第19話 サボタージュ 後編

 襟首を掴まれながら辿り着いた先は、ゲーセンだった。


「なあ、燈、こんな朝っぱらからゲーセンに入ったら補導されちゃうんじゃないか?」

「大丈夫! あたしたち、私服だから!」


 燈はバッと両手を広げて服装を見せびらかした。

 ……その超絶ミニスカは別の意味で警察に捕まりそうだけどな。


 ただ、駅前のゲーセンということもあって、平日の朝とはいえ人は少なくない。きっとシフト制のような仕事をしている人たちが休みなのだろう。


「まあ、俺たちが露骨に目立つということはないか」


 白鳥先輩を一目見るという今日のミッションは果たされずに終わりそうだけど、一応幼馴染からの頼みだし、たまには聞いてやらないとバチが当たる……か。


「よーし、それじゃあまずは格ゲーからやろー! あたし1Pね!」


 燈はいきなり4階まで駆け上がって言った。


「か、格ゲー? なんかもっとこう、クレーンゲームみたいな2人で楽しむようなやつじゃなくて?」

「これも2人で楽しむやつじゃん」

「いや、そうなんだけど……」


 そこで俺は口ごもった。

 たしかに燈の言う通り、格ゲーは2人遊ぶものだ。コンピューター戦もあるが、その真価は対人戦にて発揮される。


 だからこそ、白熱しすぎてリアルでの殴り合いに発展してしまうことも少なくない。厳しいゲームなのだ。


「早く早くー」


 燈は既に1P側に座って100円を投入していた。

 仕方ない、あまり気は進まないけど……。


 俺は2P側に座り、燈に合わせて100円を投入した。


 ◇


「みゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 新のバカァァァァァァァァァァ!!!」


 自身が高校生であることも、公衆の面前であることも、超絶ミニスカを履いていることもすべて忘れて、燈は床に寝転がって大の字で両手両足をジタバタとさせていた。まるで釣り上げた直後の魚みたいだ。


 ――やりたくない理由は明確だった。

 俺は格ゲー自体かなりのやり込みをしていたし、燈が選んだ格ゲーのタイトルは運悪く一番やりこんでいるものだった。

 つまり、俺が負ける道理などなかったわけだ。かといって手加減なんて俺の矜持が許さない。


 俺は椅子に座りながらジタバタする燈を見ていた。彼女の姿は20連敗したものの末路だった。


「ほら、そろそら起きろって、いろんな人にパンツ見られてるぞ」


 俺の一言でガバッと立ち上がる燈。

 わずかだがスカートの丈を長くした。


「新以外見ちゃダメ!」

「俺も見ねーわ!」


 俺の興味は白鳥先輩だけ!

 こんな淫魔のパンツに興味あるか!


「……なー、もういい充分楽しんだだろ?」


 俺たちはベンチに座って自販機のアイスを口にしていた。(というより奢らされた)


 長いことゲームをしていた気がするけど、まだお昼少し過ぎたくらいだった。

 ……さぼりこえぇ。


「むぅ……そんな酷いこと言わなくてもいいじゃん。あたしはただ、新と2人きりの時間が欲しかったの!」


 筐体の音や店内のスピーカーから流れる音楽で聞こえにくかったが、2人きりの時間が欲しいという声だけは聞こえた。


「燈……」

「新はなにが不満なの!? 新と1番長い付き合いなのはあたしなのに……白鳥先輩だっけ? いつまであんな女の尻を追っかけるの!」


 燈はそうやって叫ぶと、アイスを一息で食べ終えて俺に顔を寄せた。

 鼻先と鼻先が擦れる距離に体が硬直してしまった。


「そ、そんなこと言われても……俺にも好みというものがあってだな……」

「こんな献身的な彼女いないよ? 白鳥先輩が新になにかしてくれたことあるの? 少しでも新の思いに寄り添ってくれた行動をしてくれたことある?」


 燈の言葉に俺は思わず考えさせられた。

 たしかに、白鳥先輩からなにかしてもらったことなんてない。まあ、本来ならそういうところから好きになるんだろうけど、俺は縦ニットにロングスカートという格好が世界で一番似合うという理由で好きになったから、彼女との交わりは皆無と言っていい。


 それでも――俺の魂が叫んでいるんだ。

 白鳥響子を愛している、と。

 それがどれだけ異常なことなのか、俺だって分かってる。けど、異常に異常を重ね合わせた俺には白鳥先輩しか目に入らないんだ!


「燈……!」

「なーんてね、別にいいよ。今の新が誰を好きになっていたとしても、最終的に新の愛をいただくのはあたしだから」


 燈は凄い剣幕から一転、口角を上げるとパッと立ち上がってアイスの棒をゴミ箱に放り投げた。


「あ、でもデート中に他の女の子のこと考えた罰として、一緒にプリクラを撮ってもらいます!」

「……分かったよ」


 俺は素直に返答した。

 なんだか肩透かし感があって疲れてしまった。

 

 けど……冗談でも燈の言葉は釣り針のように俺の心の中に深く突き刺さり、抜けることがなかった。


「ほんと、気を付けてよね……」


 燈がボソッと言ったが、なんのことか俺にはサッパリ分からず、俺たちは晴れて(?)プリクラを撮った。

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