第20話 最後の観測者

「どうしても、それがいるんだよ! ちょっとでいいから!」

「だめだ、だめだ! そういってお前はギルドの備品をちょろまかしてるのは知ってるんだぞ!」


 少年がギルドの受付で何やら押し問答をしているのを見つけた女性は、興味本位で近くに寄ってみた。


「お願いだって! 友達が苦しんでるんだ! ちゃんと返しに来るから! 『ミスリステン』貸してよ!」

「……少年、ミスリステンを何に使うのかね?」


 女性は、思わず口をはさんだ。


「友達が、霊素枯渇症なんだ。定期的に霊素エーテルを循環させる外部機関として必要なんだ」

「お客さん、あまり関わらない方がいいですよ。そいつはよくギルドの備品を盗む常習犯なんですから」


 ふむ、と女性は一瞬少年を見据えた。


「少々錬金術に詳しいようだが、どこで?」

「自分で、見て覚えた」


 女性は直感した。

 彼が口にした病気や、必要な道具の見極め。そして脅威の学習力を女性は少し信じたくなった。


「受付のかた、ミスリステンは実際あるのですか?」


 女性は胸元から身分証ギルドカードを取り出し、見せながら受付に質問した。


「ええ、ありま…… はっ!? ぜ、ゼロ級!?」


 受付は一級を超えるカードの持ち主に驚きながらも大急ぎで奥へ引っ込んだ。少し待つと先ほどとは違う人が奇妙な箱をカウンターに置き、それを女性に差し出した。


「お、お待たせしました。こちらに」


 カウンターに置かれた箱は一見するとただの小綺麗な箱なのだが、女性はそれを見て奇妙な顔をしてみせた。


「これに、ミスリステンが?」


 ギルドの人が箱を開けると、そこには手のひらにすっぽり入る懐中時計が入っていた。


「あれ? おかしいな。なんでこんな古臭い時計が……?」

「あ、いや。これを借りてもいいですかね?」

「え、ええ。それでいいなら」

「少年、その友達のところに案内してくれるかい?」

 少年は力強く頷いた。

「……おかしいな、確かに入ってたのに。まさかあの小僧が入れ替えたか?」



   Δ



 太陽が東の山間から顔を覗かせ大地に一筋の光が伸びる頃、ケルダールの東の門に馬に乗った一人の男がやってきた。


「ようこそ、ケルダールへ」


 二人いるうち片方の門番が軽く挨拶をすると、男は馬から降りずに一言伝えた。


「街の代表に話を通したい」


 門番はお互い顔を見合わせ、首を傾げた。


「何の用かな? 特に誰かが治めているわけではないからある程度顔が広い人を呼ぶことになるけど」


 すると、男は突然剣を抜き門番の首元に突き付けた。


「ひっ!!」

「街の存亡を判断できる人間なら、それでいい」

「わ、わかった! 冒険者ギルドのマスターを呼んでくる!」


 門番は伝言を素早く冒険者ギルドへと流した。


「……ふん」


 男は剣を引き、数歩下がって到着を待った。

 だが、ギルドマスターは思いのほか早く門へ到着した。


「私がここの冒険者ギルドを治めているヴァルカレンだ」

「……早い到着な」

「物々しい動きをしている国が近くにあると報告があってね。いつでも動けるようにしていただけだ」


 壮年の風体をしたやや筋肉質のヴァルカレンは真っ赤な鎧とマントを羽織り、腰に差した青白い刀身の細身剣レイピアを抜いて来訪者へ向けて闘志をむき出しにした。


「そちらも、早い到着だな」

「……簡潔に申し上げる。我らはザナスの先行隊。ケルダールの先にあるアリアントへ攻め入るためこの街の財産を八割献上せよ。さらに街を攻撃の拠点として軍を駐留させる。拒否すれば女子供関係なく命の保証はない。返答の猶予は今から……」

「断る!」


 ヴァルカレンは早々に相手の宣戦布告を打ち切った。


「残念だがこれ以上の侵略はできぬものと思え。とっとと国へ帰るんだな」

「なら、あなたの首を持って宣戦布告の狼煙を上げましょうか!!」


 男は馬から飛び降りると、馬の早駆けよりも早くヴァルカレンに飛びかかった。

 距離を詰める男の振り上げた腕が肥大化し、男の腰ほどもある太い腕が慣性をもって襲い掛かった。


「ふん!」


 ヴァルカレンはそれを細身剣で難なく受け止める。まるで蝶を刺すかのように。


「何っ!?」

「若造、もう少し世間を知った方がいいぞ」


 男は乗り捨てた馬のいる所まで大きく飛びすさり、距離を取ったのちその腕を真横に切る。

 直後、彼の背後の森から赤い狼煙がカン高い音を立てつつ空へと上がった。



   Δ



 パァン! と耳をつんざく音が工房にも響いたころ。


「私が、アデスさま、だト?」

「確かな証拠はない。けど、レリジンと話していて気が付いたの。あなたの中にある深紅結晶…… そこには、師匠の記憶があるはずだって」

「あっ、錬成過程!」


 マルゾコもローティアが言わんとしていることに気が付いた。

 深紅結晶を錬成する最後の材料…… マルゾコは自身が成功させることができなかったのは『記憶触媒』が含まれなかったことに気が付いたのだ。


「教えて、師匠。そうしてまで何の記憶をボートレスに渡したかったのか。何を伝えるために、彼に深紅結晶を託したのか。それを今の今まで隠ぺいしたってことは、この状況すら、あなたは知っていたのではないですか?」


 すう、とプルクの表情が消える。

 瞼がゆっくりと落ち、その速度の倍の時間をかけて再び開いたとき、その瞳は先ほどとは全く違う鈍い光が宿っていた。


「正確には、違う」

「!!??」


 プルクの口から、彼女のものではない声が紡がれる。


「待つ必要があった」

「何を!?」

「ひとりはフラスコの外側から。世界を俯瞰する者の存在を」


 プルクはマルゾコを眼球だけ動かして視線を向ける。


「きっかけを見つけるだけではなく、根本的解決を目指すには全体の把握が必要だった。それにはくさびを打つ必要があったのだ」

「!!」


 その言葉に、マルゾコは心当たりがあった。


「この、今いるこの時間では、俺は既に『登録されている』状態だった。ってことは、……戻って、きた?」

「ひとりはそれに対を成す存在。ともに楔を持ち、着かず離れず見守るものの存在を」

「共に?」


 ローティアは今一つ理解ができなかったが、マルゾコはそれにも心当たりがあった。

「……エンリーナ?」

「しかし、この二つの観測者は共にお互いを干渉できない。延々と同じ距離を保ちながら時間の流れを織り進む螺旋のように、交わることはない」

「そう、か。つまりここで師匠が出てこられたと言うことは」


 レリジンも何かを悟ったようだが、プルクはそれにかまうことなく続けた。


「第三の、観測者…… 二人を繋ぐ、二人を同時に観測できるものに























 今、繋がって読まれている。




















 もうすぐ辿り着く。その観測者が望んだ未来のその先に」


 ローティアは生唾を飲み込む。プルクの瞳に宿る怪しげな光に飲み込まれそうになるのを警戒しつつ、徐々に騒がしくなる外の様子に耳を傾けていた。


「ザナスが攻めてきたみたいよ」

ここケルダールは負ける。今までそうだった」


 無感情に並べられたその言葉に、マルゾコは異常に反応する。


「それだけはさせない!」

「む、ボートレス! 待て!」


 急いで立ち上がり追いかけようとしたレリジンだが、中途半端に治療された目ではしっかりとマルゾコを捉える事ができずその場で躓きそうになる。


「きゃっ! っと、大丈夫ですか?」


 あわや壁に激突しそうになるのをたまたま通りがかったフェクタが抱きかかえた。


「店長さんも出ていきましたけど、外も騒がしいし…… なんかあったんでしょうか?」


 フェクタはふと窓の外を見た。そこから見える範囲からでも見えるほど、既にあちこちから火の手が上がっていた。



   Δ



 ギルドマスターがした返事の速度は伊達ではなかった。

 収集した情報をもとにザナスが攻めてくるであろう日程を逆算し、冒険者たちに招集を募っていたのだ。


 そもそもの情報収集の依頼を出したのがマルゾコだという話を受けてかその招集には多くのギルドメンバーが集まり、マスター権限の効果もあってか星七以上のギルドが十組以上も集まり、最終二百人以上の動員が可能になった。その冒険者たちが街をザナスから守るために、今まさに襲い来るザナス兵と火花を散らしている。


 これは、異常な事態である。


 本来冒険者は、国と関係を悪くするような依頼は受けたがらない。まして、命が軽くなりがちな戦争に何らかの形で参加すること自体、まず無いことなのだ。


「なんでだろうな、それでもマルゾコさんなら信じてもいい気がする」

「この街を蹂躙されるのは気に食わねぇ!」

「お前、見たことあるぞ! こないだうちのギルドの備品壊したやつだろ!」


 ギルドメンバーは各々の感情のまま戦っている。

 マルゾコは何故かそれが無性に嬉しかった。

 だからこそ、目の前の男がしたことを心の底から許すことができなかった。


「……フォルザ!!」


 大通りの真ん中で空間にエーテルを展開していた男は、その手を止めてマルゾコに向き直った。


「誰かな? 私の尊大な名前を道端の草花のように言い放つ木っ端は」


 マルゾコは彼が記している構築式に見覚えがあった。


「やっぱり、この街の住人をエーテル還元しようとしていたのは、あなただったのか」


 それを聞いたフォルザは、到底人とは思えない笑顔で顔面を歪ませた。


「君、ただの錬金術師じゃないね」

「兵を退け! ここは俺たちの街だ!」

「くっくっく…… たかが混じり物のエーテル体で何ができる!?」


 もともと、錬金術師は戦闘に向かない職業である。

 戦士が使う剣、聖騎士が使う盾。それらに強化の構築式を刻み込んだり事前準備に策を講じるのが一般的な役割である。


 だからこそ、彼らは自動人形ゴーレム人造人間ホムンクルスを創り出し、戦闘に備える。

 それすらできない場合、錬金術師は周りの物質に頼るほかなくなる。

 周囲の空気を操作する、温度を導く、摩擦で電気を生み出す、重力方向を捻じ曲げる……


 だが、フォルザはそれすらしなかった。

 身に着けていた外套を外して放り投げると、むき出しになった両肩を反対の手で掴み、エーテルを注入した。


「ぐぅぉぉおおおおあああーーっ!!!」


 獣のような嘶きを上げると、その両腕に爬虫類のような鱗が浮かび上がり、さらにその皮下には隆々とした筋肉が脈打ち血液が打ち込まれた。


「人造人間!?」

「そんな低レベルな錬金術と一緒にしないでいただきたい」


 その顔は、恍惚とした表情を浮かべていた。


「もう少しで完成するんですよ…… かつて世界のどこかにいたという幻の聖獣『ドラゴン』が再び大空を舞う時が!!」


 両手で強く握りこぶしを作り、その握力を感じつつ悦に入る。


「……わかる。未知の力を取り戻したり、新たな発見の快感は何物にも代えがたい」

「さすがですね。それが分かる錬金術師はそういない…… おや?」


 フォルザの左目が光る。


「そのエーテル粒子…… 君はボートレスかな?」


 マルゾコは否定も肯定もしなかった。

 ただ、周囲に先ほどよりも広く強くエーテルを纏わせ、フォルザの攻撃に備えた。


「けど、他人を足蹴にしてまでしていい研究なんてあってたまるか!!」


 マルゾコは周囲の空気を激しくこすり合わせた。瞬間的にあたりの気温が上昇し、同時に酸素が一時的に薄くなる。

 爆発に似た轟音が鳴り響いたが、中心にいたフォルザはびくともしていない。


「すごいな。見事なエーテル操作だ。一介の魔法使いでもこれほど繊細な魔法を紡ぐには相当な訓練が必要だよ」


 フラスコの中が青く曇る。


(なんだ、体が重いぞ?)

「だけどね、そろそろ『返して』もらわないと」


 そう言うとフォルザは展開していた構築式に向き直り、新たな文章を書き記していく。


「あれは!」


 マルゾコはその文章を見たことがあった。いや、何度も紐解いたエーテル構文だ。


「さあ、わが元へ戻りたまえ。『ケルダールの賢者の石』よ」


 命令プログラムが起動する。


(まずい!)


 しかし、その瞬間マルゾコの視界に激しいノイズが走った。


「う、く!?」


 あまりの激しさに立っていられなくなり、膝をつくとそのまま倒れてしまった。立ち上がろうにもエーテルが人形の身体に馴染まず、ただガタガタ震えるだけで動こうとはしない。


「あ、ああ、あぁ……」

(まさか、俺の身体とエーテルの接続が、切れ――)


 そして、完全に視界は途切れてしまった。

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