第20話 親方の妻
さて、ホルツは、親方になりましたが、ヨハナは、ホルツの妻として、夫のホルツと自分の子供の世話だけをしていれば、よいというわけではありませんでした。
ヨハナは、木ぐつ師の親方の妻です。親方の妻は、親方の裏の仕事をしていると言っても、言い過ぎではありません。
特に、年季奉公で働いている何人もの小僧は、親方夫婦の子供のようなものでした。小僧には、奉公を始めたばかりの者から、年季が、もう少しで明ける者までいます。
そんな小僧たちに、食事を与え、健康に気を配り、病気の時は、世話をし、時には、親元とも連絡もします。働きが悪い小僧には、いくらかのお金を渡して親元に帰すことも、親方の奥さんの仕事でした。
食事ひとつにしても、毎日のように市場に出かけて、必要なものを買ったら、それを調理し並べます。食事がすんだら、後片付です。ホルツ家族と小僧たち、それに女中の分までとなると、それなりの人手が必要です。炊事以外にも、洗濯や掃除は、人手に頼らなければなりません。
そのためには、どうしても女手が必要でした。雇う女中を選び、毎日の家事を何の問題もなく進むように、女中に目を配り、しっかりと家計をひきしめるのは、親方の奥さんの役目でした。
それらをヨハナは、親方の奥さんから自然に習ったのです。ホルツが、働き始めてから、ヨハナも、親方の家で、奥さんの手伝いをしていましたが、親方が、特にホルツに眼をかけていたので、周りの者も自然に、ヨハナを一段高く扱うようになっていきました。
ヨハナは、それに気づいて特別扱いをしないようにと奥さんに頼みましたが、奥さんは、そんなことは気にせず、人の使い方と家事の切り盛りを学ぶようにと教えてくれました。
職人や親方同士のつきあいには、お金が必要になります。そんなときに、出し惜しみをするのは、マイスターの風上にもおけない輩として嫌われました。
親方の奥さんにも、奥さん同士のつきあいもありました。そういう場には、親方の格に見合った分相応の衣服を着ていくことが求められました。ホルツは、親方になったばかりでしたから、親方の中でも、まだ、下のほうにいます。
そんな付き合いでは、今、町や近くの村に、何人の「旅職人」がいて、腕はどの程度か、あるいは、どの村の小僧は、奉公には向いていないという話を聞くことも大切な仕事です。
それ以上に、大事なことは、親方の奥さんが、職人の前に出たときに、職人が自然に奥さんに敬意を払うようになって、初めて親方の奥さんであるということでした。
仕事場と裏方の両方に求められた徳目は、質素、倹約、清潔、規律、信仰でした。ヨハナに、なすべき事はいくらでもあり、毎日が、あっという間に過ぎていきました。
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