善行ポイント

「これで終わりかな」

「うん、もう人はいないよ」


 六畳半ほどの部屋の中。


 その部屋の片隅には、おしくらまんじゅうのような形で縛られたまま眠りこけている痩せこけた少女が八人。眠らせたのは、ハナだ。なんにせよ子供に見せるものじゃない。


 というのも、その周りには。


 必要以上に刻まれて飛び散る男の死体が五体。


 縛り上げられて、顔を腫らした男が、ひとり。


「他に、誰もいないでしょうね」

「い、いやしません、これでぜんぶです」


 ハナに凄まれて涙目を晒す、顔を腫らした男。


 背は低くまるまると肥えていて、頭は剃りたてのツルツル。鼻の横に大きなほくろがあって、何より二の腕にと女房の名前が入れ墨で彫ってある。


 間違いなく、こいつが惣八郎だ。


 とりあえず、穏便に聞いてみるか。


「で、この娘たちを、あなたは一体どうしようと思ってたんです」

「へ、へい、その、それは」


 言いよどむ惣八郎に、ハナが凄む。


「痛い目にあいたいの?そういう性癖?」

「ヒッ、で、でも、その……」


 性癖などと言われてもこの時代の人間に通じるはずもないのだろうが、少なくとも、強烈な殺気のこもったハナの視線と声色には反応したようで、惣八郎は体をブルリと震わせて表情をこわばらせた。


 しかし、吐かない。


 これは、厄介だな。


「なあ、惣八郎さん」

「へ、へい」

「あなたにも言えない理由があるのはわかりますよ、でもね、周りの様子を見てご覧なさいよ」

「……」

「死んで花実が咲くものか、って、言うでしょうよ」


 惣八郎の目が、目玉ごとこぼれ落ちそうなほどに泳いでいる。


 それが雇ったならず者たちなのか、それともともに悪事を働いてきた仲間なのかは知らないけれど、少なくとも、顔見知りの死体が五つも転がっている部屋の中にいても喋れないだけの秘密を惣八郎は抱え込んでいる。


 こりゃ、バックがでかそうだな。


「さっきも言いましたよね、これは、品川の宿場役人、大島平左衛門の差配です」

「ええ、はい」

「なのにあなたがダンマリなのは、それより上が関わってるからですね」

「……勘弁してくだせぇ、そればっかりは言えねえんだ」


 惣八郎はそう言うと、震える声で絞り出した。


 ハナの逆鱗に触れる言葉を。


「あっしにも、女房子にょうぼこがございます。あっしが喋っちまったら、そいつらに嘆きをかけちまいますんで」


 つまり、自分が口を滑らせれば、家族に危害が加えられる、と。


 しかし、その理屈は。


「ふざけんなよおっさん!」


 だよな、ハナが切れるわな。


「なにが女房子だ、じゃぁそこで縛られてる子どもたちは木の股から生まれてきたとでも言うのか。その子達だって、どこかの誰かの家族だろう、違うのか?!」


 ハナはアリエンテでの過酷な旅の中で、ひとつの特性を身に着けた。


 それは、過度に子供に優しいというものだ。


「わたしはね、王様にためでも故国のためでもなく、この子らのために魔王を倒すんだ」


 戦場で見た、理不尽に殺され、理不尽に使役され、虐待され、慰み物にされ、そしてボロ雑巾のように捨てられている子供たち。敵であれば子供であっても容赦しない女だったハナは、故国の姫であった頃には見ることの出来なかったそんな子供たちの窮状を見て、変わった。


 そして、それは、ハナの優しい弱点にもなったのだが。


 それは、今は関係ない。


「他人の子供をひどい目に合わせといて、いい父親のふりなんかするな!」

「あ……う……」


 アリエンテでの旅の中で、ハナは優しくなった。


 そして俺は、嫌な男になった。


「やめろ、ハナ」

「だってタイガ!」

「いいから」

「……」


 俺にはわかる。


 別にこいつのやったことに同情するつもりはないが、それでもわかる。


 もし、この惣八郎を動かしている人間がおいそれと口にできないような身分の人間で、惣八郎の家族が、半ば人質状態でその誰かの監視下にあったとしたら。それが、たとえ俺の身に降り掛かったことだったと想像しても、やはり、他人の子供を女郎にしようが変態に売りさばこうが知ったこっちゃない。


 他人の子供と自分の子供の間には、雲泥の差がある。


 それがわからないのが、ハナの弱点だ。


「見たでしょ、俺たちの手際を」

「え、あ、はい」

「こう言っちゃなんですがね、相手が公方様だろうと、あなたの家族にゃ手は出させませんよ」

「な、何を、く、公方様?!」

「ああ、将軍の野郎ですよ」

「……っ!」


 これは、家族の安全を担保してやる優しさじゃない。


 明白な脅し。


 この時代、庶民にとってはほとんど神と等しい存在である徳川将軍を悪し様に言うことで、こっちの狂気具合を見せているというわけなんだが。うん、効いてるね。


 ほうら歌っちまいな、お前の目の前にいる人間は、規格外なんだぜ。


 俺は、ふと入り口の襖あたりを睨んで、そして、なにも言わず顎で先を促した。


「か……重扇屋かさねおうぎや

「なに?」

「南町の重扇屋の奥座敷には、とあるお大尽が夜な夜なやってくる」

「誰ですか、そいつは」

「そんなの、あっしが知ってるわきゃ」

「あん?!」


 声を荒らげた惣八郎に凄んでみせる。


 と、すぐにうなだれて続けた。


「あ、えっと、知っているわけがございません」

「ほうん、で」

「そのお大尽が、その……」

「その、なんです」


 惣八郎はためらう。


 それもそのはずだ、今この惣八郎の血色の悪い紫の唇には、自分と家族、いや、もっと大きなところを巻き込んでしまうような、巨大な何かが乗っかっているのだから。しかし、それでも、起きるかもしれない大惨事より、目の前の恐怖のほうが強い。 


「小さい女の子を大勢いたぶるのを、その、好んでいるとかで」


 ああ、そういうことか。


 嫌悪感は当然ある、虫酸が走るとはこのことだ。しかし、共感はできないが理解は出来る。


 まあ、俺は、な。


「ぶち殺しますね」

「ヒィッ」

「だから、待てよ、ハナ」

「だって!!」


 怒りに震える瞳で、俺を睨むハナ。


 俺は、こほんと咳払いをして、その体をしっかりと抱きしめた。


「こいつをここで殺したら、変態の喉元まで刃物が届かないかもしれないだろ」

「でも、やだよ、わたし、許せない」

「ああ、わかってる、わかってるけどな」


 言いながら、俺は、その六畳半の部屋の、一面にしかないふすまを睨んだ。


「タイムリミットだ」

「え?」


 そんなやり取りを待っていたかのように、襖がすっと開く。 


「すまねぇなハナ殿、そいつは拙者がもらっていくぜ」

「お、大島様!」


 そう、そこにいたのは大島平左衛門。


「いつから覗きを?」

「人聞きのわりぃこと言うんじゃねぇや、こっちだって押っ取り刀よ」

「どうだか、でも」


 気配に気づいたのは、惣八郎が重扇屋の話を出した辺り。


 となれば。


「説明は、いらないでしょ」

「そうはいかねぇよ、どれだけ耳の腐り落ちそうな話でも、ちゃんとおめえからまた聞くぜ」

「やっぱり覗いてたんじゃないですか」

「気づかれてるのを覗きとは言わねぇよ」


 物は言いようだな、でもまあ。


「こっちの仕事は終わり、ですね」

「ああ、ご苦労さん」


 と、なったのだが、まあ納得するわけはないよな。


「ちょっとまってくださいよ、終わりじゃないでしょ!」


 ハナが大島に詰め寄る。


「ここまでさせといて、あとはそっちに丸投げして帰れってことですか?」

「言い方悪いが、まあ、そうだな」

「そんな勝手な理屈が、わたしに通るとでも」

「おい、太助どうにかしろ、お前の女房だろうが」


 どうにか出来るかなぁ、こうなったハナを。


 まあ、でも、俺としてもここで終わらせてくれたほうがありがたいんだ。どこかで区切りをつけないと、一番欲しいものが手に入らない。


「ハナ、悪いがここで締めにさせてくれ」

「でも、そんな……」

「ごめんな、わかってくれ」


 言いながら、俺は手首のあたりをポンポンと叩く。


 それを見てハナは「はぁ」っと息を吐いて両手を上に上げた。


「わかったわよ、もう、後で覚えててね!」

「おお、こわいこわい」

「大島様は黙って下さい!」

「ひー」


 これで、ハナも納得……はしていないだろうが、理解はしてくれたようだ。

 

 ならば、あとは。


「じゃ、お願いしますよ大島さん」

「おう、わかった」


 そう言うと大島は、空を睨んで宣言した。


「人助け完了だ」


――裁定人より人助け完了の合図を受諾しました。


――善行ポイント算出します。


――救命8、処刑5、捕縛1


――善行ポイント10付与します。


「相変わらずどんな算盤玉はじいてんのかさっぱりだな」

「ええ、まあ、でも」


 アナウンス終了と同時に、手首に数字が現れる。


『Point 25』


 これで、また。


 俺の本当の願いに、近づいたのだ。 

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