第10話 体育祭 後編
「どーして俺はこうなるんだろうか……」
あれから数時間、みっっっちりと職員室で体育の先生に絞られた。
先生の話を要約すると、真面目に走っていないうえに、他人の走りを邪魔するという、わけの分からないことをするなということだった。
いや、とんでもないくらい真面目だったし。
去年よりも明らかに真面目だったし。
「……新藤、そりゃ怒られるだろ」
2年生の待機所で項垂れていた俺に、深山が言った。
「なんで、どーしてだ! 愛する女の子にアプローチしちゃだめなのか!?」
「TPOをわきまえろっての。それで白鳥先輩が喜んでるのならともかく、見てすらなかったんだろ?」
「ふ……うぐぐぅ」
深山の言い分は分かる。
けど……俺にはこれしかなかったんだ。
「ま、お前が白鳥先輩のことが好きなことは分かってるからよ。次頑張ればいいじゃんか」
「み、深山……お前、いいやつだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はそれこそTPOをわきまえずに号泣して政宗に抱きつく。政宗の体操着は一瞬にして俺の涙と鼻水に塗れた。
「だー! 汚ねぇって! 後、俺をいいやつって言うなー! 恋愛漫画で負けるパターンになるだろ! 俺だって彼女欲しいんだよー!」
男2人、押し合いへし合いをして、最終的には土の上でゴロンと転がった。
そういえば、俺が説教を受けている間にも体育祭はつつがなく進行していたらしい。
……なんか悲しい。
俺はタイムスケジュールの用紙を尻ポケットから取り出して種目を確認する。
「もう最後の種目か……って、あれ」
俺はまじまじと用紙を見た。
伝統的に最後の種目はリレーだったはずだが、今年は借り物競走になっている。
しかも、参加者は出たい人だけという、最後を締めくくるにしては変な種目だ。
「なあ深山、今年はラストって借り物競走なんだな」
「そうらしいな。なんか妹が気合い入れてたけど……」
「舞ちゃんが?」
……なんだろう嫌な予感がする。
嵐の前の静かさと言うんだろうか。この1ヶ月間、淫魔に追い回されなかったことがことさら俺の背筋を凍らせた。
そして、スピーカーから借り物競走が始まるアナウンスが鳴った。
『さー最後の種目は、なんと借り物競走! そして参加者自由ということで、ここに6人の女性が集まったぞ!』
「めちゃくちゃ少ないな」
ボソッと言う深山。
まあ、自由参加ならそんなものだろうと参加者に目を向けた。
「……白鳥先輩ッ!?」
スタートラインに並ぶ6人の女性。その中に白鳥先輩が混じっていた。
綺麗な黒髪が風に靡いている。どうやら風も恥じらうほどの美しさのようだ。
「う……美しい……けど、なんで白鳥先輩が……ゔっ!」
他の5人に目を向けると、そこにはお馴染みのメンバーがいた。
曽根崎、燈、森永先生、舞ちゃん……。
「あれ、鷹井先輩もいる」
よく分からないメンツだ。
一体なにがどうなって彼女らが集まってしまったのか。
作為的なものを感じるが果たして……。
考えている間にピストルが打ち鳴らされた。
瞬間、白鳥先輩は涼しげな表情で走り出し、それ以外は鬼のような形相で走り出した。
……なんか、怖いんだけど。
この借り物競走は校庭一周、200mを走るが、100m地点で紙が置いてあり、そこに書かれたものを誰かから借りて、残りの100mを走るというルールになっている。
やはり、走りにおいては一日の長があるのか、舞ちゃんが最初に紙を手にした。と――これまでとはわけが違う、チーターのようなスピードで一目散に俺に向かって走ってきた。
「な、なんだぁっ!」
――天が言っている。
今は逃げろ、と。
その教えに従い、俺は舞ちゃんから逃げるように走り出した。
「なんで……逃げるん……ですか!」
そりゃ、そんな顔で追いかけられたら逃げるでしょうよ!
後おっぱい! おっぱいが揺れ過ぎだ!
「おっとっとーアラポンはあたしのものだよー」
脇目も振らずに走っているといつの間にか目の前に曽根崎が両手を広げて待っていた。
「な、なにやってんだよ、早く借り物競走やってこいよ!」
「ここまでされて分かんないのアラポン。今回の借り物競走は、みんなでアラポンを奪い合うの。だからアラポン、恥ずかしがらずにあたしの手をとって!」
獲物を追い詰めるようにして近寄ってくる曽根崎。
……全校生徒が引いてるぞ。マジで。
「ん……待てよ?」
さっき俺を奪い合うって言ってたよな。
ってことは、白鳥先輩も俺を奪りにきてるってことか!?
「ならこうしちゃいられねぇっ!」
白鳥先輩にこの身を預けに行かなくては!
そう思って走り出した矢先、万力のような力で手を握られた。
「うふ、新藤君ゲット」
「も、森永先生!? いだっ! いだい!」
もはや森永先生は俺の声など届いておらず、俺を引きずるようにしてゴールに向かって走っていく。
まずい、このままじゃ森永先生とゴールしてしまう。
それを全校生徒に見られるということは……。
「そう、想像通り、私との仲が公認になるということよ」
俺の心を読んだ森永先生はうっとりとした表情で言った。
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目尻から涙をこぼして強引に手を振り解く。
よし、これなら……と思った矢先、逆の手を握られた。
「へ?」
「……済まない、新藤新。これも学校の秩序のためなんだ」
気付けば隣には鷹井先輩が走っていた。
そしてクルッと横に回転させられて、鷹井先輩は森永先生の間に入った。
「……やってくれるわね、鷹井さん」
「あなたに新藤新は渡せませんから」
……もう、勝手にしてくれ。
目を前に向けると、ゴールテープが見えている。
このまま鷹井先輩とゴールか……。
「ちょっと待ったー!」
後ろからの声に振り向く。
と、燈……いや、違う。燈の人形が突っ込んできた!
人形は俺たち3人に直撃して全員が前のめりで倒れた。
人形の後ろから本物の燈が飛び跳ねて喜んでいるのが見えた。
「やった! 後は新と手を繋いでゴールするだけ、待ってて、あら……ぎゃっ!」
喋ってる最中に曽根崎と舞ちゃんにタックルされた。
みんながもみくちゃとなっている時、手を差し伸べられた。
白く艶やかな肌。俺はそれに魅せられるがままに掴まった。
そして顔を上げると、そこには天使がいた。
「白鳥……先輩……?」
「行きましょう、新藤君」
俺は首を縦に50回くらい振った。
白鳥先輩以外が乱闘している中、俺たちは悠々とゴールテープを切った。
『3年1組、白鳥さんがゴールしました!』
ゴールと同時にアナウンスが流れた。
が、今の状況がサッパリ理解できない。
「あの、白鳥先輩、これは……」
「ただのお遊戯よ。まあ、そこそこには楽しめたけどね」
そう言って白鳥先輩は手を離し、去っていった。
まったくもって意味が分からない。
けど……初めて白鳥先輩に触れられた。
やっば、そうだよ、理由なんてどうでもいいんだ!
あの白鳥先輩の手を握ったんだぞ俺は!
もう一生右手は洗わん!
そうして俺にとってはハッピーな出来事とともに、体育祭は閉会した。
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