第26話 第3回淫魔会議 〜アナザーサイド〜

「ねー森セン、なんでアラポンにあたしたちのこと教えたの? 言う必要なくない?」


 もはや森永の部屋といっても過言ではない進路指導室。インマーズのメンバーが入るや否や、曽根崎が椅子にドカッと座って口を開いた。


 森永はいつの間にかあだ名で呼ばれるようになったことに思わないところがないわけでもなかったが、野望のためにグッと堪えた。


「これは私たちインマーズにとって必要なことなのよ」


 森永は全員が着席したことを確認して机に紙ファイルを広げた。

 そこには新藤と白鳥についての情報が事細かに刻まれている。


「すごい! これ全部森永先生の手書き?」


 燈がファイルを手に取ってマジマジと読んだ。


「そうよ。学校のパソコンじゃこんなの作れないからね。コソコソ隠れて作っていたの」


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 新藤を手に入れることが容易ではないことをいち早く悟った森永は情報収集に走っていた。

 

「でも、これとさっきの行動になんの関係が……」

「ここを見なさい」


 舞の言葉を制して紙ファイルの一部分を指差した。


「いい? 新藤君は白鳥さんのことが大好き。それはもう異常なくらいにね」

「そんなの知ってるよー、アラポン、縦ニットでロングスカートのせーそな女の子が好きなんだから」

「そう、ということは私たちが白鳥さんと対立する話を聞いたら、きっと彼は白鳥さんの元に行くわ。そこで白鳥さんの悪ーいところをひけらかしに行くの」


 森永はそう言って白鳥のプロフィールのページを開いた。

 身長、体重、バストサイズ、それから彼女の趣味嗜好まで事細かに書かれている。


「なにこれ」


 曽根崎は文章を読んでもイマイチ理解できていない。

 なんでこんなアホの子なんだろうと涙の出る思いだったが、今回の作戦には数が必要だった。


「彼女……白鳥響子には強烈な魅力があるの。大半の人たちは自覚のないまま彼女のことを好きになる。いえ、崇拝と言ってもいいかも知れないわね。原理はわからないけれど、そんなオーラを放っているみたいなの。だからそこから新藤君を解放する必要がある」


 森永は話を区切って全員の顔を見渡した。


「そこで、新藤君が白鳥さんに危機を伝えに行ったところであなたたちが新藤君に最大限のお色気をする。そうすれば白鳥さんは興醒めするかも知れない。そして最後に私が出てきて白鳥さんの隠された秘密を明かす。そうすれば新藤君も夢から覚めるはずよ」

「森セン話ながーい。全然意味分かんなーい」


 曽根崎はギブアップというように体を机に預けた。


「ほんとほんと、何言ってるかよく分かんないよね」

「……そんなことでなんとかなるなら、新藤さんはとっくに私と寝食をともにしています」


 燈と舞も森永の話を懐疑的に聞いていた。

 

「そ、そうかしら? とってもいい作戦だと思ったのだけれど……」


 先ほどまでの張り詰めた空気が一変し、弛緩した空気が流れ始めた。

 曽根崎にいたっては鼻ちょうちんまで作っている。


「あ、あれ……み、みんなどうしたのかしら……?」


 分かりやすいくらい動揺して噛み噛みになる森永。


 ――彼女は、ぶっ飛んだ考えをしているとはいえ大人である、と周囲からは思われているが、その実おっちょこちょいのすっとこどっこいだった。


 冷徹なようで詰めが甘く、これまでの人生も最後の一手を誤り失敗することがたくさんあった。


 今回も、あまりにもおざなりな作戦で、仮に実行していたとしても成功しない。


 当然、そんな彼女が誰かを従えられるはずもなく――


「なーんかよく分からないから、あたしやめるね」

 

 曽根崎が大きなあくびをして立ち上がった。

 次いで燈、舞も立ち上がって曾根崎についていく。


「ま、待って、みんな――」

「やっぱり小手先じゃなくてどーんとぶつからなきゃだよ、先生」

「……お先に失礼します」


 ガラガラピシャン。


 扉は無情にも閉められ、森永は一人取り残された。


「う……うう、なんでいつもこうなるのよー! 受験の時も面接の時も初めての彼氏とのエッチな時も、みんなみーんな失敗するぅ!」


 森永は地団駄を踏んで力一杯叫んだが、反応は返ってこない。


「いいもん、それでも新藤君や白鳥さんの情報を持っていることに変わりはないんだから。……それに、策を弄しても新藤君はなびかないものね。なら、私もこれまで以上にぶつかっていくわ!」


 森永は目尻の涙を拭いて再起を誓った。


 ――インマーズは、たったの2日で解散となった。

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