第8話 ホルツ お金を盗まれる
そんな心配は無用でした。宿に着くと、宿賃を少なくするために、ディープは、ホルツと相部屋にすると、疲れていたらしく、あっという間に寝てしまいました。
しかし、ホルツは、ディープのことを完全に信用したわけではありませんでした。どうもうさん臭ささが拭えず、長い道のりを歩いてきて眠くてしかたがないのですが、どうも心配です。
そうしている内に、ディープは深く眠ってしまったようです。おおきないびきをかいて、これなら明日の朝までは、起きそうにもありません。しかし、ディープは、寝たふりをしながら、チラチラとホルツを見ていたのです。
ホルツは、ディープがぐっすり寝ていると思い、もう大丈夫だろうと安心しました。明日は、ヨハナと会えると考えているうちに、うれしくなりつい、眠ってしまいました。
そうして、ホルツが、気持ちよく寝ている真夜中のころ、ディープがむっくりと起き上がりました。音を立てずに、忍び足でベッドからおりると、左手には、くつをもち、何も持たない右手で、ドアをそっとあけました。ディープの背中の袋が、なぜかふくらんでいます。
廊下に出たディープは、宿の主人を起こし、宿代は、連れが支払うからと言って誰にも気づかれないように出ていきました。なんでも、急な用事を思いついたということでした。
朝になって、ディープがいないことに気がついたホルツは、宿の主人にディープの行方を尋ねました。
「おや、ホルツさん、知らないのですか。あなたの連れは、夜中に急な用事があるといって、出ていきましたよ。お代は、おなたが支払うと言っていましたよ」
「え、そんな、話は聞いていない」
急いで、お金と木ぐつつくりの道具が入った袋に手を入れると、ない、お金も、道具も、そんなはずはないと思って、もう一度確かめましたが、ありません。
「泥棒だ、あの男にお金と大事な道具を盗まれた。支払う金がありません」
とホルツは、宿の主人に正直に話しました。
宿の主人は、あの男は、どうも、うさん臭いと思っていたとホルツを信用してくれました。
しかし、そう言っても、支払うものは支払わなくてはなりません。しょんぼりとしたホルツに、宿の主人が、
「ホルツさんとやら、あんたは、木くつ師なんだね、ちょうどよかった、私も含めて、一家全員のくつが、いたんでいる。新しいのを作ってくれないか。もちろん、お金は払うし、そのお金で宿代も払えばいい」
と言ってくれました。
それを聞いたホルツは、宿の主人に、すまないが、この近くの村人から、木ぐつの注文を取ってくれないだろうかと頼みました。これには、主人も大賛成でした。注文の二割を主人が取ることにしたからです。
それしか方法はないと思ったのです。このまま一文無しで、お母さんのところには行けない。なんとかして、お金を稼がなくては。ホルツは、宿の主人からノミとツチを借り、主人のつけで買った材料となる木も届けてもらいました。後は、木ぐつをつくって、宿代を払い、村人の注文をできるだけ早く、仕上げるだけです。
村人の木ぐつは、殆どでき上がりましたが、注文の中に、今まで見たこともないような大きな木ぐつの注文がありました。普通の大人の倍にもなる材料が必要になることから、なかなか、この村人は、自分の足にあった木ぐつをつくってもらうことが、できなかったようです。
この村人は、大足ハンスと呼ばれていました。ホルツは、材料となる木を足形に合わせようとしましたが、どうにも当てはまりません。仕方がなく、節のある部分を甲にして、形だけは、木ぐつにしたものの、これでは売り物にはならないだろう。
急いでやったつもりですが、宿の主人、奥さん、そして娘さんの木ぐつが、まだできていません。大足ハンスの木ぐつも、もう一度考えてみる必要がありそうです。
ホルツは、もう少し時間がかかるので、音が出るから離れの小さい部屋に移らせてほしいとたのみました。主人は、それなら、奥の中庭に面した小さな部屋があいたばかりだと言って、その部屋をホルツに貸してくれました。主人に頼んだ新しい部屋は、ベッドとテーブルと椅子の他には何もなく、むしろ、このような部屋のほうが仕事が、はかどりそうでした。
借りた道具と細工中の木ぐつをテーブルに並べ、ホルツは、また仕事にとりかかりました。大きさなどの参考にするため、宿の主人からは、家族全員のはかなくなった木ぐつを借りました。宿の主人の木ぐつは、とても大きく、しかもつま先がすり減っていました。これは、いつも忙しく動いている人の特徴だと親方は言っていました。小さくて、かかとのすり減っているのは、奥さんのです。太っていて、あまり動き回らない人のものです。
一心不乱に仕事をしていると、どこかでコオロギの声がするのに気がつきました。中庭で鳴いているのか、それとも、いつの間にか部屋の中に入り込んだものかは分かりません。いや、もしかすると、前の日に泊まった客が、面白がって入れたのかもしれません。
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