第20話『これだけで、どんな言い訳も無効になる』

海東かいとうは切ろうとしてたんだろ、この関係を。元々乗り気じゃなかった。だけど、菜々美が脅したんだ。この関係を、柏美かしわみさんにバラされたくなかったら────」

「やめてよ!」


 僕の言葉を遮り、菜々美が叫んだ。


「仮に、その凛空りくくんの話が本当だとして、だったらおかしいじゃん!だつたら、あいつがそのやりとりを残してたのはどう説明するの!?そんなの消した方が良いに決まってる!」

「何言ってるの、あんたがそう指示したんじゃない」


 僕の代わりに柏美さんが答えた。

 その柏美さんを菜々美が睨むが、拘束されている人間に睨まれても、何も恐れることは無い。


「このやりとりを私が知ってる時点で分かると思うけど、とっくに、悟とは話が済んでる────一応、別れない方向でね。さっき、悟は慎重じゃないみたいに言ったけど、悟は臆病なの。そういう意味では慎重と近いんだろうけどね」


 そう言って、柏美さんはスマホを操作する。

 あのスマホの中には、海東から手に入れた様々な証拠が揃っている。

 その中の一つが再生される────。


『ねえ、海東さん。私のことを彼女だと思って接してみてもらえませんか?もちろん、遠慮はしないで、御自身の彼女さんと同じように────それ以上に』


「────ッ!」


 聞き覚えのある声、当然、菜々美の声。

 それ故に本人は、いつ、どこで、誰に向けて発した言葉かを瞬時に理解し、焦り始めた。


『断るのは自由ですけど、その時は、このメッセージのやりとりと────』


 スマホのシャッター音が聞こえる。


『この写真をあなたの彼女さんにお見せしますね』


「別の日のもあるけど、聞く?悟、あなたと会う度に録音してたみたいだから」

「や、やめて……」

「苦しそうに、辛そうに、自分がまるで被害者のように振舞ってるけどさ、今回の一番の被害者はあんたの彼氏────凛空くんだってこと、分かってる?この録音、本当は聞かせたく無かったんだから」

 

 僕は柏美さんから録音データの存在は聞いていた、けど、実際に中身を聞いた訳じゃない。

 ただ、一言、「これだけで、どんな言い訳も無効になる……だけど出来れば────」と、そう言っていた。

 僕を気遣って、最終手段として潜めていてくれたんだ。

 どうしても、菜々美が自分の非を認めなかった時の最終手段。

 自分の彼氏を悪者にされて我慢できなかった時の使用も含め、僕はそれで承諾した。

 だけど、柏美さんには申し訳ないが、海東が菜々美を脅し、無理やり録音させたという可能性もあったが……聞いた結果、菜々美の声に違和感は感じなかった。

 怯えている様子も、震えてもいない。

 迷いも不安も無い、菜々美自身の言葉だ。


「あなたと会っている間ずっと録音してるから、演技で────とかも無しね。そんなの、面倒でしかないし。試しに他のも聞いてみる?悟はバレないように、前に使ってたスマホで録音してたから気付かなかったでしょ?ちゃんと……ホテルの中での会話や行為もバッチリ、ね」


 そう言って再生するためにスマホを操作すると────菜々美が再び、だけど、今日一番大きな声で叫んだ。


「やめてっ!!」

「聞いてもらえば、あなたの無罪を証明できるかもしれないのに否定した────ってことは認めたってことで良いんだよね?」

「……」


 柏美さんも本気で再生しようとしていた訳ではないみたいで、すんなりとスマホをポケットに入れ、菜々美の回答を待った。

 少しして、観念したのか菜々美がゆっくりと────頷いた。

 

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