第18話 暗躍の足音
マルゾコは元の大きさに戻した箱を手に大鐘楼の地下へと来ていた。
「これが街全体を覆ってくれれば、万事解決するんだけどな」
あの後マルミドに確認したが『普通の物質を拡張する魔法はあるけど、錬金術式を付与された物質はエーテルの消費量が累乗式に増えていくからとてもじゃないが難しい』言われてしまった。
「あら、それは何ですか?」
マルメリーが彼の持つ箱に興味を示し、背後から覗き込んできた。大きな2つの柔らかいものがマルゾコの丸底にあたるが、彼はそれを感じられない。
「パクト古墳で発見されたんですけどね、元々は中身の人形部品を保全するのに使われていたんです」
一見木箱のような雰囲気だが、木目のように見えるスジは圧縮された構築式となっており、箱の中に放り込まれた物体における時間の流れを操作することができる事までマルゾコは突き止めていた。
「それに、兄弟子たちの失踪と今回の件がより深く繋がってるのも分かったし、なるべくコレを早く片付けないといけなくなったようなんです」
マルゾコのいうコレとは、もちろん大鐘楼に繋がった巨大な賢者の石。
そして、その核たる女性、アリセルナ王女。
「限られた範囲なら運用はできるし、ある程度外部から干渉することもできた。けど」
使いたいサイズに合わない。だが、そもそも街全体にエーテルの供給を行えてる現状が異常なのだとマルゾコは自分に言い聞かす。
「それに、こいつは以前まで存在しなかった
目の前の賢者の石に使ったとしても、エーテル供給過多になって街にエーテルが溢れてしまう。そうなれば周辺のエーテルバランス崩壊を招き、動植物が凶暴化しかねない。
「師匠なら…… きっと使いこなすだろうな」
ぽつり、マルゾコは呟いた。
アデスはこの大陸において知らぬものはいない有名な錬金術師だった。
孫弟子すらいるほどの高名でありながら、ひと度助けを呼ぶ声あれば、どこへでも赴いた。
しかし、彼は既にこの世にいない。時間的に言えばマルゾコがケルダールへと戻る一年とちょっと前に殺された。
彼の兄弟子、フォルザによって。
公文書には失踪とされているが、現場はローティアも見た。記憶の改ざんを受けている時点で自分の記憶も信用できないが、最新の転送前…… 直接
「マルゾコさん、地上からお客様が来られてると連絡が」
「あ、すいません。ちょっと長居したかな?」
マルゾコは急いで後始末をすると彼女と一緒に地上へ戻った。そこにはフェクタが少し楽しそうに待っていた。
「あ、店長!」
「……その呼び方、むず痒いな。で、どうしたんだ?」
「父さん達と一緒に石になってたうちの片目がない人が起きたって、ローティアさんが」
「……わかった。すぐ戻ろう」
「店長? マルゾコさん、この女の子は?」
「ああ、短期雇用のバイトちゃんです」
Δ
フェクタとその両親ともどもすぐに家のあるザナスへ帰すのは死なせるも同義なのは言わずもがな。
かと言ってこのままケルダールに残すのもいかがなものかと考えたが、そこはローティアが解決策を見出した。
「彼女の両親が戻った事はあったの?」
「いや、それはない」
「じゃあ、そのご両親ごと雇うってのは?」
「はぁ!?」
聞くところによると、フェクタの両親はザナスで魔法薬の研究施設にいたそうだ。
どうもその際に上層部による石の材料としてのランダム選抜に引っかかったらしい。
ということで、多少なりと錬金術に覚えがある二人をそのまま生産職として一時的に店で雇うことになった。
のだが。
「どうして私たちがここに居るのか、それも今一つ分からなくて」
フェクタの父ノイビートさんは状況を飲み込めないようで少し不満げではあった。
なぜ彼らが賢者の石になってしまったか。
なぜザナスが今でも賢者の石を求めているのか。
その答えを恐らく知っているであろう人物…… レリジンが目覚めたらしい。
マルゾコは工房の奥にある客人用の部屋を訪ねた。
「マルゾコね。入って」
ノックをすると中からローティアが入室を促す。マルゾコは扉を開けて中に入ると、かつての面影を残しつつもひどくやせ細った兄弟子、レリジンがそこにいた。
「……ボートレスか。久しぶりだな」
「レリジン、俺がわかるのか?」
「ははは。『眼』は無くしたが、師の教えはずっと守ってきたつもりだ」
自嘲気味に笑うレリジンの声は、すっかり衰えた老人のようにか細かった。見た目こそ老齢に見えるが、彼は年齢的にも中年層…… クレミン族の男性である彼は、平均寿命150歳であることを考えたら、100歳を超えてなお若いはずなのだ。
「体調は悪くないけど、衰弱が激しいわ。たぶん、他の人より長くエーテル体になってたみたい」
「どうしてそう思う?」
「えっ? それは……」
レリジン自身からの質問にローティアは口ごもる。
「簡単だよ。製作者が私を煙たがり、それでも利用しようとした結果だ」
レリジンは妹弟子の答えを待たず、正解を告げる。
「それは、フォルザ…… だな」
マルゾコが何か確信めいた声で答えた。フラスコの中がゆったりとオレンジ色に染まる。
「……情報の共有、いや答え合わせが必要だろうね」
マルゾコは今までの自身起きた経験と記憶を、初めて出会えた『真実に近い人物』と照らし合わせた。
「彼女の話から、私が石になっていたのはそこそこ長いことがわかった。フォルザはザナスの元で何か大きな事を成そうとしているが、私が目障りだったんだろう。目を奪われてからの記憶がないんだ」
レリジンはマルゾコがアデスを師事していた時には既に自立し、レスタハット連邦傘下の小国で新たな錬金術師を育てる仕事をしていた。
「戦争が始まった辺りで私はザナスに召集され、研究生産部門に放り込まれた。だが、そこからの記憶が曖昧なんだ」
「多分、レリジンも記憶を操作されたんじゃないかしら。私もそうみたいだったし」
「施設ではどんな研究を?」
「覚えてるのは、実際賢者の石についての生産はしていない。主に人造人間…… ことさら人の姿を保ちながら強化する研究をしていた」
「馬鹿みたい。人である以上その器を超えることなんかできないのに…… あ、だから賢者の石が必要なのね」
ローティアはギルドでの出来事を思い出した。どこからか力を手繰り寄せ、身体能力を向上させるためには理論の域を超えた技術が必要だ。
「自慢をするつもりはないが、記憶が途絶える直前でも私は施設のそこそこな地位にいた。研究者らに危険が及ばないよう手配したり、色々なところに働きかけて成果も悪くないようにしてきた」
自身が戦争の一端を担っていたと気が付きつつも、そこで働く人々をも助けたかったというレリジンの気持ちもわからなくはない。マルゾコたちは顔を曇らせて語る兄弟子が不憫でならなかった。
「だからこそ、私が邪魔だったんだろう。賢者の石の材料と口封じ。そこからの記憶は今ここに繋がっている」
結局、明確に
「ノイビートさんが巻き込まれたのも、その流れかもしれないな」
Δ
数日後。
それは外から来た冒険者がギルドにあることを報告したことで始まった。
「プルクちゃん、聞いたかい?」
「は、なにをですカ?」
開店とほぼ同時、常連の中堅冒険者がやってきてプルクを捕まえた。
プルクと話したいがためにいつもの与太話をしに来たのかと思ったが、その表情は普段と違って渋いものだった。
「昨日、東の方から荷物の護衛で商隊馬車に乗ってきた同業者がいたんだけどさ。どうもそいつらが通過したすぐ後で関所が封鎖されたらしいんだ」
「東と言うと、港町ダーラウから来られたということデショウか」
ケルダールの東には、南北に長いベラスケス山脈がある。それを越えてしまうと別の国になるため関所が設けられている。しかしそこはザナス領ではなく、さらに南にあるランダリシカ共和国のものである。国の歴史としてもランダリシカの方が長いため、関所の交通料や管理はランダリシカが行っている。
「そうそう。だけどさ、関所を閉鎖した兵の紋章が、ザナスのものだったらしい」
「……ホウ、情報感謝しまス。フェクタさン、少し空けます」
プルクは開店準備をフェクタに任せ、奥に居るマルゾコたちにその事を伝えた。
「主」
「あれ、プルク。どうした?」
「常連さんから情報でス。東の関所をザナスが占拠しましタ」
「……はあ?」
マルゾコは「なんだそりゃ」と言いたげに返事を返した。
もちろんマルゾコ自身もそれが前例のないイレギュラーな事象であることは百も承知なのだが、それが今後どうつながるのかが全く分からなかった。
「気になる、けどどう対処すべきかは全く見えてこないな……」
「店長さんよ、どうかしたか?」
そこへ、またしても無理やり買わされた素材の買い取り査定に来ていたマーラントがマルゾコに話しかけた。
「お、いやね実は東の関所の話を聞いてね」
「あー、ギルドでも噂になってるよ。ザナスが性懲りもなく戦争を始めるかもってんでさ」
それを聞いたマルゾコは、フラスコを紫に染めてマーラントに詰め寄った。
「そりゃ、どういうことだ?」
「い、いやさ。最近あの国戦争に負けたってのにずっとピリピリしてるだろ? この間も山間で軍装の集団を見たって言うし、先日もギルドの襲撃があった所だし……」
「だからって、また戦争を始めるとは……」
そこでマルゾコはある事を思い出した。
いつも、この時期になると様々な理由でアリセルナ王女の手を借りて時の楔へと時間を戻し、何度も同じ時間をやり直している。
その多くは『大鐘楼の暴走』だ。
地下の巨大な賢者の石が、その制御を越えてエーテルを放出するせいで街の人々へきちんと還元されないまま滅んでしまう。
最近まではザナスと地下の賢者の石を結び付ける要素がほぼなかったが、今は違う。
「もしかして、今までの失敗はこれを見逃していた……」
「心配なら、依頼すればいいんじゃね?」
マーラントがあっけらかんと言う。
「依頼? 誰に? どうやって? そんな、ふわっとした理由で危険な依頼を受けてくれるような人なんか、知り合いにいないぞ」
マルゾコは少し自嘲気味にこぼす。例え冒険者相手とはいえ、そこまで骨を折ってくれる人間は知り合いにいない。
「店長ぉ、俺の仕事は何だよ」
「冒険者だろ?」
「冒険者はどうやって仕事するんだ?」
「そりゃ、ギルドからの依頼……」
マルゾコは、基本的なことを考えていなかった。
「そうか! ギルドに調査依頼を俺がかければいいのか!!」
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