第21話 尾行大作戦 前編

 ミンミンゼミの鳴き声が耳をつんざく。窓から日光が容赦なく差し込んでいた。

 俺は薄い道徳の教科書をうちわがわりにして、一時限目が始まるのを待っていた。


「あっちぃぃぃぃぃ。なあ、深山、なんか涼しくなるものないか?」


 前の席に座る深山に話しかける。

 クルッと後ろを振り向いた深山は首からハンディファンをぶら下げていた。

 フワーッと柔らかい風が深山の髪の毛をなびかせている。


「あー! ずるいぞ!」

「ずるいってなんだよ。文明の利器を活用してなにが悪い。涼しいぃぃ」


 深山はこれ見よがしに自分の顔に風を送って涼む。

 くそう。こちとら暑い上に機嫌もよくないってのに。


「じゃあそれ貸さなくてもいいから相談させてくれ」

「相談? なんだよいきなり」

「俺の相談ごとなんて白鳥先輩に関わること以外ないだろ」


 最後に白鳥先輩と会話したのは深山とショッピングセンターに行った時。実に35日が経過していた。


 もう7月が始まろうとしているのに、一向に距離が縮まらない。どころか少し離れていってる気がする。


 白鳥先輩が卒業するまで8ヶ月。もう一刻の猶予もない。卒業してしまえば大学のチャラチャラした男たちに貪り食われてしまう……! そうすれば俺の背骨がバラバラに砕け散って自立することが二度とできなくなるだろう。


「なあ新藤、その相談に乗る前の話なんだけどさ」


 深山は急に真面目な顔になって言った。


「な、なんだよ、さっきまでおちゃらけてたってのに」

「いや、俺もなんで今まで気付かなかったのかなーっていうことでさ」

「もったいぶらずに言えって」

「その…………白鳥先輩って、彼氏いないのか?」


 ――急に世界がモノクロになった。

 ノイズがそこら中に走り、締め付けられるような頭痛に襲われた。

 

 バカな……白鳥先輩に彼氏がいるだと?

 手を繋いだりキスをしたりおっぱい触られたりする相手がいるだと?

 あの縦ニットとロングスカートを剥がす不埒な輩がいるだと?

 そんなことはこの俺が容認しない!

 絶対、絶対、絶対にだ!


「そんな……いるわけないだろ」

「いるわけないってのも白鳥先輩に失礼だけどな。……夏休み前に確かめたほうがいいかもしれないな。夏休みはアタックの大チャンス。それで彼氏がいるってなったら大幅に予定変更しないといけなくなるぞ」


 冷静に話す深山。

 とても白鳥先輩の前で石化したとは思えないな。


 徐々に視界に色が戻ってくる。

 深山のおかげでどうやら俺自身も冷静になってきたらしい。

 受け止められない現実だが、受け止めなければ前には進めない


「たしかに、深山の言う通り……だな」

「だろ?」

「なんかほんともう……お前っていいやつだな」

「いいやつって言うな。俺の負けフラグが立つだろ」


 そう言いながら深山は俺の頭に拳を押し付けた。

 

 負けフラグもなにも、お前にはまずフラグが立たないんだけどな。

 まあいい、これで今の俺がやるべきことが明確になった。


「尾けるぞ、深山」

「え……? マジで?」

「マジでもなにも、それ以外に白鳥先輩に彼氏がいるかどうか確かめる方法ないだろ」

「でもそれってお前がやったらただのストーカーなんじゃ……」


 深山はやや体をのけぞらせて言った。

 

 ……なに引いてんだよ。それしかないだろ。

 逆に他の探る方法なんて、白鳥先輩と仲のいい女の子に話を聞くぐらいだけど、超絶警戒されている俺にできるはずもない。後、外堀を埋めようとする行動がダサい気がする。


「今日だけだから大丈夫だ! それにバレなきゃいいんだから。なにを隠そう、俺は忍法の達人だぞ」

「……俺はお前の忍法とやらが役立つ瞬間を見たことがないんだけどな……」


 そう言いつつも俺の言うことに納得してくれる。

 やっぱりいいやつだ。


「じゃあ、今日の放課後、一緒に白鳥先輩の全貌を解明するぞ!」


 俺が勢いよく手を上げるのと同時に、始業の鐘が鳴った。

 

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