第4話 友人と妹

「あれ?」

 

 下駄箱には深山と……久しぶりに見た女の子がいた。


「入学おめでとう、舞ちゃん」


 俺はツインテールの女の子に声をかけた。

 深山舞。深山政宗の妹で一歳違いの兄妹だ。深山の家に遊びに行った時にたまに姿を見かける事はあったけど、最近は姿を現していなかった。


 今日は俺たち2、3年生の始業式であるとともに新1年生の入学式の日でもあった。


 いやぁ、なんだかんだ1年ぶりくらいに見た気がするけど、ちょっと大人になったのか花柄のワンピースが実に似合っている。

 これも私服高校のいいところだな。


 まあ、身長は相変わらず低いようだけど……。


 俺の視線が気に食わないのか舞ちゃんは俺の姿を見るなり一歩下がって兄の後ろに隠れる。

 ……嫌われてんのかな、俺。

 と思ったが、


「ありがとう……ございます」


 ボソッと、呟くように舞は言った。


「気にすんな、こいつお前の前だと妙に緊張しちゃうらしくてさ」

 

 高笑いをする深山。

 舞ちゃんは途端に顔を紅色に染めた。なにか言いたそうに口をモゴモゴとさせているが、うまく言葉にできないのか、俯いてしまった。


「そういや、深山、なんでまだ帰ってなかったんだよ」


 なにもやることがない遊び人の深山が、学校が終わって数十分も経つというのに残っているなどあり得ない。


「ああ、ちょうど舞が入学式終わりそうだったから待ってたんだ。……べ、別にあんたなんか待ってないんだからね!」

「お前とのラブコメ展開なぞ期待してねーよ」


 それは誰得なんだ。

 

「んじゃ、新藤もきたことだし帰るか」


 深山に合わせて俺も靴を履き替えた。


 ◇


 今日は午前中で学校が終わったため、進級&入学祝いということでハンバーガーショップに寄った。


 入学はともかく進級は余程のことがなければできると思うけど、そこを突っ込むのは野暮……らしい。


「そういや、森永先生からの呼び出しってなんだったんだ?」

「ギクッ!」


 テーブル席についてポテトを頬張るなり深山は聞いてきた。


 さて、どうしたものか。

 本当のことはもちろん言えない。そんなことをすれば森永先生にまで迷惑がかかる。……いや、お灸を据えるという意味ではむしろ迷惑かけたほうがいいのか?


 でもそのせいで退職騒ぎになっては後味が悪い。


 ……なにもなかった。

 そう、進路相談をしただけだ。


「そりゃあ、進路相談だよ」

「声が急に高くなってるし、俺の目を見ねーし、そもそも進路相談の時期じゃねーし、なにより俺が質問した時ギクッて言ったじゃねーか」

「ぬ……!」


 こいつ、触れてほしくない時の勘は鋭いんだよな。

 

「森永先生って、あの綺麗な……?」


 入学式で見たのか、舞ちゃんも話に加わってきた。


 ややこしい。実にややこしい。

 深山だけならともかく、舞ちゃんにまで事情を説明するわけにはいかない。


「そーなんだよ、こいつ、森永先生に呼び出されて2人で密室の中なんかやってたんだぜ?」

「ちょ、ちょっと待て! お前そんなの見てないだろ!」

「おお、見てないぞ。けど……そんなに慌ててどうしたんだよ」


 こいつ……策士にも程があるだろうッ!

 なんでこんな時だけ頭が回るんだこいつは。

 

「本当……ですか?」


 ジュースをストローで飲みながら舞ちゃんは上目遣いで聞いてくる。

 ……くそう、仕方ない。


「……まあ、たしかに進路指導室に呼び出されたのは本当だ。けど、その後すぐ生徒会長が入ってきてなんだかよく分からなくなって退散したんだ」


 俺は簡潔に説明した。

 うん、嘘は言っていない。

 本当になにがなんだか分からなかったんだから。


「なんだそりゃ、わけわかんねー」

「俺が知りたいくらいなんだからしょうがないだろ」


 お、なんだかうまく誤魔化せたっぽい。

 よしよし、このまま次の話題へ――


「ちゃんと、一から十まで説明してください」


 ……瞳を燃やす舞ちゃんは流してはくれなかった。


「ど、どうしたのかな舞ちゃん。そんな怖い顔して」

「どうせ先生の胸でも見てたんじゃないですか? ……私にだって……私にだってあるんですから!」


 ドンッと舞ちゃんはテーブルに自身の胸を預けた。

 これは……メロン? スイカ? 

 ちょっと見ない間にここまで実るなんて……。


「……ってそうじゃない! 舞ちゃんなにやってんの! お兄さんも隣にいるっていうのに……」


 チラリと深山に視線を向けると、額に青筋を立てて俺を睨んでいた。


 ……どーしてこーなんのかな、俺は。


「あは、あははは、いやあ怖いなぁ、あはは……」


 俺は笑いながら足を溜める。みんなが瞬きをした一瞬の隙をついて駆け出した。

 なんか今日、ずっと走ってる気がするな。


 ファミレスの出口まで30m。虚をつけば余裕で逃げられる――


「んぐわっ!」


 襟首を持ち上げられて首が締まり変な声が出た。

 なにが起きたのか理解ができない。


 恐る恐る振り返ると、そこには静かに怒りを露わにする舞ちゃんがいた。


 ――忘れてた。舞ちゃんは陸上部で全国レベルの俊足を持っていたんだ。

 今の舞ちゃんだとクーパー靭帯が心配になるが……その前に自分の心配をしたほうがよさそうだ。


「話をはぐらかした挙句、お金も払わずに出ようなんて……許しません!」


 ピシャリと言われ、俺の脳天に拳が突き刺さった。

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