第19話 巡る運命の収束点へ

 状況は芳しくないようだ。

 マルゾコはなけなしの金額を用意して冒険者ギルドに赴き、事の次第を説明した。

 だが、うまく伝わったかどうかは分からない。


 なんせ、街の隅っこにある工房で日々冒険者のための小道具を作るだけの錬金術師が言うことなど、誰が聞こうものだろうか。

 そう思っていたが依頼はあっさり受理され、さらに応募ギルドは複数名乗りがあったという。


「ザナスの動向は以前から当ギルドも危険視しておりました。マルゾコさんの依頼はきっかけに過ぎません」


 現在『狼の足』と『剛腕の杖』が北部と東部をそれぞれ調査している。南と西を調査しに行った『アナグマの爪』と『鷹羽の帽子』はついさっき連絡係が帰ってきたところで、ある意味想像通りの報告を受け取ったらしい。


「西側、アリアント王国への関所は封鎖されているようです。正確にはこちら側の道を封鎖するようにザナス兵が陣を張っていて、通行を邪魔しているだけみたいですけど」


 マルゾコは現状をまとめた報告書を受け取りながら話を聞いていると、さらに別のギルドが報告にやってきた。


「すいません、連絡担当『星トカゲ』のエリオスです! やられました、北部のレスタハットに通じてる関所が全部落とされてます!」


 ギルドに緊張が走る。


「こりゃ、何か始める気だな」

「すいません、エリオスさん! すぐに王都へ連絡を! 書類を作るのでこちらで待機してください!」

「はい!」


「気をつけろ、西側への関所はもう使えない」

「……なんとかします!」


 一気に受付が静まり返る。


「マルゾコさん」

「は、はい」

「他の工房にも連絡をしますが、恐らく近場で大規模な戦闘が予想されます。回復薬などの発注を行いますので準備をお願いします」


 マルゾコは深く頷く。


「あとは西…… アリアントに繋がる関所を抑えられてたら終わるな」


 ギルドに居る誰かがぽつりとつぶやく。

 しかし、その呟きに誰も反応することはできなかった。



   Δ



「恐らく賢者の石の苗床にこの街が選ばれたのは、交通の要所であることも理由の一つなんだろう。先日の敗戦できちんと発動しなかった石化いしか手法プロセスを再起動させて、改めてアリアントを孤立させる目的もあると思う」


 レリジンに状況を話して打開策を立てようとしたマルゾコ達だったが、あまりの現状のまずさにレリジン自身もすぐにはいい案が浮かばなかった。


「今だに起動手順キーが分からない。製作者が再度発動させたらもう止めることはできないと思う」


 今でこそ主犯はフォルザであることは分かったものの、それが解決に繋がるかと言われるとそうではない。

 マルゾコも長い時間をかけて解析を行ってきたが、楔に巻き戻るたびにその石に刻まれた命令が異なるために、遅々として進まなかった。


「……ローティア」

「はい?」

「まだ、エーテル精製の心得は残っているか?」


 レリジンは神妙な面持ちでローティアを見つめた。


「……自信はないけど、その辺の錬金術師に遅れを取ることはないと思う」

「紙と筆を」


 マルゾコは言われた通りそれらを渡し、受け取ったレリジンはスラスラとメモを書きとめて持ち主に返した。


「ボートレス、すまないがこの材料を工房の作業台に用意してくれないか」

「え、ああ、わかった」


 とたとたとマルゾコは材料棚へ向かう。


「レリジン、あなた」


 しかし、レリジンはローティアにその先を言わせないよう口に人差し指を当てて黙らせた。


「必要なことだ。頼む」


 数分後、作業台にて用意ができたとマルゾコが声をかけてきたので、レリジンはローティアの肩を借りて工房にやってきた。


「さて」


 レリジンは作業台に置かれている、材料として提示したゴドロステンの塊を一つ手に取り、自身のエーテルを通わせた。


「この地域に古くから信仰の深いレソラード教、かの女神フェルメアは生命を司る神でありながら掲げているのは魔法の素である霊素エーテルと言われている」


 ゴドロステンは一瞬きらびやかな金色を放ち、突然まん丸の球体へ形を変えた。


「しかし、昔はまだ霊素をそれと認識せずに扱われていた。では、レソラード教発祥の時代、彼らは何を教義としていたか」


 レリジンはさらにエーテルを込める。その金色の鉱石が徐々にオレンジ色へと輝きを変えていった。

 途中レリジンはローティアに目配せしてこぼれるエーテルの支えを指示し、全てオレンジ色の鉱石に変化させると、用意させた銀色の皿にそれを置いた。


「それは『記憶』だ」

「記憶?」


 マルゾコはオウム返しでレリジンに質問する。


「または『知識』とも言えるが、彼らにとっては『記憶』と言う方が近いかもしれない」

「魔法の知識、植物の知識、生き物の知識……」


 ローティアがレリジンの言葉に一言ずつ付け加えて反芻はんすうする。


「女神は、生きた記憶を人々に与えた、と言われているんだ」

「生きた記憶? 神が生きた記憶……?」


 皿の上においた金色の丸い塊は、銀の皿触れた所からどんどん侵食されていく。そこへ用意された黄緑色の液体を少しずつ垂らす。すると、侵食の速度が遅くなり、また融和していく様が見て取れた。

 融解し、混ざりあった場所はエーテルが刻まれた緑銀色の光沢を放ちだし、魔法金属の振る舞いを始めた。


「それ、ミスリステン魔法金属錬成……!」

「そう、作った記憶があればそれをもとに作り出すことができる。学習、ともいう」


 レリジンは更に続ける。

 融和し、しかしミスリステンと成ってない上下の金と銀の部分を掴み、それを無理やり外側に向けて引っ張りだした。


「え!? 危ないですよ!!」

「見聞きしただけの学習と、自分が行った経験は、結果が同じだとしても残り方が違う。よって、それらは受け継がれる記憶として、人々に受け継がれていった」


 いつの間にか中央に金と銀の混ざりもの、上下にミスリステンという奇妙な構造の球体がそこに誕生していた。


「かつて師アデスは、それこそが賢者の石だと思っていた」


 神の知識。絶対的な錬成式。無限のエネルギー。

 あらゆる錬金術師が求めた、唯一の憧れ。


「……違うんですか?」

「ボートレスも知ってるだろう? 賢者の石はなんとも俗な石だ。人の命なくして作れない、なんとも燃費の悪い、悲しみの結晶だ」

「それは……」


 マルゾコは即答できなかった。


「だから、こんな下らない戦争は早く終わらせないといけない」


 力強い言葉と共にレリジンは右手を顔に添えおもむろに指を顔に突きたてた。


「レリジン!?」


 レリジンは残っているもう片方の目をくり抜き、それを球体中央に押し付けた。その瞬間、その場にあった鉱石が突然彼の目を中心に圧縮され、オレンジを超えて紅く輝き出した。


「なっ、馬鹿な真似を!」


 ローティアはそれを知ってか、即座に彼の目の代わりとなり錬成を引き継いだ。


「……左眼が残っていれば、もう少し手伝えたんだがな」

「なんてことを…… プルク! 再生薬を!」


 マルゾコは自動人形が持ってきた薬を急いで兄弟子に用いた。しかし、普通の傷と違い臓器の再生はすぐには行われない。


「ふふ、大丈夫だ。錬成ももうすぐ終わる」


 言われてマルゾコとローティアは先程までまばゆく輝いていた球体が小さな小指の先程の塊にまで小さくなると、暗く紅い輝きを放つ石になった。


「え、これって……」


 放出エーテルが安定したのを確認したローティアがその石を手に取った。


深紅エレメ…… 結晶ステン!?」

「やっぱり、そういうことなのね」


 ローティアはその小さな結晶を手に、薬を持ってきたプルクに立ちはだかった。


「!?」


 驚いたのは、プルクだった。


「へえ、人みたいな挙動もできるのね、あなた」

「……何のつもりですカ?」


 再びプルクの表情は冷徹で感情のないものに戻る。だが、彼女はそのまま動かなくなってしまった。


「深紅結晶は、ある意味賢者の石の下位互換。登録できる命令も少ないし、エネルギー源としてみても効率はひどく劣る。なぜ師匠がこだわったのか、私にはそれがわからなかった」


 ローティアは結晶をプルク胸元へかざし、エーテルを込めた。その位置はプルクの核である結晶が格納されている場所である。


「自動人形、表層人格解放」

「!? 一体何を!?」


 制作者マルゾコですら知らない命令コマンドを、新たに創られた結晶デバイスによって入力されたプルクは突然緊急停止メンテナンス状態に入る。


「でもね、これはある種の命令集合体だった。レリジンに聞くまでただの人工賢者の石だと思ってたけど、実際に聞いてある疑問が湧いたの」


 プルクは、静かに目を開いた。


「お久しぶりです、アデス師匠」



   Δ



「ケルダールより使者が到着したと、ギルドより報告が」


 簡素な儀礼鎧を纏った若い騎士が自分より年下の女性に恭しく傅く。


「あちらも気づいたようですね」


 女性は決してきらびやかな服装をしているわけではないが、その所作や言葉遣いが年相応のそれを遥かに超えていることを印象付けた。

 石造りの会議室に、光を広く取り入れるための窓からは月明かりが差し込んでいた。


 テーブルの上に持ち込まれた明かりは頼りないランプひとつが申し訳程度にあたりを照らし、何度も協議された作戦の流れプロセスを示した書類が何十枚にも渡って記されていた。


「どれもが王女の仰るとおりに進んでいる。なら、これ以上の審議は必要ありませんな」


 妙齢の男性が席を立つ。先程の騎士よりも装飾の多い鎧を纏っているが、そのどれもを鬱陶しそうに睨みつけた。


「まさか、ザナスがこれ以上の抵抗をするなど……」


「事実をご覧になって下さい。ケルダールをこのタイミングで落とされたならアリアントには未来はありません」


 豪奢なローブを着こなす老人たちがこぼす躊躇とまどい混じりの言葉を、女性は軽く一蹴する。


「決まったな」


 一段と重厚な一言に、その場にいた全員が声の主に強く頷く。


「最初はそなたの戯言かとも思ったが、ここまで来たなら腹を括るしかあるまい。アルバー、全軍の準備を」

「はっ!」


 先程立ち上がった騎士が、声の主に敬礼と合わせて示す。


「ここまで来たのだ、最後の一手までそなたに託すぞ…… エンリーナよ」

「お任せ下さい、父王」


 女性―― エンリーナの父への返事は、自信と安心に満ち溢れていた。

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