第2話 ヘルツェン村

 さて、村の休みの日の今日、クラウスは友達を誘って、おじいさんの指の話を聞きに来ました。おじいさんには、休みというものがないようです。いつものように仕事をしながら、子どもたちに話し始めました。

 ホルツの生まれ育った村は、ヘルツェン村といいます。初夏になると、村には、いたるところにリンゴの花が咲き、白い色で染められます。リンゴは育てるのに、それほど手がかからず、生でも煮ても焼いても食べられます。ジャムにしても良いし、絞ってリンゴジュースにもリンゴ酒になるというすぐれた果物でした。

 ホルツの住んでいた村は、北にあって麦もそれほどは収穫できず、村人に、あまりお金持ちはいませんでした。

 リンゴの花は、待ちに待った初夏が来たことをしらせる便りです。これからは、家の中で、じっとしている必要はなく、山や川に遊びに出かけられます。

 子どもたちが、初夏の到来を一番待ち望んでいました。なかでも、ホルツは腕白で、一番足も速く、子供のうちでは、一目おかれていました。しかし、ただ、力が強かっただけではありません。お母さん思いの優しい子供でした。

 女の子は女の子で遊んでいましたが、その中に、ひときわきれいな女の子がいて、名前を、ヨハナといいました。ヨハナの笑顔はとても可愛いのですが、なかなか、笑ってはくれません。笑っているより、ヨハナは、目に涙を浮かべているほうが多かったのです。

 それには、わけがありました。ヨハナのお父さんは、村で村長のもとで働いていました。しかし、理由はわかりませんが、ヨハナのお父さんは、村のお金を無断で使ったという罪で、牢屋に入れられました。

 ヨハナのお父さんを知る人は、そんなことをするはずはないと言っていましたし、ホルツのお母さんも、そんな悪いことをする人ではないと弁護してくれました。

 おかげで、村でも中の上程度の暮らしをしていたヨハナの家は、あっという間に、貧乏になり、あれほど親しかった人も滅多に会いにこなくなりました。

「お父さんが、そんなことをするはずがない」

と言っていたヨハナも、ホルツが会うたびに、悲しそうな顔をするばかりでした。

 ヨハナのお父さんが、牢屋に入れられたのには、こみ入った理由があります。ヨハナのお父さんは、村で勘定役の下で働いていましたが、いくら計算しても、そろばんが合いません。勘定役のお金持ちが、集めていたお金を一部ちょろまかしていたのです。

 その頃、ヨハナの母が病気になり、お金が必要となりました。お金持ちは、病気を治すには、お金が必要だろうと言って、自分たちの悪事に加わるよう、そそのかしたのです。

 ヨハナの父は、その言葉にだまされて、お金の一部に手を付けてしまいました。それを見ていた、お金持ちは、ヨハナの父がお金を盗んだと訴えたのです。

 ヨハナのお父さんは、お金持ちが、お金の大半を盗んだと言い張りましたが、その証拠がありませんでした。お金持ちが、全ての証拠を消して、ヨハナの父が一人で盗んだことにしたのです。

 自分も悪いことをしたのは、事実です。ヨハナの父は、いくら訴えてもどうにもならないと思い、牢屋から出た後は、家に閉じこもるようになりました。 

 お父さんが牢屋から帰ってきても、ヨハナの顔に笑顔は戻りませんでした。罪を償ってきたのだからと思っても、村人は、あの家は、罪人の家だからといって相手にしてくれません。

 しかし、ホルツの母だけは、ヨハナの母に、度々会いにいきました。ホルツの家も貧しかったのですが、食べるものをもっていってあげたのです。

 ヨハナのお母さんは、病気はよくなりましたが、健康でもりもりと働けるというほどではありません。お父さんは、家の中で、いつも暗い顔をしています。時には、昼間から酒びたりになることもありました。

 ホルツは、ヨハナが小さい頃から好きでした。ヨハナのお母さんもきれいでしたが、ヨハナは、もっと可愛くきれいでした。ホルツは、大人になったら、お嫁さんにもらいたいと子供心に決めていました。

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