第12話 ヨハナの婚礼 入牢

 代官の屋敷に拾いものを届けて、少し気が楽になったホルツが、我が家のほうに歩いていくと、なにやら人だかりがして、ダンスの調べが聞こえてきます。聞けば、あのお金持ちとヨハナとの婚礼の日だそうです。

 お金持ちの家は、花束で美しく飾られ、庭には、大きなテーブルが出され、ごちそうが並んでいます。リンゴのパイ、焼きリンゴ、リンゴのケーキ、リンゴジャム、そして樽から出されたばかりのリンゴ酒が並んでいました。バイオリンや手風琴を持った楽師も、最後の音合わせをしています。

 遠くから、大勢の人が、お祝いに駆けつけ、まだ、宴が始まっていないのに、リンゴ酒をしこたま飲んで既に酔っている人もいました。

「いや、ここのリンゴ酒は、おいしいが、どうして、赤ワインより濃い色なんだ。まるで、血のようだ」

 その言葉に、一人の村人が、左右を見回したあとで、

「じつは、ここのリンゴ酒が、赤いのは、ホルツが指を切られてからという者もいる。ここだけの話だが」

「えっ、ホルツって、あのホルツか。そうだ、右手の親指を今日の花婿に切られたと聞いたことがある」

 ふるまい酒を飲んでいた客が、持っていたコップの中の妙に赤いリンゴ酒をじっと見つめました。

「なんか、気味が悪いな。今日は、これぐらいにしておこう」

 こんな話もしています。 

「まあ、婚礼は、めでたいが、ところで、花婿はいったい、いくつなんだ」

 村の物知りが、わけありげに言いました。

「花嫁は、一七才だが、花婿は、五〇才を超えたはずだ。自分の娘と花嫁は、同じ年だとさ。まあ、奥さんに先立たれたから、今度は、じょうぶな奥さんをもらうんだとさ」

「しかし、あんなきれいな花嫁と一緒になれるなんて、幸せものだ」

人々は、聞こえるのもかまわず、大声で何やら話しています。

 すると、

「花婿が、何やらそわそわとしていたので、聞き耳をたてたら、『花嫁代にするお金が盗まれた』と言っていたが、本当のことかな」

と耳ざとい村人が、こっそりと話していました。

 それを聞いたもう一人の村人は、

「なに、花嫁をもらうお金がないだと。それは大変だ」

と大きな声を張り上げました。

 実は、婚礼の日には、花婿は、花嫁の父親に、「花嫁代」をもっていき、花嫁を自分の家に、連れて帰るというというのが、村のしきたりでした。

 ところが、そのお金が、工面できないとなって、お金持ちの家では、いまさらお祝いに駆けつけた村人を帰すわけにもいかず、困り果てていたのでした。

 そこへ、ホルツが通りかかったというわけです。ヨハナが、自分の右手をだめにした、あのお金持ちと結婚すると聞いて、ホルツは、自分の頭が熱くなるのを感じました。そうして、ヨハナの家も貧しかったから、断れなかったのだろうと寂しく思いました。

 知り合いの村人に聞くと、病気でながい間ねていたヨハナのお母さんは、とうに亡くなっており、お父さんは、相変わらず、昼から酒を飲んでいました。家の生活は、ヨハナの日々の稼ぎで、ようやくなりたっていたのです。

 しかし、婚礼の日なのに、お金持ちは、ヨハナの家に、「花嫁代」を持参して来ないのです。困ったのは、お金持ちだけではありません。その「花嫁代」を当てにして、ヨハナの父親は、大きな蔵を建て、その中を酒のかめでいっぱいにしていたのです。

 ヨハナは、お金持ちとの結婚が自分の運命だとおとなしく、待っていたので、「花嫁代」が来ないとなると、自分は、一体、どうなるのだろうと心細くなりました。

 ホルツは、後になって、このときのことを思い出すと、神様のお計らいがあったとしか考えられませんでした。 

 花嫁代があれば、いいのか。今、自分のふところには、お金がある。お母さんが、首を長くして待っている大切な金だが。でも、この機会を逃したら、ヨハナとは、一緒になることはできない。

 ホルツには、例の金の入った袋のことと言い、ヨハナの結婚のことといい、何か、目に見えない力が、自分を押しているのを感じました。

 意を決したホルツは、自分の家に向かわず、ヨハナの家に足を向けました。そこには、ヨハナの父親がいました。

「ヨハナを僕の妻にください」

 ホルツの突然の申し出に、父親は、不思議そうな顔をしました。あのちびっこのホルツが、大きくなって、しかも、娘のヨハナを嫁にしたいと言うのですから、父親が驚いたのも無理のないことでした。

 ホルツは、いぶかっている父親には、とにかく、お金を見せるのが、一番だと考えました。

「これは、私が、徒弟奉公で稼いだすべての金です。この金で、娘さんをください」

と頼んだのです。

 父親も、周りにいた人々も驚きました。あの、指なしのホルツが帰ってきたのです。そして、ヨハナの婚礼の日に大金である花嫁代をもって、ヨハナをめとりたいと言ったのですから。

 しかし、目の前に、大金を積まれた父親に否も応もありませんでした。今まで見たこともないような金が、入ってくるのです。それに、相手は、昔から娘の幼馴染でした。

 父親は、ホルツの勢いに飲まれました。お酒も、しこたま飲んでいましたが、それ以上に、ホルツの気迫が強かったのです。もし、父親が、お酒を飲んでいなかったなら、話は変わっていたかもしれません。いずれにしても、父親は、ホルツとヨハナの結婚を認めました。

 一方、ヨハナと結婚するはずだったお金持ちは、なんとかしてお金を工面しようと、知り合いや金貸しのところに足を運んでいました。

 だが、それだけの金は、どこでも右から左に融通できるはずはありません。そうしている内に、ホルツが父親に花嫁代を支払って、父親からヨハナとの結婚を認められたという話が、伝わってきました。

 お金持ちは、はじめ、ホルツという名を聞いても、どこの誰かわかりませんでした。どこかで聞いたような気がすると考えていると、ふっと、昔、リンゴ泥棒をして、指を切られた子供がホルツだと思い至りました。

 若くして村を離れたホルツが、なぜ、今日ここにいるのか、そして、なぜ、そのような大金を持っているのか、お金持ちが、いくら考えてもわかりません。

 すると、昨日遅くに、宿屋に、お金の入った袋を取りに行った使いの者が、報告したことを思い出しました。お金は、見つかりませんでしたが、お金持ちが泊まった小さな部屋にいたのは、木ぐつ職人で、ホルツという者だったと。

お金持ちは、自分が昨日、泊まった宿から、ホルツが金の入った袋を盗んだのではないかと疑いました。疑いは、いつの間にか事実となり、お金持ちは、貧乏人のホルツが、大金を持っていることが、おかしいと騒ぎ出し始めたのです。

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