第23話 青年貴族、クリスティーネを見初める
右手のことを除けば、クリスティーネは、大きな病気になることもなく、すくすくと育ちました。
クリスティーネは大きくなるにつれ、若い頃のヨハナよりも美しい乙女になりました。その美貌の評判は、町を超えて北、東、西へと広がっていきました。
あのお婆さんの星占いを信じていたクリスティーネでしたが、女友達が、一人二人と結婚しはじめると、こんな自分が、結婚できるわけがないと思い始めました。結婚して生まれた子供に不幸な運命を味わわせたくないと考えたのです。
クリスティーネは、慎重に将来のことを考え、修道院に入ることが、父と母に心配をかけない生き方だと、その希望を伝えました。
ホルツもヨハナも、そのように考える娘に申し訳ないという気持ちで、いっぱいでした。ヨハナは、あの星占いの予言をホルツに、明かしました。それを聞いたホルツは、ヨハナがクリスティーネを産んでから抱いてきた苦しみを、改めて共に背負うことを約束しました。
ホルツは、一八歳になったクリスティーネに修道院に入るのを一年間だけ待ってほしいと伝えました。その一年間で、どうなるとも分からなかったのですが、星占いの言葉にすがりたかったのです。
若いクリスティーネには、結婚よりもすることが、たくさんありました。それは、父親のホルツがしていたことです。ホルツは、施しをしていましたが、クリスティーネは、自分の真心を届けたいと思ったのです。
そんなある日、ドイツの一番北にある侯国から青年貴族が、町にやってきました。猟銃を求めに来たというふれこみでしたが、実は、美しさで名高いクリスティーネを自分の眼で見てみたいと思っていたのです。
青年貴族は、高価な猟銃を買い求め、近くの猟場で試し撃ちをして、仕留めた獲物は、自分たちが食べるぶんだけを取って、残りは、皆、町の者に配りました。
逗留していたのは、日曜日になるのを待っていたからです。日曜日は、町の皆が着飾って、教会に出かける日なので、教会でクリスティーネをゆっくりと見ることができると考えたのです。
しかし、クリスティーネは、教会の中には入らず、その入り口近くで、粗末な修道服を着て、貧しい者にはパンを、病める者には手当を施していました。袖が長いので、右手は見えません。
馬車に乗った青年貴族は、窓のカーテンをあけ、そっとクリスティーネをのぞきました。親指だけがないとはいえ、その美しさは、神話のビーナスのようだと青年貴族は、思いました。美貌と才知をうたわれた母上以上かもしれない。
その青年貴族が、クリスティーネに興味をもったのは、何も、彼女の不幸のためだけではありませんでした。青年貴族も又、美しくりりしい顔をしていました。しかし、顔の右半分には、生まれたときから大きな痣があり、当時のことですから、手術などはできません。
青年貴族も大人になって、好きな相手ができました。ただ、求愛しようしても、自分の顔の痣のことを考えると、それ以上のことはできませんでした。
青年貴族には、先祖から続く家系に対する誇りがありました。求婚して、断られるようなことは、彼の誇りを傷つけるものです。そんなとき、青年は、南のほうに、右手に不自由はあるが、気高く美しい娘がいることを聞いたのです。
貴族は、教会に入りました。町民がどよめきましたが、神の前では、誰もが平等です。クリスティーネも入ってきました。クリスティーネの祈る姿に、貴族はとりこになってしまいました。
町人の娘と貴族が、結婚するなどとは思いもよらない時代でした。貴族は、両親を説得しました。このままでは、由緒あるこの家の家系がとだえてしまう。私の求愛に応えてくれる女性は、いるだろうが、この顔貌を知れば断るだろう。もし、私のこの顔貌を見て求愛に応じる女性がいるとすれば、その女性は、私の財産が目当てだろう。そんな結婚は、したくはないと。
日曜日ごとに、クリスティーネが修道服を着て、貧しい人にパンを与えるのを青年貴族は見ていました。すると、その青年貴族も修道士のみなりで、クリスティーネのそばに立ち、何もいわずに、クリスティーネの手伝いをしてくれました。
その青年の顔に大きな痣があることは、クリスティーネにとって、何ら問題とはなりませんでした。自分の右手が完全ではないので、相手のことを言えるものではないとの考えではありませんでした。人は、美醜によって区別するべきではないと思い至ったのです。
クリスティーネのほほえみが、その青年貴族の心を打ちました。青年貴族は、クリスティーネに求婚しました。クリスティーネは、今まであったこともなかった北の侯国の青年貴族の求婚の申し出に、何と返事をしてよいかわかりませんでした。
しばしの時が流れて、クリスティーネは、条件をつけて、それに応じました。日曜日には、貧しき者、病む者に、施しをすることを許してもらえるならと。青年貴族は、その条件を喜んで受け入れることを承諾しました。
最初は、反対をしていた青年貴族の母でしたが、クリスティーネの母の生い立ちを知り、同じ母としての立場から、息子の結婚に同意しました。次いで、父は次の侯国主たる息子の熱意に負けて、やむなく納得しました。ただし、クリスティーネには、ある貴族の養女となることが条件とされました。
クリスティーネから話を聞いていたホルツは、ヨハナと同じく、身分の違う二人がやっていけるのかと案じましたが、クリスティーネの熱心さに打たれました。それと、クリスティーネの右手のことが気がかりで、もし、この求婚を断れば、これからクリスティーネが結婚できるかと不安だったのです。
やがて、青年貴族の家の執事が、ホルツの家にやってきました。近くの人は、何が起きたのかと興味津々です。執事は、青年貴族の家からの使いで、ホルツの家に結婚の申込みに来たのです。
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