第6話 ホルツ木ぐつ職人になる

 ホルツは、一三歳になりました。どこかに奉公に行かねばなりません。お金持ちの子や大きな農家の子は、学校に行ったり、家の仕事を手伝ったりと、やることがありました。しかし、貧乏な家の子は、その歳になると、自分で自分の生活費を稼がなくてはなりませんでした。

 ホルツがなりたいと思っていたのは、オルゴール職人でした。オルゴールを聞いたのは、二度、うち一度は、教会に寄付されたものが、お披露目されたとき、そして、もう一度は、村の大金持ちの家が、オルゴールを買った時でした。

 初めて聞いたときは、あんな小さい箱から、どうして、きれいな曲が出てくるのだろうと不思議でした。あんなものを作ることができたら、どんなに楽しいだろうかと考えたのです。

 オルゴール職人になれないなら、次になろうと思ったのは、木ぐつ師でした。木ぐつ師になりたいと思ったのには、わけがあります。それは、ヨハナが、合わなくなった古い木ぐつをはいて、痛そうに歩いているのを見ていたからです。ホルツは職人になって、ヨハナの足にぴったりと合う可愛い木ぐつを作りたいと思ったのです。 

 そんな時です。遠くの町に住んでいる木ぐつ師の親方が、弟子を求めているとの噂が聞こえてきました。その親方は修行が厳しいので、有名でした。厳しい徒弟奉公に耐えかねて、逃げ出す小僧どもが何人もいました。しかし、極くわずかに残った者は、腕のいい職人となり、ホルツの住む村にも回ってきました。

 木ぐつ師の親方の仕事場は、ホルツの住む村から、歩いて五日の賑やかな町にありました。少年のホルツは、その木ぐつ師のところへ、奉公に行くことにしました。

 もちろん、そのまま行ったのではありません。事前に、あっせん人を通して、手紙が送られています。予定の日時になると、あっせん人が、村々を周り、徒弟奉公にでかける子どもたちを集めます。そうして、あっせん人は、子どもたちを連れて街道を歩き、宿に泊まり目的の親方のところまで、子どもたちを送り届けます。

 ホルツは、親方のいる町が、遠かったので最後になりました。その日の午後、仕事場に着き、親方に自分の名を名乗ると、親方は、快く迎えてくれました。しかし、ホルツの右手をじっと見て、おやという顔をしました。

「どうしたんだ、その手は」

「間違って、切ってしまったんです」

 しばらく、親方は、考えていました。これは、ものになるかな。右手の親指がなければ、ノミやツチを上手く使えるのか。

「半年は、置いてやろう。しかし、その手のせいで、木ぐつが作れないときには、帰ってもらおう」

 ホルツは、そう親方に言ってもらって、かえって安心しました。最初から決めつけないで、できるかどうかを見て判断しようという人柄に安心したのです。

 親方は、まず基本から教えてくれました。木ぐつつくりは、材料の選定から始まります。次に、注文者の足に合わせて厚い木の板を切断し、ノミでほり、荒、中削り、仕上げ、表面磨きまでやって、最後に塗料を塗り乾燥させます。

 熟練すれば、乾燥の時間をのぞいて、二、三日で完成させることができます。仕事の中で、一番大事なことは、材料となる木の見分け方でした。材料が悪ければ、どんなに腕がよくても、いいくつは、できません。 

 木なら、どんな木でも良いのではありません。目の通って、よく乾燥していている樫の木が一番です。

 ホルツが、親方のところに来て、半年もたち、あらかたの手順を覚えた頃です。

「お前も、その手で器用に木を切ったり、削ったりすることが、できるものだ。心配したが、もう大丈夫だ。ここで、しっかり修行しなさい」

 その言葉は、ホルツにとって、うれしいものでした。ホルツは、お母さんとヨハナにすぐに手紙を書きました。

「お母さん、ホルツは、十分、ここでやっていけます。親方が、ホルツの右手は、問題ないと言ってくれました。これから何年かかるかわからないけれど、ちゃんとした職人になって帰ります。それまで、お母さんも寂しいでしょうが、おいらの帰りを待っていてください」

 ヨハナには、

「早く一人前になって、ヨハナに足にぴったりと合う、美しい木ぐつを作ってあげたい。もう少し、待って」

と書きました。

 ホルツにとっては、木ぐつ師になるのは、ただの夢ではありませんでした。それで、生活できるようになり、お母さんを楽にして、ヨハナと結婚できればと考えていました。

 ホルツは、もっと難しい作り方を学ぼうとしました。基本は、簡単ですが、応用は、いくらでもできます。

 特に、ノミは木ぐつ師の命です。毎日、仕事が終わってからしっかり研いでおかないと、次の日の仕事がうまくいきません。ノミを無駄なく、丁寧に、しかも短時間で研げるようになるには、時間がかかります。

 ノコギリも当時は、鍛冶屋で作ってもらい、その後は、使う人が自分で目立てをしていました。だから、木ぐつ師だからといって、木だけを扱うのではなく、鉄などの金属を扱えなければなりませんでした。

 覚えることは山ほどありました。覚えたことをしっかりと身につける必要があります。一度や二度ではなく、何度も何度も無意識にでも、その技が、できるまで覚える必要があります。

 朝早くから、夜遅くまでホルツは一生懸命に働きました。夜も遅くなり、ランプの油が、だんだんと少なくなり暗くなってくると、さすがに親方が、

「ホルツ、そろそろ終わろう。これだけやれば十分だ」

「いや、おいらには、まだ、これが残っている。これを仕上げないと」

「ホルツ、俺は眠くなった。それだけやってくれたら十分だ。さあ終わろう」

と親方が、強く言って、ようやくホルツは、仕事をやめました。 

 ホルツは、親方に断って、自分の女友達のために、木ぐつを作りたいと願いました。親方は、売り物でなければ、構わないと言ってくれました。

 そのくつを受け取ったヨハナは、今まではいていたものとは全然、はき心地が異なる木ぐつに、嬉しさを隠しきれませんでした。

 ヨハナから、お礼の手紙が来ました。

「花がらがきれいで、羽のように軽い、そんな木ぐつが今手に入りました。お母さんにも見せましたが、とても喜んでくれました。ありがとう、ホルツ」

と書かれた手紙をホルツは大事に持っていました。

 ホルツは、一年に一回、木ぐつをつくっては、ヨハナに届けました。ホルツも育ち盛りでしたが、ヨハナも娘盛りでした。互いの体が大きくなって、ヨハナに送ったくつが、すぐに、きゅうくつになると思ったのです。二人が、別れて三年、四年後に会ったのなら、お互いをすぐにわかったでしょうか。

 四年後、ホルツは、背も高く、肩幅の広い青年になりました。ヨハナも美しくなっていたにちがいありません。

 ホルツが、一人前に認められるまで四年間かかりました。ホルツの作る木ぐつは、親方の作ったそれと比較しても、すばらしいものでした。

 ホルツの作った木ぐつを手に取り、親方が言いました。

「俺と同じくらいの木ぐつを四年で作れるようになるとは、たいしたものだ。もう、お前は、奉公人ではない。これからは、「旅職人」となれ」

 親方は、ホルツに、今までよく働いてくれたと言って、予想もしていなかったお金をくれました。ホルツが、多いと言うと、これからは、お前が、弟子を育てる番だ。それには、お金が必要だから、受け取ってくれというのです。ホルツは、涙が出そうになりました。

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