第11話 体育祭 後日談 〜アナザーサイド〜

「……で、私を呼びつけた理由はなにかしら? 鷹井生徒会長」


 体育祭の次の日の放課後、鷹井は白鳥を生徒会室に呼び出していた。

 淫魔会議の時とは違い、1対1である。


 白鳥はスチールラックに体を預けて優雅に髪の毛を耳にかけていた。


「昨日の体育祭のことです。あなたは森永先生に無理矢理参加させられたとのことですけど、随分乗り気でしたね」


 鷹井は今日も今日とて剣道着姿で竹刀を片手に握っている。

 だが、これまでとは気合いが違う。こうでもしなければ喰われる、という直感が鷹井にはあった。


「あら、体育祭に勤しむのは生徒として当然じゃない。生徒会長がそんなことを言うなんておかしいわ」

「そうじゃない。あの競技は任意参加制、それにあの競技に参加する意味を森永先生から聞いていたでしょう?」

「ええ、もちろん。だから参加したのよ」

「え?」


 白鳥の発言で生徒会室の空気が一変した。

 まるで黒い障気が白鳥から発せられたかのように濁り澱んだ空気が満ちていく。

 

 白鳥の口角が、口裂け女のように異常なほど上がった。


「あなたたちは新藤君を取り合っていたんでしょう? まあ、新藤君があなたたちになびくとは思わないけれど……万が一があったら嫌じゃない?」


 お淑やかな彼女には似合わない、下卑た笑みを浮かべる白鳥。

 その笑みはまさに【魔性】と言うに相応しかった。


「どういうこと? あなたは新藤新に興味がないと伺っていたけれど……」

「あら? 生徒会長は他人の趣味嗜好を覗くのが趣味なのかしら」


 どうにも会話のキャッチボールがうまくいかない。

 これではノックを受けている気分だ。


「ただの身辺調査です。学校の秩序を守るために」

「それは、あなたを守るためではなくて?」

「どういう意味だ?」

「それを一番知っているのはあなたでしょう、鷹井生徒会長?」


 言葉巧みに会話を進行させられている。

 このままでは白鳥になにもかも飲み込まれてしまう。その前に片をつけなくては……!


「……話が逸れました。私が聞きたいのは、どうして新藤新に興味がないのに借り物競走に参加して、尚且つ一緒にゴールしたのか、ということです」

「それを答えたらこのくだらない問答から解放されるのかしら?」

「……ええ」


 鷹井は白鳥の放つ障気に耐えて声を絞り出した。

 

「いいわ、じゃあ答えましょう。……と、その前に、私は新藤君に興味がないなんて一言も言ってないわ」

「……どういうこと?」


 鷹井の問いに、白鳥は艶やかな髪の毛をフワッと手でなびかせた。


「私は、私を好きでいてくれる新藤君のことが好きってこと」

「じゃあ、なぜ新藤新の想いに応えない」

「分かってないわね鷹井生徒会長。あの必死になって私を追いかけてくる新藤君の姿にこそ価値があるんじゃない。体育祭でのことは、彼にちょっとご褒美を与えただけよ」

「な……に……?」


 白鳥の思いもよらない言葉に手の力が抜けて竹刀を床に落とした。

 バンッという鈍い音が静かな生徒会室に響く。


 新藤の性癖も異常だが、白鳥の性癖もまた狂っている。

 彼女はその美貌によってなんでも思い通りにいくと思っている。そして、釣れた男を死ぬまで走らせその姿を見てケタケタ心の中で笑う。

 

 ――白鳥響子、彼女は正真正銘、魔性の狂人だ。


「さ、これで話は終わりね。……鷹井生徒会長、あまり肩肘張らずに学校生活を楽しんだほうがいいわよ」

「なんだと?」

「どう転んでも私の都合のいい方向にしか事態は動かないもの。だから、あなたも楽しい学校生活を送れるよう、努力した方がいいわ。新藤君に群がる蟻さんたちのようにね」


 白鳥はそう言うとスチールラックから体を離し、振り返ることなく生徒会室を出ていった。


 まるで心臓が止まってしまったかのようにしばらくの間体を動かすことができなかった。

 視線を下にして、落とした竹刀に気付いたことで、なんとか体の自由が利くようになった。


「まったく……とんでもない女だ」


 床の竹刀を拾って肩に担ぐ。

 

 白鳥は自分のことを女王かなにかだと思っている。

 そして新藤新を追い求める人間を蟻だとも言った。

 となればさしずめ新藤新は砂糖といったところか。

 女王に食べられるのを待つだけの、哀れな砂糖――


 人の色恋沙汰に口を出すつもりはない。

 ただ健全であればいいだけだ。

 

 しかし――今の新藤新は不憫すぎる。

 別に新藤新に深い思い入れはないが、助けてあげたいと思う。


 そう考えた時、鷹井の胸に鋭い痛みが走った。

 まるで、彼女の考えを否定するかのように。

 

 だが、鷹井は胸の痛みを気にも留めない。

 彼女が自身の想いに気付くまでは、まだ時間がかかる。


 壁掛け時計で現在時刻を確認する。

 今は15時50分。そろそろ他の生徒会役員が集まる時間だ。


 鷹井は額の汗を拭って、何事もなかったかのように努めた。

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