第13話 疑いが晴れる

 そうして、役人にお金でも、つかませたのでしょうか、役人が、ヨハナの家にいたホルツを捕らえにきました。ホルツがいくら、奉公先の親方からもらったものだと言っても、聞き入れてはくれません。とうとう、ホルツは、牢に入れられました。

 後で、ホルツが役人に捕まり、牢に入れられたと聞いたホルツのお母さんは、目の前が真っ暗になりました。今日は、ホルツが帰ってくると楽しみにして、ご馳走をつくって待っていたのです。

 ホルツが入れられたのは、薄暗く湿った牢屋です。灯りといえば、壁につけられた小さなランプだけでした。食事は、一日、一回しなく、それも粗末なもので、ホルツは、次第にやせ衰えてきました。

 ホルツのお母さんが会いに行くと、ホルツは、

「ヨハナを僕の妻にしたから婚礼の日まで、待っていてください」

と言いました。ホルツのお母さんは、ホルツの言う言葉を信じて、ヨハナと一緒に、ホルツが晴れて牢から出てくるのを待つことにしました。

 牢に入って、幾日が過ぎたか、わからなくなった頃、お裁きに出されました。久しぶりのお日様で、まぶしくて眼があけていられません。  

 ホルツは、お裁きの場で、代官に

「その金は、親方からもらった金です。調べてもらえばわかります」

と言いました。

 先ほど、ホルツに会っていた代官は、ホルツの正直さを信じ、言うとおり、木ぐつ師の親方に手紙を出すことにしました。

「ただし、そのほうが偽りを申し立てているとわかったときには、死罪となることを覚悟せよ」

と代官は、厳かに申し渡すことは忘れませんでした。

 その頃のことですから、手紙の往来には、日にちがかかります。村の代官が、直接、町の親方に手紙を出すことはできません。村の代官は、親方が住んでいる町の代官に手紙を出すのです。

 そうして、こういう訳なので、そちらで調べてほしいと頼むわけです。頼まれた町の代官は、親方の申し出に、間違いがないか、厳密に調べます。

 そのうえで、町の親方に書状を書かせ、それに書いてあることは間違いがないと証をして、村の代官に親方の書状を送るというわけです。

 親方から返事が戻ってきたのは、ホルツが、牢屋に入ってから、一月もしたころでした。

 再び、裁きの場に呼び出されたホルツは、役人が親方の手紙を読み上げる声を聞きました。

「村の代官殿、某にご紹介があった件については、以下の通りであります。ホルツは、四年間、我がもとで、木ぐつ師となるべく奉公した者にして、年期があけ、彼の者に、給金百マルクを渡したことは、間違いなく御座候。

西暦一八一二年  木ぐつ師 マイスター=ハインヘルト 以上のことは、間違いがないものと証しする。代官 ヘッテルハイマー」

 こうして、疑いは晴れ、ほどなくして、ホルツは、牢からでることができました。

 その代わり、お金持ちは、罪もない人を訴えた罪で、本来は、死罪にもなりかねないところを、リンゴ園を売ったお金を代官に渡して、親指縛りの刑で許してもらいました。

 親指縛りの刑は、縛り首に比べれば、はるかに軽い刑罰です。ただ、前に出した両手の親指が縛られたまま、一ヶ月を過ごすのは、いくら自分の家とはいえ、不便なことでした。

 親指の縛り加減は、そのときの役人次第です。ホルツが、このお金持ちのせいで、親指をなくしたことを知っていたお役人は、ほんの少しだけ、縛り方をきつくしました。

 一ヶ月後、役人が、親指の縛りを解いたとき、両方の親指には、もう、血の気がなく、冷たくなっていました。こうして、お金持ちは、両方の親指を失うはめとなりました。

 もう一つ、金持ちが譲ったリンゴ園は、豊かにみのり、酒にしたときの血のような色は、すこしづつ消えていったということです。

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