第7話 おしゃべりな泥棒と
ホルツは、親方からもらった大事なお金と木ぐつつくりの道具を袋に入れ、背負いながらふるさとの村に帰っていきます。大きくて重たい袋ですが、ちっとも気にはなりません。
働いていた町を出た頃は、まだ夏の終わりでしたが、いつの間にか、秋になり、心なしか風も冷たく吹いてきます。しかし、久しぶりにお母さんとヨハナに会えるかと思うと、少しぐらい風が冷たくても、気にはなりませんでした。
この道を歩いて、一度は奉公に出たのですが、その道を逆にたどれば一歩ごとに、家が近くなると思うと、なぜか胸が熱くなるような気がしました。
今日の宿まで、残り半分というところまで来たときのことです。大きな木の後ろに、いつから隠れていたのでしょうか。ひょいと、大きいわりに、ひょろりとした男が、現れました。
いっしゅん、ホルツは、泥棒が出たのかと驚きましたが、ひょろりとしている姿を見て、泥棒ではなさそうだと思いました。
男は、しばらくホルツの後を歩いていましたが、横に並ぶと、上から下までジロジロと値踏みするように見つめたあげく、
「もし、私の名前は、ディープです。旅は、道連れといいます。ご一緒に宿までお願いできますか」
なんだこいつは、うさん臭いやつだなと感じましたが、
「私はホルツと言います。私も次の宿で泊まります。いいですよ」
と返事をしました。
それをいいことに、そのディープという男は、次から次へと質問をしてきます。
「ホルツさん、歳はいくつ、どこかで働いていたのかね、そうそう行く先は、どこ」
ホルツは、念のため、自分が帰る村の名前については、別な村の名前を言いました。
「ああ、そうか、ヴェルディン村ですね。ヴェルディン村、ヴェルディン村」
男は、村の名前をブツブツと言ってから、しばらく、何かを考えているようでしたが、突然、
「ああ、その村に行くんだった。危うく、間違えて別な村に行くところだった。いや、本当にありがとうございます」
その男にお礼を言われて、ホルツはおかしくなってきました。
「ディープさんは、そこの村の出身ですか」
「ええ、もう何十年も帰っていないので、道も忘れたくらいです」
その返事を聞いて、ホルツは、自分の生まれた村を忘れる人がいるのだろうかと少し不安になりました。
しかし、その男は、ホルツの不安をよそに、
「もし、人違いでなければ、私が知っているあなたのお母さんは、あなたのような緑色の目の方でしたね」
「いや、お母さんの目の色は、青色です」
今日は、どうも調子が悪い。ここで、何とかしないと、怪しく思われると考えたディープは、
「そうだったかな、年月がたつと青色も緑色に変わることもあるといいますからね」
目の色が、年月とともに変わっていくなどと、聞いたことがありませんでした。
「お母さんの髪の毛の色は、ブロンドだったでしょう」
と、ディープは、切り札となる質問をしました。北の国に住む女性には、ブロンドが多いのです。
「いいえ、ブリュネット(栗色)です」
やけになりながら、ディープは、また、ぺらぺらと話します。
「あんなに美しかった君のブロンドが、ブリュネットに変わったのか、人は変わるもんだなあ」
とディープは言いながら、冷や汗ものでした。
「その女性の名は、ええっと、だめだ思い出せない。申し訳ない。君のお母さんの名前を忘れてしまうなんて、それほど私は苦労を重ねてきたんだな。悲しいな」
お母さんの名なら、教えてもいいかと思ったホルツは、
「お母さんの名は、ローザと言います」
すると、ディープは、
「ローザ、ローザ」
と口の中でぶつぶつと繰り返しました。
「ああ、あんなにきれいな女の子はいなかった。私の愛するローザ、君は、今、幸せに暮らしているのか」
やはり、この人は、お母さんの若い頃の知り合いなのかなと、思いはじめたときです。ディープは、ホルツが今までお母さんについて聞いた言葉のうちで、最高のほめ言葉を口にしました。
「あなたのお母さんローザは、あなたの帰りをずっと待っている。お母さんは、この頃は、毎日がうれしくてたまらない。それは、あなたが、帰ってくるから。世界中、さがしても、あなたのお母さんローザほどの人は、いないでしょう。やさしくて、美しくて」
なるほど、それにちがいありませんでした。ホルツにとっては、お母さんは、自分を愛してくれる心優しい人だったからです。
お母さんをほめられたホルツは、疑いを捨て、つい、その男を信用してしまいました。
そこで、ホルツは、思い出したように、
「ああ、ヴェルディン村と言いましたが、実はヘルツェン村です。そこは、十年前に、いたところでした」
ディープは、内心、この小僧は、俺を疑っていたのかと思い、またホルツをジロッと見ました。まあ、それでも問題はない。帰る村の名前を教えてくれるというのは、それほど信用してくれているということだから。
それから、そのディープという男のおしゃべりは、宿に着くまで、止まりませんでした。よく、こんなに、ペラペラとしゃべれるな。自分でも何を話したのか、全部、覚えているのだろうかと思えるほどでした。
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