第18話『嘘にいつまでも付き合う気になれませんね』

 黒い布で視界を塞がれ、だけど完全にでは無くシルエットだけは見える状況。

 シルエットだけでも分かる。

 目の前で凛空りくくんと会長が抱き合っていることが。


「んー!んーっ!!」


 許せない……許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない────……許せるはずが無い!!

 口が塞がれているから直接言ってやれないのが悔しい。もし塞がれていなかったら、廊下にまで響き渡る声量で悲鳴を上げて、この狂った会長の地位も信頼もどん底まで落としてやるのにっ!

 

「んーんーっ!!」


 どれだけ叫んでも目の前の状況は変わら────変わった。

 より酷いことに、二人がキスをしたのだ。

 その光景を見て一瞬身体の力が抜ける。

 しかし直ぐに私の身体に力が入り、必死に身体を動かして縄を解こうとする。無理な事は分かっていたが力任せに暴れれば切れるんじゃないかとも思ったけど、残念ながらただ暴れただけで何も成果は得られなかった。

 だから、また声を上げる。

 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざける……ふざ、けるなーっ!!

 私の凛空くんたぶらかして、更には私にこんなもの見せつけて……許さない、絶対に許さない!!

 言葉に出来ないから伝わって無いだろうけど、そう恨みながら必死に叫ぶ。


「ねえ、菜々美さん」

「……ん」


 そんな私に見かねたのか会長が声を掛けてくる。


「このまま本当のことを話さないのはあなたの自由です。ですけど、その場合は……当然、こう────り、りりり、凛空くんはあなたと別れて……私と……」

「ん」

「私と……お付き合いを……」

 

 さっきまであんなにも堂々と私を追い詰めていた会長が言葉を詰まらせながらとんでもないことを言ってくる。

 理解が出来ない。

 私と凛空くんは相思相愛で、そこに他の人が関与できる、入り込める余地なんてあるはずがないのに……なのに、どうして会長は、そんなことを言うのだろう。

 ────どうして、凛空くんは何も言ってくれないんだろう。


「コホン。さて、どうしますか?素直に話しますか?話しませんか?」

「……」

「沈黙はこの場合どちらで受け取るのが正解でしょうか。……では、私の都合の良い方で解釈をしましょう」


 私が何も答えない、答える態度を見せないのを確認して、会長が制服の裾を手で掴み、そのまま上に動かす。

 それは当然、それが意味することは……この話の流れでは、一つだけ。


「わ、わた、私初めてで……自信、ないですけど……」

「んー!!」


 今日一番の声を出すと、ガムテープを強引に剝がされる。

 痛い。


「ふざけないで!!凛空くんは私の彼氏なの!別れる気は無いし、あんたに渡す気も無いの!私も悪いことしたし、今日のことは黙っていてあげるから、今すぐ私を解放して、二度と凛空くんに関わらないで!」


 肩で息をしながら会長の回答を待つ。


「あくまで、自分は悪くないと?」

「はあ?聞いて無かったの!?私も悪いことしたって言ったでしょ!」

「具体的には?」

「凛空くんに黙って他の男と会ってたこと……でもそれは!」

「脅されてた、と?」

「……ええ。脅されて、機嫌を損ねないように、あの男の好みの女性として振舞って、だからさっきの録音は本心じゃないの!」

「脅された、ですか」

「な、なによ」

「脅されたとは、どのように?」

「い、言う事聞かないと、暴力を振るうと行って来たわ」

「そうですか……振るわれれば良かったのに」

「は?」

「いえ、そうすれば相手に非があると証拠が残ったのにと。それに、ただ暴力をちらつかせただけの相手にそこまで従うなんて、なんだか違和感がありますね」

「それは、会長が同じ立場になったことが無いから言えるんです!私は怖くて────」

「助けを呼べばよかったじゃないですか。叫んでもされることと言えば暴力なんでしょ。人通りの余りない場所でも叫べば可能性はある」

「ナイフで────」

「あなた、どこであの男に会ったんですか?」


 会長の鋭い視線に一瞬怯んでしまう。 

 必死に思考を巡らせる。


「ち、近道で使ってる人通りの無い場所で────……そんな場所でナイフを突きつけられたら、一か八かで叫べないです」

「はあ……」


 驚くことに私の話を聞いて溜息を吐いたのは会長ではなく凛空くんだった。


「なに?!カノジョが危険な目に遭ったって話をしてるのにその態度!まさか、信じてないの!?」

「ああ」

「なにそれ……会長!凛空くんに何をしたの!?」

「私はなにも……原因はあなたです」

「は?」

「嘘にいつまでも付き合う気になれませんね」


 会長が私の視界を塞いでいた布を外す。

 急に視界が良くなり、差し込む夕日に眩しさを覚えながら目を半開きにさせて状況を確認する。

 

「悪びれる様子が全く無い、まさかこの作戦が失敗するなんて」


 綾芽ちゃんが黒い布を手で握り、呆れたように言った。

 なぜ、いつの間に綾芽ちゃんが……まさか。


「もしかして、会長の振りして……」

「そう、お兄ちゃんと抱き合ったり、キスの振りをしてたのは私。目の前で恋人が他の人といちゃついている苦しみを味わえば改心するかなって思ったんだけど駄目だったみたいだね」


 そう言って再度綾芽ちゃんは呆れたような態度を見せた。

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