第17話 兄が失踪!? 後編

「まず、明日テストだし勉強してる可能性もあるから、図書室に行こうか」


 新藤自身早く帰りたいため、早足で2階の図書室に向かう。

 

「勉強なら家出すればいいですし、連絡を無視して、一緒に帰る約束を破ってまでやることとは思えません」

「うぐっ」


 それはたしかに舞ちゃんの言う通りだ。

 あいつが約束をすっぽかすわけがない。ましてや溺愛してる妹との約束だ。


 なにか異常事態が起きているとみていいだろう。

 ……考えれば考えるほど誘拐されたんじゃないかという気がしてくる。


「いや、まさか校内でそんなこと……あるはずないよな」


 独り言を呟いて図書室の扉を開ける。

 1週間前と変わらずシンとしていたが、見慣れない顔がいた。


「燈……?」


 こいつが勉強している姿なんて見たことがないぞ!

 だが、燈は澄ました顔をしてノートになにか書いていた。……信じられないが、本当に勉強しているようだ。


「……いいえ、新藤さん、よく見てください」


 なぜか臨戦体勢に入る舞ちゃん。

 

 言われた通りよく見る。

 じっくりと観察すると、わずかに首に横線が入っているのが見えた。


「ッ! 人形か!」

「あっちゃーバレちゃったか。そこの妹さんのせいなのかな!」


 またしても図書室だと言うのに大声を出してしまったと思ったが、姿を見せない燈も大声で話している上に、人形から強烈な発光が起きたせいで有耶無耶になった。


「……ッ!」


 目の前が一瞬で真っ白になる。まるでベタ塗りが一切ない漫画のようだ。


 意外にも騒ぎは起きない。

 おそらくみな自分の視界を取り戻すのに必死なんだろう。


 ……そう思った矢先、真っ白な視界の端になにかが映った。かと思えば、その物体は真っ直ぐこちらに向かってきて、脳天に強烈な衝撃を加えてきた。


「カ……ハッ!」


 まさか、こいつが誘拐犯……?

 そう思って顔を拝もうとしたが、意識が途切れるのが先だった。


 ◇


「痛ッ!」


 頭の痛みに耐えかねて俺は目を覚ました。

 薄ぼんやりとした視界の中、目に入るのは誘拐犯の顔……。


「って鷹井先輩!?」


 視界が一瞬で開けた。

 なんで竹刀を持った先輩がこんなところに? いや、竹刀を持っているのはいつものことか。


 周りを見渡し状況を把握する。

 綺麗にコの字型で並べられた机と正面に鎮座する鷹井先輩の机の上に【生徒会長】と書かれた立札が置いてあったことから、ここが生徒会室であることを理解した。


 両隣には今にも鷹井先輩に飛び掛かりそうな燈と舞ちゃんが簀巻きにされていた。2人ともいい乳をお持ちのせいで、妙に……というか大胆にエロく見える。食い込んではならないところに縄が食い込んじゃってもう……あらまあ。

 ……俺は一応危険じゃないとみなされているのか、特になんの縛りもない。なんか頭にでっかいタンコブできてるけど。


 とりあえず状況は察した。


「えーと、もしかして図書室に鷹井先輩、いました?」

「いた」

「それであまりにも騒がしくする生徒を制圧してここまで引きずってきたと」

「よく分かっているな。なら竹刀で頭をぶっ叩かれても仕方ないと理解できるな?」


 それは理解できましぇん。

 とでも言えば即座に2発目を叩き込まれそうなのでクワイエット。


「ちょっと、早く解放してよ!」

「そうです、こんな屈辱的なこと、新藤さん以外にされたくありません」


 燈と舞ちゃんが口々に文句を言う。

 なんか変なこと言ってた気がするけど、ここは突っ込まない。


「学校の風紀を乱し、あまつさえ図書室で乱闘騒ぎを起こすなんて信じられません。しばらくそこで反省しなさい」


 名は体を表すと言うが、鷹井先輩の目は本当に鷹のように鋭い。

 さすがの淫魔もこれには敵わないのか、しゅんとしょげてしまった。


「えーっと、じゃあ俺は簀巻きにもされていないし、帰ってもいいかな……?」

「駄目です! お兄ちゃんを探してくれるんじゃないんですか!?」


 ぐ、まさか舞ちゃんに引き留められるとは。

 スライド扉に手をかけるところまできたってのに……!


「ん……? なんだお前ら、深山政宗を探していたのか?」

「ええ、まあ……燈は違うけど」


 今度はこちらの事の次第を鷹井先輩に説明した。

 最初は怪訝そうな顔をしていたが、徐々に目線を上にして、話し終えたころには自身の手の平に拳をポンと打ち付けていた。


「それなら2階のトイレにいるんじゃないか? 30分前にちょうどトイレに入っていくところを見かけたぞ」

「そんなバカな、30分もトイレにいるはずがないでしょう」

「でも、重要な手がかりです。さあ、鷹井さん、この縄外してください」


 舞ちゃんは芋虫状態のままピョンピョンと飛び跳ねて訴えた。

 なにこの生物、ちょっと可愛い。


「分かった。まあ、そういう事情なら、特例として縄をほどいてやろう。……が、大笛燈、お前は駄目だ。しばらくそこで反省していろ」

「ええー! なん……」


 ガラガラピシャン!


 鷹井先輩は俺と舞ちゃんを外に出すと容赦なく扉を閉めた。

 おっかなすぎだろ、この生徒会長。


 畏怖の感情を抱きつつ、俺たち3人は2階に下りた。

 ほとんど誰も残っていない校舎内は静かなものであったが、どこからか「くぅぅぅぅぅ!」という声が聞こえてきた。


「な……今の声は!」


 俺たち3人は一斉に走り出した。

 そして、見てしまった――


「なんだよ、みんなお揃いで」


 先程歓喜の声を上げていた、トイレから姿を現した深山を。


「お兄ちゃん! 心配したんだよ! なんで連絡返さないの! 誘拐されちゃったかと思ったじゃん! わー!」


 俺が声をかける前に舞ちゃんが突っ込んでいった。

 ここまで取り乱す舞ちゃんを見たことがなかった。なんだかんだ言っても、やっぱり兄妹なんだな。


「なにしてたのお兄ちゃん!」

「え……いや……その……ウンコが長引いちまって……悪いな」


 ――想定していたこととはいえ、まさか本当にそうだとは思わないだろう。

 このウンコ野郎め。

 頭のたんこぶをどうしてくれるんだ。


「ほら、やはりトイレにいただろう?」

「え……ええ」


 そんなしたり顔で言われても、見抜いたことは長らくウンコしていた生徒の発見ですよ、先輩。


「なんだか疲れた。俺はもう帰るよ」


 これみよがしに大きなため息を吐いて俺は階段を下りていった。

 と――


「新藤さん!」


 後ろから舞ちゃんに呼び止められた。


「どうしたの」

「お兄ちゃん探すの手伝ってくれて、ありがとうございました!」


 深々とお辞儀をする舞ちゃん。

 ――ま、こんな日も悪くない、か。


 ◇


 翌日のテストの結果が振るわなかったことは、言うまでもないだろう。

 一夜漬けしようとした俺も悪いとはいえ、やっぱりあの日は悪かった!

 

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