第18話 サボタージュ 前編

「今日という今日は逃さないよー!」


 燈が相も変わらず朝から猛烈な勢いで追いかけてくる。

 あいつのせいで俺の家の前のアスファルトがえらく削れてんだぞ。

 ギャグ漫画のように土埃をあげて迫ってきた。


「毎日毎日、どいつもこいつも飽きもせず……! 中間テストで超絶悪い点数とっちまって絶賛傷心中なんだから優しくしろー!」


 負けじとでかい声を出して学校に向かって走る。


 1週間前にあったテストの結果は散々なものだった。そして前日ウンコをしていた深山はなぜかトップ3に入っていた。

 世の中不公平だ。


「もう、優しくされたいのはこっちよー!」

「なんでだよ!」

「だって……家を追い出されたんだもん」

「え?」


 全力疾走していた足が止まる。

 燈が家を追い出されただって? 俺は何度も燈の母親を見ているけど、喧嘩しているところなんか見たこともない。そんなものとは無縁な生活を送っているとばかり思っていた。

 

「話……聞いてくれる?」


 追いついてきた燈は俺の手を握って言った。

 ……その前に、風に巻かれなくても見えるその超絶ミニスカをなんとかしてほしい。鷹井先輩が一番キレてた理由はそれだぞ。


 突っ込みたい気持ちは山々だったが、目に涙を浮かべている燈を前にしてはなにも言えず、ただ頷くしかなかった。


 ◇


「……なるほどね、テストの点について大喧嘩したと」


 通学路を歩きながら事の顛末を聞いた。

 どうも、中間テストの点数がとても酷く、そのことを母親に追求された燈が逆ギレをかまして家から飛び出た、とのことだった。


 燈は鼻水をすすって、時折目尻から涙が溢れていた。


「って! 俺にはものすごく自業自得にしか聞こえないんだが!? つーか追い出されたんじゃなくて家出だそれは! なに悲劇のヒロイン感出してんの!?」

「……バレちった」


 燈は手提げ鞄からティッシュを取り出して鼻水と涙を拭き取った。

 

「まあまあ、経緯はともかく、今夜は新の家に泊めさせて」

「こういう場合、経緯が一番大事なんだよ」


 と、正論をかましてみたものの、淫魔に正論など通じない。特に淫魔として古株である燈にはもっとも通じないだろう。


 ……ほら、すげぇむつけた顔してやがる。

 そのまま空に飛んでいきそうな勢いで口に空気が詰め込まれてるな。


 こんな時は、必殺【折衷両案】!

 俺の一番好きな言葉だ。


「分かった分かった。んじゃあ今日の放課後遊ぶか?」

「え、デート!?」


 燈はプシューッと口から空気を抜いて目をまん丸にした。


「まあ、捉え方はどうだっていいけど……」

「行く! 絶対行く! 死んでも行く!」


 鼻先を擦り合わせる勢いで燈が迫ってきた。


 ……バカめ、俺の好きな言葉は折衷両案。

 お前にだけ得をさせるはずあるまい。

 お前を踏み台にして、白鳥先輩にアップデートした俺のデートプランをお見せするのだ!


「……あ!」


 自分の天才的な計画にニヤニヤしていると、急に燈が叫んだ。


「なんだよいきなり」

「放課後なんてまだるっこしいことしてちゃダメだよ。他の人に新を誑かされちゃう」

「おい、まさか……」


 いやーな予感がする。

 俺は早歩きで学校に向かおうとするが、Tシャツの襟首をガッシリと掴まれた。


「うげっ!」

「どこ行くの、まだ話終わってないよ」

「終わってなくても分かる! 学校サボって遊ぼうって言うんだろ? ノーだ! わずかでも白鳥先輩を見たいんだ!」


 俺の魂の叫びが通学路に木霊する。

 中には同じクラスの人が振り向いたりしているが、いつものことかとまったく助けるそぶりを見せない。

 

 ……俺が楽しんでいるように見えるのか!?


「だからダメって言ってるの! 新はあたしだけ見てればいいのー!」

「わっ! やめろ! 鷹井先輩に簀巻きにされたの忘れたのか!? ……ってかおっぱい! おっぱい当たってるてぇー!」


 こうして俺は燈に引きずられて街へと吸い込まれていった。

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