるのでした。

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