第3話 ヨハナにリンゴをとる

 ある日、ホルツは、仲間たちと原っぱで虫取りをして、思う存分走り回ったあげく、お昼近くになって空腹になり家に帰ることにしました。         そろそろ、リンゴの熟する季節でした。帰る途中に、リンゴ園があり、そのさかいとなる石垣のそばに、大きな木の実のからのようなものをホルツは見つけました。手にとって、よく見ると、ドングリの大きなぼうしです。

「ああ、おしかったなあ、これだけ大きなぼうしなら、ドングリもおいしかったただろうに」

 そう、思いながら、そのドングリのぼうしを右手の親指にかぶせ、家に向かいました。

 村のすみの石垣のそばに、ヨハナが、しょんぼりとして立っています。また、お母さんの具合が悪いのでしょうか。それとも、お父さんが、昼から、お酒を飲んでいるのでしょうか。ヨハナは、朝からパンも食べずにお腹をすかせているのでしょう。

 声をかけないわけには、いきません。ホルツは、親指をくねくねとさせて、

「ヨハナ、どうしたの、面白いものをみせてやる。ほら、ぼうしをかぶった蛇だ」

 蛇と聞いて、ヨハナは、すっと身を引きました。しかし、それは、ホルツが、親指にドングリのぼうしをかぶせて、面白そうに動かしていただけでした。

「なーんだ」

と言って、ヨハナが、少しだけ笑いました。

 もっと笑わせようと、

「ほらほら、蛇だ。蛇だ」

と、面白く指をくねらせました。

「親指は、なみだ指とも言うって、お母さんが言ってたわ」

なみだ指、その言葉は、ホルツも聞いたことがありました。今では、もう使われなくなった親指をあらわす古い呼び名でした。

「それじゃあ、なみだ指がぼうしをかぶっている。なみだ指のお通りだ」

 その様子がおかしくて、つい、ヨハナは、くすりとしました。ヨハナの笑顔を見たのは、何日ぶりでしょうか。

「なみだ指、なみだ指、なみだ指がぼうしをかぶってお通りだ」

ヨハナの笑顔を見ながら、ホルツは、せめて、一片のクッキーでもあればと思いました。

 しかし、クッキーは、簡単には手に入りません。そのとき、とびっきり、美味しいリンゴでも食べたら元気になれるんじゃないかとホルツは考えたのです。 

 なぜなら、リンゴの実は、小さくて青いうちなら、どこの家のものでも取ってもいいとという村の掟があったからです。村の子供達のどんな貧しい家でも、リンゴ畑を持っていました。だから、子どもたちは、腹一杯になるまで食べていました。

 だが、赤く大きくなったら取っては、いけないことになっていました。ヨハナは、目が大きくて、可愛いい女の子でした。好きな女の子が、泣きそうな顔をしているのを見るのは、辛いものです。

 ホルツは、ヨハナをなぐさめる方法がなく、その時は、つい、リンゴを食べさせようとしか考えられなかったのでした。ぼんやりと周りを見ると、大きくて真っ赤なリンゴが目につきました。それはそれは、大きなリンゴでした。こんなリンゴがあったのかなと思うくらいでした。

 村の子供達は、どこに大きくて美味しいリンゴがあるのかを知っていました。だから、今でもなぜ、そこに、そんなに大きなリンゴがあったのかと不思議に思うときがあります。

 そのリンゴの木は、さかいとなっている石垣の内側に生えていました。リンゴは、枝の一番高いところに、ついていて、石垣に登って、いくら背伸びをしても手が届きません。

 ホルツは、踏み台になるものがないかと探すと、古ぼけたはしごがありました。誰かが、捨てたのでなければ、置き忘れたのだろう。その一番上に上がると、少しふらふらしましたが、何とか、踏み台になりそうでした。

 そのはしごを石垣にかけ、一番上まで乗って、手をリンゴに伸ばした時、まさか大きなはさみが、ホルツの右手に迫って来ているとは思いませんでした。

 そのリンゴ園は、村で一番のお金持ちの家のもちものでしたが、ちょうど、そのとき、お金持ちがリンゴの取り入れをしていたのです。お金持ちのはさみが、ちょきんちょきんとリンゴを切り取っていましたが、ホルツは、それに気づかず大きなリンゴに手を伸ばしたのです。

「あっ」

という声とともに、ホルツの右手は激しい痛みにおそわれ、真っ赤な血が流れ地面になみだ指が落ちていました。右手にハンカチをまき、左手で切られたなみだ指を拾い、ホルツは、お母さんにどう話したらいいだろうと考えました。

 この手を見せたら、お母さんはどんなになげくことか。自分の子どもの手が不自由になった。これでは、いくらも働けないだろう。お母さんのことを考えることと、涙が出てきました。

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