第11話 ホルツ 残りの金を届ける
さきほどまで、ホルツを見つめていると思われた、煤けた天じょう、火の消えた炉、テーブルの傷、壁のいびつな穴の中のマリア像、壁に映る自分の黒い影は、何もおこらなかったかのように静まり返っています。
翌朝、ホルツは、宿の主人に、主人の家族と村人のためにつくった木ぐつを渡して、代金は、後でおくってもらいたいと頼みました。主人は、二つ返事で引き受けてくれました。そうそう、特別に大きな木ぐつは、材料がないので後で送ることも付け加えました。
村へ帰る途中の市場で、ホルツは、ツチとノミとそれから、木ぐつの材料となるまさめ板を買いました。これだけは、これからホルツが生きていくのに、どうしても必要だったからです。
もし、ホルツが、無一文でお母さんのもとに帰ったら、どうなるでしょう。心優しい、お母さんは、黙ってホルツを受け入れてくれたでしょう。でも、それでは、ホルツもお母さんも飢えてしまいます。
秋風の吹く中、道具や木ぐつを背負ったホルツは、村はずれまでくると、これからのことを考えようと、道をそれて林の中に入りました。切り株に腰掛けて、思案するのは、あのお金の使いみちです。
ホルツには、お金全部を独り占めにしようという考えはありません。徒弟奉公の年期が明けて、稼いだ金をお母さんが待っていると思うと、盗んだお金から、親方にもらったぶんだけは、もらっておいても悪くはないだろうと思ったのです。だって、自分も、お金を盗まれたのだから。そして、余った金は、王様の家来に届けようと。
そう決心すると、ホルツに迷いはありませんでした。袋から、自分が親方からもらった分と同じ枚数の金貨を取り出し、それ以上のものは、ボロ布でつつみました。
ホルツは、また村へ続く道に戻りました。紅や黄色の木の葉を踏みしめて、村に入ると、なつかしい顔が声をかけてくれました。
しかし、ホルツには、することがありました。まず代官の屋敷に行き、役人に、
「来る途中、道に、このようなものが落ちていました」
と言って、お金のつつみを渡しました。
ホルツは、細長いテーブルの一番すみっこで、入り口近くにある小さな椅子に座って待つようにと言われました。待っていても、誰も来ません。もしや、自分が、忘れられたのではないかと思えるほど時間がたちました。
ようやく、あらわれた代官は、ホルツとは、正反対の端に座りましたが、遠すぎて、代官の顔がよく見えません。
代官が何か言うと、途中に、代官の言葉を伝える役目の役人がいて、ホルツの前で話してくれます。ホルツは、若かったので、少し遠いが、代官様の言葉は、聞き取れますと言うと、役人は、代官様の言葉を直接聞いては、いかんのだと命じました。
時間ばかりが、かかりましたが、代官と話したことは、次のとおりです。
「お前は、この中に何が入っていたかを知っていたか」
と罪人を調べるように、きびしい口調です。
「いいえ、人様の落とし物などに興味はありません」
と、ホルツが答えると、その返事を聞いた代官は、
「ところで、お前は、この村のものか」
「はい、四年ほど、木ぐつつくりの奉公に出て、年季があけたので、今日、帰ってまいりました」
それを聞いて、納得したかのように、
「そうか、お金を拾って届けるとは、正直者よ。後日、殿様より、褒美がでるであろう。心して待っておれ」
と厳かに申し渡しました。
ホルツは、安心しました。別に褒美など、ほしくはありませんでした。
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