第30話 決戦 後編

「白鳥……先輩」


 俺は5メートル先に立つ白鳥先輩を見据えた。

 ノースリーブの白色の縦ニットに紫色のロングスカート。ーー初めて見た時と同じ色合いの格好だった。


 さっきまでうるさいほど鳴いていた蝉の声は、白鳥先輩を見た瞬間聞こえなくなった。


 これも彼女が起こしたものなのだろうか。


 俺たちは無音のまま互いに見つめ合った。


「どうしたの、新藤君。あなたが呼び出したのに、あなたが話さなきゃ話が始まらないわ」


 白鳥先輩は蠱惑的なーーともすれば凍てつくようなーー眼差しを俺に向けた。


 ここで俺が変態病の話をすれば、すべてが終わる。

 この1年半に及ぶ俺の恋愛が終わる。


 散々自問自答を繰り返してきた。

 これでいいのか。

 この結末を望んでいたのか。


 出した答えは、前に進むことだった。


 俺は拳を固く握って口を開いた。


「白鳥先輩、俺は……もう、あなたを追うことを辞めます」


 白鳥先輩は俺の発言を受けてニタリと口元を歪ませた。


「そう。あなたはそれでいいのね」


 俺は背中に氷柱が刺さったように全身が凍りついた。


 それでいいのね、じゃない。そんなことができるのね、だ。


 白鳥先輩は自身の変態病には誰も逆らえないと思っている。

 俺だって、簡単に逆らえるなんて思ってない。けどーーここで退いたら一生いいなりだ。俺はまともな恋愛をするって決めたんだ!


「俺はもう騙されない。白鳥先輩は自分の力を悪いように使っている。……俺はそんな白鳥先輩はいやだ」

「あら、そんな新藤君は悪いことをしていないと思っているの? あなたも女の子をたぶらかしているじゃない」

「違う! 俺はちゃんと断っている。なあなあにしたら彼女たちに悪いと思っているからハッキリと突っぱねてるんだ! けど白鳥先輩は……自身に寄せられる好意を利用している。決定的に違うんです」


 白鳥先輩の表情がわずかに曇る。

 別に俺は白鳥先輩を説き伏せたいわけじゃない。ただ呪縛を解きたいだけだ。

 徐々に俺に絡まった蔦が解けていく。


「……それのなにが悪いのかしら。私の変態病は後天的なものよ。今まで私はなにも得られなかった、だからそれを挽回しようとしているだけよ! なにが……なにが悪いっていうの!」


 これまでの白鳥先輩とは違う、本心の叫びを感じた。

 ああ、白鳥先輩も、ずっと悩んでいたんだ。

 俺と、同じだ。


「じゃあ、これからまた再構築すればいい。変態病なんかに頼らずに。白鳥先輩は変態病にただ逃げていただけだ。……俺は信じてます。白鳥先輩が変態病を克服することを」

「う……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」


 白鳥先輩は俺の横を走っていった。


 追いかけることはしない。

 後はもう、白鳥先輩次第だから。


 俺を縛り付けていた蔦は、すべて切り裂かれ消失した。

 

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